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第十六話「白くて、空っぽで」

 ヴィーはひとつ大きく伸びをしたかと思えば、ハクを抱いたまま、どさりとソファに身を沈めた。白い髪がふわりと揺れて、やわらかな笑みと共にジェイとエフを見る。


「なーんか、思ったより静かだな。もうちょい質問攻めしてくるかと思ったのに」

「したところで答えないだろ、お前」

「まあ、それはそう」


 エフのツッコミにヴィーは笑いながら肩をすくめた。ジェイとエフはただ溜息をつくだけだった。


 ヴィーがハクへと視線を向けると、ハクは無言で首をかしげる。問い詰めるような気配も、警戒もなかった。ただ、無垢な瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。それが逆に、ヴィーをおかしくさせた。


「……ほんと、まっさらだよなお前……そうだな、少し話そうか」


 何を話すのかは誰も問わなかった。ただ黙って、彼の声に耳を傾けていた。


 ヴィーはハクをそっと降ろす。ソファから身を起こし、棚から冷えた炭酸水を取り出すと、プシュッと音を立てて開けた。


「なあ、ハク。お前、自分がどうやって生まれたか、知ってるか?」


 ハクが小さく首を横に振るのを確認し、ヴィーはにんまりと笑った。


「だよな。そりゃそうだ。あの研究所──リアムが崩壊する直前に造られたんだから」


 そこから、ヴィーの語りが始まる。飄々とした笑みの裏に、乾いた痛みが滲んでいた。


「まず、神様ってのがいるんだよ。宗教とかの話じゃない。本物の、存在としての神様だ。……少なくとも、俺とエフとケイには、見えてた」


 エフが言葉を呑む。その意味を知るがゆえに、ヴィーの言葉に驚いていた。


「その神様ってのは普通の人には見えない。でも、俺たちには見えた。最初は幻覚かと思ったけど、違った。時々こっちの世界に干渉してくるしな。悪戯好きなガキみたいなもんさ」


 ヴィーは笑うが、その奥にあるものは決して軽くない。


「けどさ、研究員たちはそれを理解できなかった。神様が見えるってのは彼らにとって、ただの異常。ただそれだけだ」


 静かな怒りと呆れが、滲む。


「で、そいつらは考えた。“神様そのものは支配できない。なら、神の力を受け入れられる器を造ろう”ってな。願いを叶えて、自分たちの言うことだけを聞く、完璧な存在を創ろうとしたんだよ」


 ハクの瞳が微かに揺れる。それを見て、ヴィーは目を細めた。


「そうして生まれた答えが、お前だった。感情も記憶も何も持たない、まっさらな器──神の力に耐えうる存在」


 少しだけ、苦笑するように。


「そして、元になったのは俺だ。俺をベースに、お前は造られた。だから俺は……お前の“親”みたいなもんだ」


 炭酸水をテーブルに置き、カツンという音が静かに響く。


「でも、問題が起きた──いや、“起こされた”」


 笑いながらも、その目は笑っていなかった。


「ケイが暴走したんだよ。神様たちが、怒ってな」


 ジェイとエフも目を見開いた。だが、言葉を挟むことはできなかった。


「実はケイが、俺たちの中でも一番神様に近かった……だからこそ、壊れた。研究員たちは“幻覚だ”と決めつけて、薬を打ち続けた。結果、ケイは人格が分裂した。穏やかな人格、怯える人格、笑う人格……そして、“殺す”ための人格。神様たちはそれを封じてた。けど──」


 一拍、置いて。


「ハク、お前が生まれた瞬間──神様たちは怒った。そして封じていた殺戮を引っ張り出した」


 静かな語りは、むしろ重くのしかかってくる。


「暴走したケイは、研究所を壊した。燃やして、殺して、すべてを失わせた。あの地獄の中で──お前は、生き残った」


 ヴィーは少しだけ目を細めて笑う。


「そのとき、俺はまだお前の存在を知らなかった。実験体である俺たちにさえ、お前の存在は伏せられてたからな」


 そして、柔らかく微笑む。


「でも──逃げた研究員を追ってる途中で、見つけたんだよ。ぽつんと、そこに在るだけの、お前を」


 声に懐かしさが滲む。


「何も知らず、何も持たず、ただそこにいたお前が……なんでか、たまらなく愛しかった。だから、連れて帰った──拾った猫みたいなもんだよ。可愛いから、ってな」


 ヴィーは肩をすくめて笑う。


「……これが、ハクの真実。あの日、リアムで何があったかの、全部だ」


 静寂が満ちる。やがて


「なんで、黙ってた」


 エフの声が低く響いた。


「……猫の気まぐれ、ってやつ?」

「ヴィー」

「……分かってるよ。リアムのこと、誰にも、何も言わずに終わらせたかった。ただ、それだ…け……」

「お前はいつもそうだ!」


 重ねるように、エフの声が響いた。


「確かにお前は強いし、知ってることも多い。だけどな、俺たちだって仲間だ。お前を、守りたいんだよ」

「…………エフ……」

「俺は弱ぇよ。でも、だからって仲間の支えになれないなんて思ってねぇ。頼れよ、ヴィー。お前、今にも消えてしまいそうなんだよ」


 ヴィーは何も言えず、ただ目を伏せる。


「ヴィー、俺もエフの言う通りだと思う。俺たちは頼りないか?」

「……そんなこと、ない。すごく……頼りになる」

「なら、頼ってくれ」

「…………たよ、る」


 その言葉は、初めて手にしたように、震えていた。


「傲慢だよ、お前のやり方は!」

「ちょ、エフ──」

「いいや、言わせろ。誰にも頼らない、自分一人で背負う……そんなの、ただの独りよがりだ。──というわけで、罰な。一ヶ月、お前の行動は全部俺に報告。失踪も禁止。命令だ」

「えぇ……?」

「ちなみにジェイもだぞ」

「俺は完全にとばっちりじゃん」


 二人のやり取りを見つつヴィーは心底めんどくさそうな顔をしたが、その頬はほんの少し緩んでいた。



──



 白い髪の少年は、膝の上の白の頭を撫でた。

 いつか、あの時の選択が正しかったのか分からなくなる日が来るかもしれない。

 ──それでも、今はただ。

 この小さな命を、守りたかった。

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