閑話I「白と黒の間にて」
ハクとクロが出会うその瞬間を、ジェイは少し離れた廊下の影から眺めていた。
静かすぎる空気の中で、白い少女がじっと黒い少年を見つめている。言葉も感情もない目で。ただ「そこにいる」だけで、あの子はクロの何かを刺してしまったらしい。
ジェイはひとつため息を吐く。
「もっとさ……出会い方、なかったかね」
ぽつりとこぼすと、背後から聞き慣れた足音が近づいてきた。
「勝手に拾ってきたのは、ヴィーだろ」
現れたのはエフ。いつものように背筋を伸ばし、いつものように隙のない顔。
「だからって、あの出会い方はちょっとさ。クロの心、また変な風に捻れちゃうじゃん。せっかく最近少しずつ慣れてきたと思ってたのに」
「……潰れたら、それまでだったってことだ」
冷たいようで、どこか突き放すには足りないその言葉に、ジェイはわずかに目を細めた。
「ほんと、お前は昔からそういう言い方するよな」
「俺は信じてる。クロも、ヴィーも。それだけだ」
エフはそう言って、すぐに背を向ける。言い訳はしない。彼の優しさの表現は、いつも不器用だ。
ジェイは再び窓越しに視線を戻す。
クロは今、ハクの姿に黒いものをぶつけている。それが嫉妬か、怒りか、憐れみか、自分でもわかっていないのだろう。でも、あの子はそれを真正面から受け止めるでもなく、ただ沈黙の中に立ち尽くしていた。
──誰もが、完璧に育てられるわけじゃない。
それはジェイ自身にも言えることだった。
ジェイは昔、自分が守れなかった誰かの姿をクロに重ねてしまうことがある。そして、その記憶があるからこそ、クロには同じ過ちを背負わせたくないと思ってしまうのだ。
「……でも、潰れなかったら……この子たちは、きっと――」
ジェイはその先の言葉を飲み込み、静かにその場を離れた。