表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/34

閑話V「絶対安静の中でー9ー」

 夜が、深く、深くなった頃。月明かりだけが静かに照らす病室。


 扉が、音もなく開いた。


「……おいおい、怪我人はもう寝てなきゃいけない時間じゃないか?」


 銀色の髪を持つヴィーが、軽やかに現れる。


「起きてるの、わかってたんだろ?」


 彼はいつものように軽い足取りで部屋に入ってくる。まるで見舞いというより、散歩の延長のように。


「お前が来るとは思わなかったよ」


 ジェイは笑った。言葉に棘はない。ただ、心から意外だと感じたのだ。


 ヴィーはふふんと鼻を鳴らし、ベッドの縁に腰を下ろす。腰に下げた白い鞭の柄が、微かに揺れる。


「なんでそんなこと言うのさー。俺ってばちょー優しいから、顔くらい見ておこうかなって」

「……ふぅん。嘘くさいな」

「嘘だよ?」


 即答に、ジェイは吹き出した。


「そっか、嘘か」

「うん。でも、ほんとのことも少しはあるかも。嘘か本当かは、ジェイが決めて」


 ジェイは目を細め、ヴィーを見つめる。彼の瞳は、澄んでいるようで曇ってもいるような、不思議な白。空っぽのようで、すべてが詰まっているようにも見える。


「ヴィー」

「んー?」

「……ありがとう」

「え、なに急に。気持ち悪いな」

「気持ち悪くていい。お前が助けに来てくれたこと、ちゃんと知ってる」


 ヴィーは黙った。照れたように、視線を逸らす。


「俺、別にジェイを助けるために行ったわけじゃないし」

「……そういうことにしておいてやってもいい。でも、そうだな──俺を助けに来てくれたやつは、とても強くて、綺麗でな、それに──」

「やめてよ」


 ヴィーが遮る。頬は赤く染まり、まるで「泣くのをこらえている子ども」のような表情をしていた。


「そういうの、言わないで。なんか……変な気持ちになっちゃうから」

「……ごめん」

「いいけど」


 ヴィーは膝を抱えるように座り、天井を見上げる。


「ジェイが姿を消した時、俺ね、ゼロが終わるなって思った」

「……」

「だってさ。みんな、必ずお前のこと見てたじゃん。バラバラなやつばっかりなのに、みんなお前の背中だけは見てた。追いかけようとしてた」

「そんなこと……」

「あるよ」


 ヴィーは静かに言いながら、ジェイに視線を戻す。


「みんなと話して気付いてるでしょ?俺だって、みんなの色を見ればわかる」

「……」

「でも、俺は違う。俺はお前を追いかけたことなんて一度もない。お前が前にいるなんて、思ったことない」

「ヴィー、お前……」

「追いかけるのは俺らしくないし……それにさ。お前が辛くなって、全部投げ出したくなった時、逃げ場が必要だろ?」

「……そんな重荷を、お前に背負わせるわけにはいかない」

「重荷なんかじゃない。知ってるだろ、俺の性格。笑って流して、重荷なんてその辺に捨ててやるよ」


 冗談のように言ったその言葉は、冗談ではなかった。


 おどける口調のまま、ふとヴィーの声が静かに落ちる。


「今までに殺したやつの顔なんて、ほとんど覚えてないけど……でも、多分、お前が死んだ顔だけは、ずっと忘れられない。夢に見そうでさ……だから……」

「だから?」

「だから、生きててくれて、よかった。知ってる? 俺、お前が目を覚ますまで、悪夢ばっかり見てたんだぞ?」


 ヴィーは笑った。本当に、心の底から。


 そして、いつもの調子でベッドに身を預け、ジェイの隣に転がる。


「ねぇ、手。なんか手ぇ繋ぎたい気分」

「……珍しいな?」

「いいの、今日は甘えたい気分。だめ?」

「ダメなわけないだろ」


 ジェイが優しく手を差し出すと、ヴィーはそれを握る。その手は冷たくて、誰よりも温かかった。


「ジェイ。俺、ちゃんと育てるから。あの子」

「……ハクのことか?」

「うん。……多分、ちゃんとする。まあ、ジェイはなんとなく気付いてたと思うけど──俺がハク拾ったのって、面白そうだったからなんだ」

「……うん」

「この世の穢れを知らないって顔して、真っ白で。誰もが何かしら色を持ってるのに、ハクは何も持ってなかった。健康な体に、感情のない瞳。すべてがミスマッチで、気になっただけだった」

「……今は、それだけか?」

「いや。ハクがさ、最近“色”を持ち始めたんだ。それが、なんか……楽しくてさ。もっと育ててやりたいって思ったんだよね」

「その言葉だけで、充分だよ」


 ヴィーは、肩を震わせて笑った。


「それも、嘘かも」

「……嘘でもいいさ」


 しばし、沈黙が降りた。


「ねぇ、ここで寝ていい?」

「……はは、ダメって言ったらやめるのか?」

「やめなーい」

「だろうな。……まあいい、寝ても」

「ありがとー。ジェイ大好きー」

「はいはい、ありがとな」


 ヴィーはそっと目を閉じる。


「…………ジェイ」

「んー?」

「……生きててくれて、ありがとう」

「こっちこそ、来てくれてありがとな」

「……どういたしまして」

「俺もヴィーのこと、大好きだよ」

「…………知ってる。もう黙って寝て。おやすみ」

「ん、おやすみ」


 そのまま、部屋は静寂に包まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ