表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/34

第十五話「誰かの選択のその裏側」

 灰色の鉄の壁に、切れかけた蛍光灯。冷たく乾いた質感が、部屋全体を覆っていた。

 中央には、無機質な黒い楕円形のテーブルが鎮座し、その周囲に並ぶ椅子は十脚。そのうちひとつだけが空いていた。


 心臓の鼓動すら聞こえそうな静寂を破ったのは、銀の長髪を指先で弄ぶ少年──ダストだった。


「……全員、揃ったな」


 囁くような声。それだけで会議室の全員が静かに彼へと視線を向ける。

 擬態能力だけでない、彼の纏う“空気”こそが、リアムにおけるダストの確かな地位を証明していた。


「まず報告。俺がゼロで見聞きした情報は、すべてクレインに送った」


 パネルに映し出されたのは、見慣れた──だが今や遠い存在となった──ゼロの幹部たちの姿だった。


「……まあ色々掴んだつもりだけど、大事な場面でヴィーが戻ってきてしまったんだ。エフも、他の誰も俺に気付かなかったのに、あいつだけは見抜いてた。理由は……わからない。風の噂とか言ってたけど、何かしら情報を得る手段があるんだと思う。


 ……それに、ジェイも。多分……気付いてた。完璧に模倣したつもりだったけど……足りなかった……ごめん、なさい」


 声が徐々に小さくなっていく。最初の自信に満ちた語り口とは打って変わり、叱られた子供のように、俯きながら言葉を絞り出す。


「……なんで、謝る?」


 片肘をつき、顎を乗せていた男──深い青の髪と瞳をしたカイが、ただ疑問のように問いかけた。


 怒っている様子はない。呆れてもいない。ただ、静かに問いかけるだけだった。

 だがダストには、それすら責められているように感じられたらしい。さらに俯き、声を落とす。


「……ちゃんと、できなかった。擬態以外、何も取り柄がない俺が……失敗して……無能で……」


 その言葉に、会議室の空気が一瞬だけ揺らいだ。誰もがわずかに顔をしかめ、視線を交わす。


「……何を勘違いしてるのか知らないが……俺はお前を無能だと思ったことなんて一度もない。擬態が便利なのは確かだ。でも、それが全てだと思ってるのはお前だけだ。お前は、ダストだ。それ以上でも以下でもない」


 カイの言葉に、ダストは呆然とした顔をした。その言葉が、じんわりと、ゆっくりと、心に染み込んでいく。


「……ありがとう」


 小さく、けれど確かに明るさを取り戻した声だった。顔を上げたときの表情はすでにいつもの冷静なそれだったが、どこか少しだけ晴れやかにも見えた。


「俺が戻ってきたのと入れ替わりで、エフを返しただろ?で、今日の朝、ヴィーから手紙が届いてた。どうやったのか分からないけど、今朝、俺の枕元にあった……ワイの力、ちゃんと成功したみたいだよ。ここ最近の記憶、エフの中から綺麗に抜けてるってさ」

「……ふふ、失敗するわけないじゃない」


 ふんわりと微笑んだのは、淡い桃色の髪と瞳をした少女──ワイ。愛らしい見た目とは裏腹に、その瞳に慈悲の色はなかった。


「記憶を消すのは簡単だったわ。エフの中に残ってた“リアム”に関する記憶なんて、断片的だったもの。あの人、自分で選んだのよ。私たちを、忘れるって道を」

「だろうな。あいつは、忘れたかったんだ……都合の悪い過去も、仲間を捨てたことも、全部」


 カイが低く呟いた。“忘れる”という言葉に、ほんの一瞬だけ視線が鋭さを帯びる。


 冷たい沈黙が流れる。

 やがて、それを破るように、カイが静かに言葉を継いだ。


「……あいつも、いつだって“選ぶ側”だった。俺たちは、ただ“選ばれなかった側”でしかない」

「だからこそ──今度は、僕たちが“選ぶ側”になる。そう決めたんだろ?」


 応じたのは、黒縁眼鏡に汚れた白衣。濃い紫の髪と瞳を持つ男──クレイン。手元の資料を捲りながら、視線は上げずに言葉を投げた。


「リアムの方針を、もう一度確認しよう。目的は“ゼロの破壊”じゃない。選ばれなかった俺たちが、“選ばれた”彼らの意味を、全て奪い返す。それがこの組織の存在理由だ」

「……難しいこと言うね」


 窓辺にいた赤髪の少女──リナが呟いた。その瞳には、誰かの面影を追うような翳りがあった。


「ねぇ、クレイン。それって、殺すってこと?」


 クレインは、淡々と頷いた。


「必要ならね。だが、全てを壊す必要はない。

 “ゼロの否定”──成功作という虚構を、根底から揺るがせばいい」

「……くだらないな」


 部屋の最奥、椅子にふんぞり返っていた緑髪の男──オルトが鼻で笑う。


「要は捨てられた。そんだけだろ。それ以上でも以下でもねぇ」

「でも、アンタだって未だに“ケイ”に執着してるでしょ?」


 リナが口を挟むと、オルトは一瞬だけ視線を落としたが、すぐにニヤリと口元を吊り上げる。


「あれれ?それ言うなら、アイを奪われたのはどこの誰だっけぇ?洗脳できる力があるのに、奪えなかったんでしょ〜?なぁ〜?」

「はぁ?ケイが研究所壊した時、あんたどこにいたっけ?……あぁ、そうだ。廃棄されてたんだよねぇ?」

「……は?」


 二人の間に火花が散る。言葉のナイフはさらに鋭くなる──が。


「お前ら、いい加減にしろ」


 カイの一言が、部屋の空気を一瞬で凍らせた。二人ともようやく口を噤んだかに見えたが


「そーよそーよ、うるさいったらないわ」


 ワイがうんざりしたように呟く。だが…


「って言うけど、ワイだってジェイを壊そうとした“ピエロ”の件、失敗してるじゃん?」

「は?あれはヴィーが想定外だっただけ!それに、あのピエロが弱すぎたのが原因!」


 今度はワイとクレインが火花を散らす。


──パンッ!


 一発の乾いた銃声が、空気を裂いた。全員が沈黙する。


「……お前ら、黙れ」


 銃口を下ろしたカイの言葉に、場が静まり返る。誰もが、その声に潜んだ殺気を肌で感じていた。


「ふざけ合ってる場合か。次は──ないぞ?」


 全員が神妙に頷く中、ただ一人、笑みを浮かべた男がいた。透き通る水色の髪の男──ハウル。


「次も許しちゃうくせに」


 言葉に出すことはない。ただ口の形だけがそう告げる。カイは一瞬バツが悪そうに視線を逸らすと、小さくぼやいた。


「……うるさいぞ、ハウル」

《何も言ってないよ》


 ハウルは手元の端末に文字を打ち込み、ディスプレイを見せる。

 カイは眉をひそめた。


「……じゃあ、行動がうるさい」

《それは、ごめん》


 からかうような笑みに、カイは小さく鼻を鳴らすと、立ち上がった。


「──さて。今後の作戦を決める」


 カイが立ち上がる。その動きだけで、空気が引き締まった。


「まずはゼロの構成員の情報整理からだ。クレイン、任せる」

「あぁ。ダストの報告に、ミューズから得たデータを合わせてまとめてある」


 壁のディスプレイに映し出されたのは、ゼロのメンバーの顔写真と簡易的な能力表。その映像を前に、クレインは皮肉っぽく笑いながら話し始めた。


「まずリーダー。ご存知、クソ真面目なエフ。能力も才能も……僕によく似てるんだよ、これが。ほんと、腹立たしいくらい」

「はは。エフも同じこと言ってそうだな」


 オルトが吹き出す。クレインは不機嫌そうに目を細めた。


「一緒にすんな。あんな奴とは違う」

「まぁまぁ、次行こう」


 カイが軽く口を挟み、次に名前を出す。


「次は──ジェイ」

「能力は、俺と同じ。強靭な肉体と回復力、それだけ。でも……あいつは優しすぎる。それが最大の弱点だ」

「…………そう、カイの言う通り」


 クレインもそれ以上は掘り下げず、話題を切り替える。


「ヴィーについては──正直、情報がほとんどない。ダストが直接ゼロに潜ったのに、あれだけはほぼ掴めてない。おかしいくらい」


 ヴィーの名が出た途端、ダストが小さく肩を揺らす。だが、口を開くことはなかった。


「次はエイとユー。あれは双子に見えるけど──実際は、ユーがエイの分身。つまりユーは死なない。何度倒しても、エイがいる限り現れる」

「戦闘能力も高いし、最悪の場合、ゼットが裏切る可能性もある」


 そう続けたのは、黒一色の衣装と瞳を持つ少女──ミューズ。


「ゼットは、生物兵器として廃棄されたけど……エイとユーだけには従順だったみたい。ダストが擬態しても駄目だったってことは、何か決定的な違いがあるんだろうけど……私には分からない」

「ゼットの暴走条件が分かれば、利用もできるんだけどな」

「……クレイン」


 冷ややかなカイの声に、クレインが肩をすくめた。


「言葉の綾だよ。怒らないで」

「……わかってる」

「じゃ、次はエル。能力は“五秒先の未来”を見ること。地味だけど、使い方次第じゃ強い。株とかやれば間違いなく儲かるだろうな」

「……で、そのエルは今、我々が交渉を進めてる最中だろ?」


 オルトの確認に、クレインは苦々しそうに頷いた。


「あぁ。今は“ハク”っていう謎の女の情報を探ってる。けど……エルたち自身も、あまり詳しくは知らないみたいだ」


 そのことを語るうち、クレインの表情が明らかに曇っていく。


「くそ、やたらと頭の回るウザいのばっかりだ……」

「じゃあ次。エルの会社の別事業、アイドル事務所の看板──アイ・キュー・ユー。この三人の護衛兼マネージャーがエヌ。あいつは気配を完全に消せる。突然消えて、突然現れる感覚を作り出せる厄介な存在だ」

「対策は?」

「物理的には消えられない。ドアは開けなきゃ通れないし、足跡は残る。つまり、観察力と注意力の勝負だな」


 カイは頷き、次に聞く。


「キューは?」

「ハウルにとって最悪の相性。あいつは“音を消す”力を持ってるから、音で操るハウルの力が封じられる。戦場に出るなら、キューは前線に来るはずだ」

《キューちゃんに会えるかも、ってこと?》


 ハウルが端末に入力して見せる。クレインは軽く笑った。


「そういうこと」

《それはちょっと楽しみ》


 ハウルの口元が、わずかに緩んだ。


「さて、アイについては……ワイとリナの方が詳しいな」


 合図するように言うと、ワイが唇を噛みしめながら語った。


「……アイは、私から全てを奪った。あいつの力は感情を操る。そのせいで突然、私は捨てられた。私の大切な人まで……ジェイまで、奪われた」


 拳を握りしめるワイ。その横で、リナは恍惚とした笑みを浮かべていた。


「私は逆。アイは、私の全て。あの声も、仕草も、表情も……全部が好き。愛してる。絶対に手に入れたいの」


 彼女の歪んだ感情が、部屋にひやりとした違和感を残す。


「……はっ。恐ろしい女たちだ」


 クレインが皮肉交じりに吐き捨て、資料に目を戻す。


「それ以外の要注意人物は……クロ。ジェイが拾ったらしいが、特に目立った能力はない。ただ──ジェイがそばに置いている、それが気になる」


 クレインは口角を上げて、カイを見る。


「さぁ、リーダー。どこを攻める?」


 カイはしばし無言だったが、やがて静かに言った。


「……“優しさ”だ」

「……優しさ?」


 オルトが目を細めて問い返す。


「あぁ。ジェイの“優しさ”は、ゼロの象徴。最も美しく、最も脆い」

「……崩すつもりか?」

「違う。“突きつける”。俺たちが何をされ、何を奪われてきたか。選ばれなかった者の視点を、ジェイに正面からぶつける。あいつは、拒めない。冷たく切り捨てられるような人間じゃないから」

「……ジェイ、壊れちゃうよ」


 リナがぽつりと呟く。だが、カイはその言葉に頷いた。


「──だからこそ意味がある。ジェイが壊れれば、ゼロは崩れる」


 重く、静かな決意が空気を支配する。カイが最後に一言、言い切った。


「これは復讐じゃない。俺たちが置き去りにされた過去を取り戻す戦いだ」





 会議が終わり、灯りが次々と落ちる中──

 部屋に残ったのは、カイとダストだけだった。


「……言いたいこと、あるんだろ?」


 静かに、でも確信を持った声でカイが言う。

 ダストは驚いたように目を見開き、すぐに俯いた。


「……ごめん。けど……俺、今のままじゃ、ゼロと戦えない。ゼロを傷つけられない」

「理由を聞いてもいいか?」

「…………ヴィーに言われたんだ。“お前はお前でいい”、って」

「それは当たり前のことだ」

「……でも、俺には……初めてだったんだ。そんな風に、誰かに言われたの」


 カイは言葉を失った。ダストは、続ける。


「……僕、もう何が正しいのか分からない。エフが全部悪いと思ってた。でも……そうじゃないのかもしれない。僕たちの知らない真実がある気がして……」

「いいさ。無理に信じろとは言わない。ただ──止めないでくれ。お前はお前のやり方で、真実を見つければいい。答えを出せばいい。もし助けが要るなら……俺も、みんなも手を貸す」

「…………ありがとう、カイ」


 少しだけ涙を滲ませながらも、安堵の笑みを浮かべるダスト。その表情に、カイの顔もわずかにほころんだ。


「……なんだ。ダストも、ちゃんと自分の笑顔を持ってるじゃないか。その方が似合ってる」

「……え?」


 言葉の意味を呑み込む前に、カイはダストの頭を軽く撫でると、静かに会議室を後にした。

 取り残されたダストは、静かに心の中で──決意を固めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ