第一話「白を連れてきた男」
俺たちの組織は、表向きには“存在しない”。
裏社会に名前すら残さない──そういう意味では、完璧に匿名のマフィアだ。
けれど、実際にはゼロ、という名でそれなりに名は通っている。
孤児、逃亡者、売られた子供。誰にも拾われなかった命を集めて、もう一度「名前」を与えることを、生業としている。
……聞こえは良いが、要するに、俺たちは「居場所のない者たちの駆け込み寺」であり、同時に「必要とされなくなった命の墓場」だ。
少しでも気を抜けば、腐った感情に呑まれて潰れてしまうような奴らばかりだ。
それをどうにかまとめているのが、俺──エフだ。
頭がいいと周りには言われるし、自覚もある。統率力も判断力もまあ平均よりはある。
ただ一つ、自尊心が高すぎるのが、唯一の“欠点”だと自覚している。
そして今日も、頭痛の種は尽きない。
「……おいヴィー、何してんだ。なんで子ども抱えて帰ってきてんだよ」
少女を抱えたまま部屋に入ってきたヴィーは、相変わらず気の抜けた顔をしていた。
だが、その腕の中にいる“白”は、場の空気を一変させた。
淡い銀色に近い白髪、透き通るような肌。その外見に似つかわしくないのは、瞳の奥にある虚無だった。
「拾った。可愛かったから」
ヴィーはソファに腰を下ろしながら、当然のように言った。
「お前な……」
溜息をついた俺の視線が、自然とその少女に向かう。生気のないその目は、まっすぐこちらを見ているようで、何も見ていない。
「名前は?」
「まだない。でも白いからハク、でいいんじゃない?」
ヴィーはあっさりと決めた。いつも通りの雑さに、思わず額を押さえる。
「そういうのは、もうちょっと考えてから──」
「いいと思うよ」
低く、優しい声が割り込んだ。
ジェイだった。仕事部屋の片隅に立ったまま、彼は少女を見つめていた。その目にはどこか、過去を思い出すような寂しさが滲んでいる。
「……あの子、壊れてる。でも、まだバラバラにはなってない」
ジェイの言葉に、ヴィーもふと視線を落とす。
「えー、直すの得意じゃないだけど」
小さく肩をすくめたヴィーが、少女──ハクをそっと床に下ろす。
ハクは何も言わず、ただ立っていた。不安も戸惑いも見せない。まるでこの状況すら、自分には関係ないと言わんばかりに。
「……責任、取れるのか?」
俺はヴィーに問う。感情を殺した声だった。
ヴィーはしばらく黙っていたが、やがてふにゃりと笑って言った。
「んー、やってみる。……結構大事そうにされてたんだよ、この子」
「え?」
「顔は無表情だけど、傷一つない。栄養状態もいい。つまり……手放されたんじゃなくて、手放す“必要”があったって感じ」
それはヴィーにしては珍しく、理屈の通った推測だった。
「気になるじゃん?」
俺はジェイを見る。彼は静かにうなずいた。
「育てさせてみろ、エフ」
「……責任感が芽生えるかもしれない、ってか?」
「そう。あいつ、たまにまともな目をするからな」
ジェイが視線を外し、苦笑する。
それを聞いたヴィーが「ひどくない?」と呟きながらも、特に否定はしなかった。
俺は椅子の背にもたれ、天井を仰いだ。マフィアのボスともあろう俺が、気まぐれで連れてこられた少女一人に、こんなに判断を悩まされるとは。
でも、ジェイが言うなら。あの男が目の前に立ち、何かを「任せろ」と言うなら、俺はそれに従う。
「──わかったよ。育てさせてみろ。責任も全部、お前にある。もちろん協力するがな」
ヴィーは「はいはーい」と気の抜けた返事をして、再びハクの横にしゃがみ込んだ。
「これから君をハク、って呼ぶよ。君はそれでいい?」
少女は何も言わなかった。
けれど、それでもいいような気がした。
彼女の時間は、もうとっくに止まっていた。なら、ここで誰かがそれを動かしてやればいい。
その役が、ヴィーだというのなら──それもまた、悪くない。
俺は再び、ハクを見た。
まるで、真っ白な紙のようだった。何も描かれていない。けれど、それがどれだけ自由で、可能性に満ちているかを、俺は知っている。
ヴィー、お前に描けるか?この子の中に、何かを。
──答えが出るのは、きっともう少し先だ。