表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
部屋の角(すみ)に黒いのがいるけど、たぶん無害  作者: MMPP.key-_-bou


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/16

第11話:鋼の精神と土を耕す日々

 朝の光がまだ眠そうに差し込む部屋の玄関。


 そこに、今日も例の“迷子事件”が発生していた。


「またお前か……オーロ」


 俺は靴置き場の狭いスペースで方向を見失っているオーロの背中を、そっと押した。まるで出口のわからない迷路に入り込んだかのように、うろうろしている。


「いや、お前はまるで巨大なボールのようだな。動きは鈍いのに場所は取るっていう」


 クロがオーロの上に座って、まるで城の王様みたいに威張っている。


「ふん、またそいつが迷子になっているぞ」


「またって言うな! お前こそ迷子になったことあるのか?」


 クロは一瞬、考えるふりをした。


「お前が迷子なのは知っている。私も迷子になったことくらい……あるかもしれん」


「あれ? かもしれんって何だよ、ちゃんと言えよ!」


「まあ、細かいことはいいんだ。問題はお前がおとんの言った“土を耕しとるか?”ってことだ」


 俺は靴を履きながら、その言葉に思いを馳せる。


 “土を耕す”――つまり、自分の根を張るために面倒なことをやり続けるってこと。嫌なことも避けずに向き合うってことだ。


「土を耕すのは嫌だけどな。耕してる最中にカエルが飛び出してきたらどうするんだよ」


「お前の比喩センス、いつも意味不明だな」


 オーロは片言で言う。


「ゴシュジン……シゴト……ヤル……カオ」


 そうだ、俺は今日も仕事をする。迷子になりがちなオーロみたいに、方向を見失わないように。


「よし、今日も耕す日だ」


 靴を履き終わり、玄関を出る俺の背中をクロが追いかけるように言った。


「お前が認めたくなくても変わってるのは確かだ。未熟で孤独で不安に抗ってる」


「なんか詩人みたいだな、クロ」


「皮肉の塊だよ」


 俺は少しだけ笑った。こんなやり取りが、俺の土を耕すモチベーションになっているのかもしれない。


 今日もまた、面倒くさくて厄介な仕事の“荒れた土地”を耕しに行くのだ。


 会社のフロアに入ると、いつもの無機質な蛍光灯の明かりが俺を迎える。


「さあ、今日も“荒れ地”を耕すぞ」


 ――そんな決意を胸に、俺は新規プロジェクトのミーティングルームへ向かった。


 今回任された仕事は、他部署複数と連携しながら進める難関案件だ。これまでは「できれば触りたくない」面倒な仕事の代表格だった。


 部屋に入ると、すでに課長と部長が資料を広げて待っている。


 課長がにっこり笑いながら言った。


「お、さすがだな。期待してるぞ。お前がこの前より積極的に話してくれて本当に助かってる」


 部長も軽く頷き、静かに言葉を添えた。


「ほう、やる気になったか。期待しているぞ」


「いやー、やっと奴も動き出したな。最近は、机の前で『無』になってるだけかと思ってたよ」


「いや、無になってるのはお前の頭の中だろ、課長、ちゃんと働け!」


「不毛地帯なのは、部長の頭頂部……痛っ…やめ…」


 俺は少し照れくさくて、でも内心は悪くない気分だった。


 ミーティングが始まると、他部署の人たちが一斉に質問や意見を飛ばしてくる。


「その仕様だと納期が間に合わないのでは?」


「予算はこれで確定か?」


「リスクはどのように管理するつもりだ?」


 ――これまでは話に圧倒されて黙り込むか、逃げ腰になっていた。


 でも今日は違った。


 俺は資料を指さしながら、筋道を立てて説明し始めた。


「こちらの工程を前倒しして調整し、リスクはこの担当チームと連携して対応します」


 エリーから教わったコミュニケーションのコツも思い出し、相手の話をちゃんと聞きながら話す。


「あの……さすがです。説明がわかりやすくて助かります」


 隣の部署の若手がぽつりと言ったのを聞いて、俺はちょっと自信が湧いた……いや、正直言うと、少し妙な高揚感もあった。


「なんだ、俺、こういうの結構好きかも」


 そこに、同僚Aが明るく話しかけてきた。


「おーい親友! お前、真面目すぎて笑いが足りてないぞ!」


 俺が真剣に資料を読んでいる横で、彼は軽口を叩く。


「俺のプロジェクトアイデア:休憩時間に一緒にカレー食べに行く! …ってどうよ?」


 俺はちょっと苦笑いしながらも、以前ならイライラしていただろうが、今はどこか許せる自分に気づく。


 エリーも近くでにこやかに、しかし鋭くフォローを入れる。


「まあ、緊張しすぎないで。リラックスも大事ですよ」


「……ありがとう、二人とも」


 会議が終わり、昼休み、俺のデスクにエリーがいつものようにやってきた。


「仕事の調子はどうですか?」


「まあまあだ」


 彼女は笑顔で続ける。


「ミステリー好きなんでしたっけ?」


「そうだ。最近はこんな作品を読んでて…」


 話しながら、ふと気づく。無意識に彼女との会話を楽しんでいる自分がいた。以前ならこんなやり取りで気疲れしていたのに、今日はどこか心地よかった。


 そこへ同僚Aもやって来て、にぎやかに混ざる。


「もっと外に出て息抜きしろよ、親友」


「おまえの無邪気さは正直ちょっと怖い」


「でも、そういうお前の存在も救いなんだ」


 三人で笑いながら、和やかな昼食の時間を過ごす。俺の心の壁が、少しだけ柔らかくなっているのを確かに感じていた。


 家のドアを開けると、クロがいつもの場所で待っていた。


「お帰り、人間」


  彼の声はいつも通り冷ややかだが、どこか今日は温かみを感じる気がした。同時に、その声が、以前よりほんの少しだけ遠くから聞こえるような、そんな気がした。 クロはじっと俺の顔を見つめながら、ぽつりと言った。


「今日はやけに顔つきが変わったな。何かあったか、人間?」


 その隣で、オーロがいつもの片言で声を上げる。


「ゴシュジン……ツカレタ……デモ……タノシイ……カオ」


 俺は少しだけ笑って、肩の力を抜いた。


「悪くなかった、今日は」


 部屋の片隅で、クロは静かに俺を見守りながら言う。


「認めたくはないだろうが、お前は確実に変わっている」


 俺はその言葉を胸に、今日の「土を耕す」日々を思い返す。面倒で、正直逃げ出したくなることもあるけれど、踏み込んでみることで見える世界がある。少しずつ心の壁が崩れ、見えなかったものが見え始めている気がした。


 クロがオーロの上で、まるで悟りを開いた哲学者のように俺を見つめる。


「いつか、お前に俺はもう必要なくなる日が来るかもしれんな」


 俺はふっと笑った。


「それも悪くないな」


11話目、そろそろです。

ここまでのお付き合い、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ