閑話V「絶対安静の中でー6ー」
病室の空気は、ほんの少しだけ重かった。
カーテンの隙間から差し込む光がオレンジに染まり、世界にゆっくりと夜が近づいていることを告げている。
ジェイは穏やかに目を閉じていた。
まどろむような意識の中、ふと──
「ジェーイ、おっじゃましまーすっ!」
「しっ、声が大きいよ、ユー。怪我人って知ってるでしょ」
バン、と音を立てて扉が開いた。
現れたのは二人の少女。ふわふわとした金髪をツインテールにしたユーと、すっと伸びた金髪を揺らす気品ある立ち居振る舞いのエイ。
外見だけを見れば、まるで子供が二人、親戚のお見舞いに来たような光景だ。
だがその瞳には、深く澄んだ「経験」と「意志」が宿っていた。
「ふふ、起きてたのね。寝てるかと思ったのに」
「おう、お前らか……」
ジェイはゆっくりと身体を起こす。
ユーが心配そうに近づいてきて、ベッドの端をちょん、と叩いた。
「ここ、座ってもいー?」
「……ダメって言っても座るだろ」
「うんっ!」
満面の笑みでユーはひょいとベッドに上がり、ジェイの足元にちょこんと腰を下ろす。
一方のエイは椅子を引き寄せ、スカートの裾を整えてから静かに腰かけた。
「……こうして見ると、まるで子供が叔父のお見舞いに来たみたいね」
「それは酷くない?」
「事実でしょう?」
「俺、そんなに年老いて見えるか……?」
ユーが頬を膨らませて抗議し、ジェイは少し沈んだ声でぼやく。
それに対してエイは、くすりと微笑んだ。
「……はは、お前らはほんと変わらないな」
「だって私たち、もう中身は立派な大人だもん。あとは見た目が老化するだけ」
「ユー、それ言うとあまりに夢がない」
ジェイは笑いながら、二人をじっと見つめた。
見た目に騙されがちだが、彼女たちはゼロの中でも屈指の知力と武力を誇る。ゼロにとって欠かせない存在だ。
「心配だったよ、ジェイ。いっつも私たちを支えてくれるのに、今回は全然戻ってこなくて……」
珍しく、ユーの声が真剣だった。
小さな手が、ジェイのシーツをぎゅっと掴んでいる。
ジェイはその手を軽く撫でた。
「ごめん、心配かけたな」
「……謝んないで。でも、帰ってきてくれてよかった」
そう言うと、ユーはこてん、とジェイの足に頭を乗せて、丸くなった。
「ちょっと、ジェイにくっつくのは禁止だったんじゃ?」
「んー、いいじゃん。今だけは甘えても」
エイが呆れたようにため息をつくと、ジェイは肩をすくめた。
「たまにはこういうのも悪くないさ」
「……あーあ、ほんとジェイって甘いわね。私たちには特に」
「お前ら、かわいいしな」
「……あら、年甲斐もなく照れそう」
エイは柔らかな笑みを浮かべながらも、ふと表情を引き締めた。
「ジェイ。あなたがいなくなると、ゼロのすべてが変わる。エフはきっと平静を装うだろうけど、みんな、壊れてた。私たちも、多分」
「……ああ」
「次は、気をつけて」
「気をつけるよ……約束する」
短く、けれど真摯な言葉。
それに、エイは静かに頷いた。
エイとジェイのやり取りが終わったのを見計らったように、ユーが静かに立ち上がる。
それに続いて、エイも椅子から立ち上がった。
「じゃ、また来るね。もっと元気なジェイに会いに来るから」
「うん、だからそれまでにお大事に。早く傷治して、元気になってね」
手を振り、くるりと回って部屋を出ていく二人の背中には、やはりどこか「大人びた」気配があった。
その後ろ姿に、ジェイはそっと言葉をかける。
「……ありがとな、ユー、エイ」
二人は振り返らなかったが、ほんの一瞬だけ、動きを止めた。
そしてまた、静かに、扉の向こうへと消えていった。




