第十四話「風が運んだ噂」
心臓の音が聞こえそうなほど、重く静まり返った部屋。そこにはジェイ、エフ、ハク、そしてこの空気の元凶でもある男――ヴィーがいた。
「……あれ?“みんな集めて”って言ったけど、全員じゃないんだね。聞かせたくない人がいるの?」
ヴィーが目を細め、エフに問いかける。エフは少しバツが悪そうに視線を逸らした。
「それは、俺が内容を聞いてから判断する。……まだ、早い気がしてるだけだ」
その返答に、ヴィーは賛同も否定もせず、ただ小さく頷いた。
「じゃあ、教えてあげるよ。俺が“風の噂”で聞いた話を。最初から話すね。
まず――リアムに残っていた研究員たち。生き残ってた数少ない奴らが……一週間前に、全員殺された。たった一人を除いて」
「……最近の話だな。それにしても、生き残りがいたのか。何人くらいだ?」
「まあ、あの日はみんな逃げるのに必死だったからね。ケイが暴走してる間に何人か逃げ出したんだ。俺もできる限り狩ったけど、抜けられた奴もいた。俺が取り逃がしたのは、28人。そのうち11人は、ゼロ創設から1年以内に殺した。で、最近の話――風が運んできたんだ。“4人が何か企んでる”って。それで俺、殺しに行ったんだけど……もう死んでたよ。現場に着いたときにはね」
ヴィーの顔からは、いつもの軽薄な表情が消えていた。ジェイとエフは、その話の重みと、ヴィーがそんな動きをしていたことに、言葉を失う。
「誰かが、俺より先に殺した。ゼロの誰かかと疑ったけど、風は教えてくれなかった。だから、自分で考えた。誰がやったのか……たどり着いたのが君だったんだよ、ハク」
不意に名前を出されたハクは、びくりと肩を跳ねさせた。声にならない驚きが、目と体に露わになる。ジェイとエフは、互いに顔を見合わせながら、ハクとヴィーを交互に見る。
「……ハクのこと、みんな疑ってるだろ?でも長くなるから、それは最後にまとめて話す。
結論だけ先に言えば――殺してたのはハクじゃない。リアムの残党だよ」
「は?いや、だが、お前の口ぶりだと……殺したのはお前じゃない誰かがいるのか…?」
混乱したように問い返すエフ。その隣で、ジェイは何かに気づいたようにヴィーを凝視していた。その表情を見たエフも、自分の記憶を辿り始める。
「……そうだ。お前が姿を消す前に言ってた……“リアムの失敗作が生きてる”……それって……」
「――死んでないんだよ」
ヴィーの冷静な言葉が、エフの心を突き刺す。彼の顔から血の気が引く。
「エフが三週間、記憶を失っていた原因は“Y”――今も“ワイ”を名乗ってる、記憶操作の能力者だ。……そしてエフに化けてたのは、“D”――ダスト」
ヴィーは一枚の紙を取り出し、名前と能力を書き出していく。
「最初に接触してきたのは“M”――ミューズ。全てを記憶する力を持ってる。……ただ、真実まではたどり着いてないようだったけど」
「……ミューズは……どこまで覚えてる?」
「エフが隠したいことまで、全部」
「…………そうか」
エフの声は、深く沈んでいた。
「でもさ、悪いのはお前じゃない。その選択をさせた俺だから。だから、全部一人で背負うなよ、エフ」
慰めでも励ましでもなく、ただ事実としてヴィーは言った。
「ヴィー……お前……」
「その話は後にしよう。……次に進む。リーダーは“K”――いや、“カイ”って呼んだ方が分かりやすいね」
カイという名前に、エフは首を傾げた。しかし、ジェイは息を呑んだ。
「……そうか。カイが……生きてるのか」
「それだけじゃない。“S”も、生きてる」
「………………え?」
「覚えてるよね? Sのこと」
「……忘れるわけがない……。あいつは……俺の目の前で……死んだんだ。殺されたんだぞ。なのに……」
「カイが救ったらしい。声と記憶は失ってたけど……生きてた」
「そん、な……っ」
「……ほっとした?嬉しい?それとも……辛い?」
「……全部だ。全部がぐちゃぐちゃになってる。KもSも……俺の支えだったんだ。だから、生きててよかった。でも……今は敵、だろ?」
「……その通り。残念だけど、ね」
「……俺は……リアムと戦えない、かもしれない」
「……相手もそれは分かってるさ。ジェイが殺せないってな」
ジェイは返す言葉が見つからないのか、ふらりと椅子に沈み込んだ。
(だけど、それは向こうも同じはずだ)
ヴィーはそう思ったが、口には出さなかった。
「ここからは……エフが一番、聞きたくない話だ。でも……しっかり聞いてくれ」
「……ああ。分かってる。覚悟はできてる」
「さすが。……まず“C”――クレイン。彼の能力は、エフが一番よく知ってるだろ?」
「……ああ。俺と同じ、水平思考と高速演算能力」
「そう。エフと同等、いや、それ以上かもしれない。正直、手強いよ」
「……でも、負けない。俺は、絶対に負けない。強さじゃない、意思の問題だ」
「それでいい……でも、もし“クレインが勝ってたら、今の立場は逆だったかも”って考えたこと、ある?」
「ねえな。そんな“たられば”には興味ない」
そう言ったエフの手は、小さく震えていた。ヴィーは、それに気づいても、あえて触れなかった。
「次は“O”――オルト。……俺、あいつ大っ嫌い。自己中なマッドサイエンティスト、自称天才、ドM」
思わぬ悪口に、ジェイとエフは思わず苦笑を漏らす。
「痛覚過敏の代わりに、毒も銃も効かない。……ただのアンドロイドだよ。ケイと仲良かったらしいけどさ」
「たしかに、よく一緒にいたよな。……ケイの暴走に嬉々として近づいていくあいつを見て、こっちが肝を冷やしてた」
二人がふと笑い合う。そこには、確かにあった“過去”があった。
(……だからこそ、戦うのはつらいんだよ)
ヴィーはその言葉を飲み込む。
「次。“R”――リナ。彼女は、天才的な洗脳者。風をも欺く。彼女はアイに執着してる。……というより、依存だね」
“アイ”の名前にジェイが反応する。
「ちなみに“ワイ”もアイに執着してる。比べられて、捨てられたからね」
「ヴィー」
ジェイが静かに釘を刺す。ヴィーは笑顔のまま応じた。
「……心配しないで。アイは大切な家族だと思ってるよ。手放すつもりも、渡すつもりもない」
「……いや、違う……でも、もういい」
ジェイが言いかけて、口を閉じた。ヴィーは察しても、気づかないふりをして話を続ける。
「あと二人。“Z”――ゼット。そして“H”――ハウル。
ゼットは……兵器だ。敵味方の区別がつかない。勝てるのは、たぶんケイだけ」
「……だよな」
「けど、ゼットはユーとエイに懐いてる。……そしてカイは仲間思い。ゼットを使うのは、きっと最終手段だよ」
「……そう願いたいな」
ジェイの沈んだ声に、ヴィーも小さく頷く。
「ハウルは“音”の能力者。音で精神を崩壊させる。……しかも、自分の声を聞くと、自殺衝動に駆られる」
「……あいつの実験結果、オルトが嬉々として語ってたな……胸糞悪くて、今でも覚えてるよ」
舌打ちするエフ。ヴィーは最後のまとめに入る。
「……とまあ、元“リアム”の実験体たちは、だいたいそんな感じ。結構……多いでしょ?」
「……ああ。多すぎる」
「でしょ?」
軽く笑ったヴィーは、ハクの手を取り、そっと抱き上げた。
「俺がハクを拾った理由、覚えてる?面白そうだったから、とか色々言ったけど……あれ、嘘じゃないけど、全部じゃない。
俺は……ハクの“親”みたいなもんなんだよ」




