表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

第一話「白を連れてきた男」

 俺たちの組織は、表向きには“存在しない”。

 裏社会に名前すら残さない──そういう意味では、完璧に匿名のマフィアだ。


 けれど、実際にはゼロ、という名でそれなりに名は通っている。

 孤児、逃亡者、売られた子供。誰にも拾われなかった命を集めて、もう一度「名前」を与えることを、生業としている。


 ……聞こえは良いが、要するに、俺たちは「居場所のない者たちの駆け込み寺」であり、同時に「必要とされなくなった命の墓場」だ。

 少しでも気を抜けば、腐った感情に呑まれて潰れてしまうような奴らばかりだ。


 それをどうにかまとめているのが、俺──エフだ。


 頭がいいと周りには言われるし、自覚もある。統率力も判断力もまあ平均よりはある。

 ただ一つ、自尊心が高すぎるのが、唯一の“欠点”だと自覚している。


 そして今日も、頭痛の種は尽きない。


「……おいヴィー、何してんだ。なんで子ども抱えて帰ってきてんだよ」


 少女を抱えたまま部屋に入ってきたヴィーは、相変わらず気の抜けた顔をしていた。

 だが、その腕の中にいる“白”は、場の空気を一変させた。


 淡い銀色に近い白髪、透き通るような肌。その外見に似つかわしくないのは、瞳の奥にある虚無だった。


「拾った。可愛かったから」

 ヴィーはソファに腰を下ろしながら、当然のように言った。


「お前な……」

 溜息をついた俺の視線が、自然とその少女に向かう。生気のないその目は、まっすぐこちらを見ているようで、何も見ていない。


「名前は?」

「まだない。でも白いからハク、でいいんじゃない?」


 ヴィーはあっさりと決めた。いつも通りの雑さに、思わず額を押さえる。


「そういうのは、もうちょっと考えてから──」


「いいと思うよ」

 低く、優しい声が割り込んだ。


 ジェイだった。仕事部屋の片隅に立ったまま、彼は少女を見つめていた。その目にはどこか、過去を思い出すような寂しさが滲んでいる。


「……あの子、壊れてる。でも、まだバラバラにはなってない」

 ジェイの言葉に、ヴィーもふと視線を落とす。


「えー、直すの得意じゃないだけど」

 小さく肩をすくめたヴィーが、少女──ハクをそっと床に下ろす。


 ハクは何も言わず、ただ立っていた。不安も戸惑いも見せない。まるでこの状況すら、自分には関係ないと言わんばかりに。


「……責任、取れるのか?」

 俺はヴィーに問う。感情を殺した声だった。


 ヴィーはしばらく黙っていたが、やがてふにゃりと笑って言った。


「んー、やってみる。……結構大事そうにされてたんだよ、この子」

「え?」

「顔は無表情だけど、傷一つない。栄養状態もいい。つまり……手放されたんじゃなくて、手放す“必要”があったって感じ」


 それはヴィーにしては珍しく、理屈の通った推測だった。


「気になるじゃん?」


 俺はジェイを見る。彼は静かにうなずいた。


「育てさせてみろ、エフ」

「……責任感が芽生えるかもしれない、ってか?」

「そう。あいつ、たまにまともな目をするからな」


 ジェイが視線を外し、苦笑する。


 それを聞いたヴィーが「ひどくない?」と呟きながらも、特に否定はしなかった。


 俺は椅子の背にもたれ、天井を仰いだ。マフィアのボスともあろう俺が、気まぐれで連れてこられた少女一人に、こんなに判断を悩まされるとは。


 でも、ジェイが言うなら。あの男が目の前に立ち、何かを「任せろ」と言うなら、俺はそれに従う。


「──わかったよ。育てさせてみろ。責任も全部、お前にある。もちろん協力するがな」


 ヴィーは「はいはーい」と気の抜けた返事をして、再びハクの横にしゃがみ込んだ。


「これから君をハク、って呼ぶよ。君はそれでいい?」

 少女は何も言わなかった。


 けれど、それでもいいような気がした。


 彼女の時間は、もうとっくに止まっていた。なら、ここで誰かがそれを動かしてやればいい。

 その役が、ヴィーだというのなら──それもまた、悪くない。


 俺は再び、ハクを見た。


 まるで、真っ白な紙のようだった。何も描かれていない。けれど、それがどれだけ自由で、可能性に満ちているかを、俺は知っている。


 ヴィー、お前に描けるか?この子の中に、何かを。


──答えが出るのは、きっともう少し先だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ