表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/34

閑話V「絶対安静の中でー2ー」

 ケイが去ってから、ジェイはベッドに背を預け、ゆっくりと息を吐いた。

 膝の上に残る温もりに、ほんの少しだけ眠気が差す。


 その静けさを破るように、扉がやさしくノックされた。


「……失礼します」


 ジェイが目を向けると、桃色の髪の少女──アイがいた。

 両手で小さな紙袋を抱え、どこか緊張したような面持ちで立っている。


「アイ。来てくれたんだな」


 声をかけると、アイはふっと表情を緩めて笑った。


「うん……ジェイが目を覚ましたって聞いて、ちょっとだけでも顔を見たくて」

「ありがとう。嬉しいよ」

「元気そうで、よかった」


 アイはベッド脇の椅子に腰掛け、紙袋を差し出した。まだ少し硬さが残るその動きに、緊張がにじんでいる。


「これ……ゼリーとクッキー。私の手作りだから、ちゃんと食べてよね」


 少しツンとした口調に、ジェイは思わず苦笑しながら袋を受け取る。

 中を覗くと、可愛らしいラッピングのされたお菓子が入っていた。


「手作りか……すげぇな。ありがとう、アイ」

「気持ち込めて作ったんだからね!」

「……ちゃんと伝わってるよ」


 ジェイはクッキーを一枚取り出し、そっと口に運ぶ。

 優しい甘さが舌の上に広がり、心の力がふっと抜けた。


「うまい。ほんとに、うまいよ。ありがとう、アイ」


 その言葉に、アイの頬がふわっと赤く染まる。


「……当たり前でしょ。私が心込めて作ったんだもん」


 少し照れたように笑いながら、アイはジェイの顔をじっと見つめる。

 まだその表情には疲れの影が残る。でも、以前よりは少しだけ穏やかに見えた。


「……本当に、無事でよかった。ジェイが帰ってこなかったらって……すごく、怖かったんだよ。ヴィーが一人で出ていったとき、私……なにもできなくて」


 声が、ほんの少し震える。


「でも……戻ってきてくれた。ちゃんと、生きて帰ってきてくれた。本当に……よかった」


 ジェイはその言葉に、しばらく何も返さなかった。

 ただ目を閉じ、アイの声を静かに、心の奥に染み込ませるように聞いていた。


「なあ、アイ」

「……なに?」

「俺は、お前が“なにもできなかった”なんて、思ってない。

 俺はさ……何度も、お前から“生きる理由”をもらってきたんだ」


 アイの瞳が揺れる。


「俺は、あの研究所が壊れて、逃げて……お前たちを逃がしたあと、死ぬつもりだった。

 でも、それを止めてくれたのは、まだ幼いお前だった。お前がさ、俺の手を握ったんだよ。小さな手で、強く。

 ……そのとき思ったんだ。“まだ死ねない”って、“消えちゃいけない”って。

 今は、こうして生きててよかったって、心から思ってる。……ありがとう、アイ」


 アイの小さな手が、そっとジェイの布団の端を握る。

 彼女は、泣きそうな笑顔のまま、小さく何度も頷いた。


「……ジェイ。私、もっと強くなる。今度は、ヴィーと一緒に助けに行けるように」

「……はは、期待してるよ。ゆっくりでいい。アイのペースでな」


 二人は、そのまま他愛もない話を交わした。

 最近ケイが拾ってきた謎の虫のこと。

 キューが誰にも内緒で新しい技を練習していること。


 そんな話をしながら、静かに、穏やかに時間が流れていった。


 やがてアイが部屋を出るとき、扉の前でふと立ち止まり、もう一度振り返る。


「……ジェイ。本当に、帰ってきてくれてよかった。ありがとう」


 その声はもう、震えていなかった。

 まっすぐで、しっかりとした、優しい声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ