閑話V「絶対安静の中でー1ー」
ジェイが目を覚ましてから、数日が経った。
絶対安静の命はまだ解かれず、ベッドの上での生活を強いられている。
深く動けばまだ鈍い痛みが走るものの、日常会話ができる程度には回復していた。
ベッドの脇の窓から差し込む午後の陽光が、柔らかく室内を包んでいる。
その静けさの中、ふいに扉がノックされた。
──ノック、というより、ぽすん。何か柔らかいものをそっとぶつけたような音。返事をする間もなく、扉がゆっくりと開く。
「……ケイ?」
ふわふわの髪に、緑がかった瞳。
小さなぬいぐるみをぎゅっと抱えた少年が、ひょっこりと顔を覗かせていた。
「ジェイ……おはよう……?」
昼を少し過ぎたばかりだが、ケイにとっては目覚めたばかりなのだろう。
ジェイは苦笑しながら、おいで、と手を招いた。
「ああ、おはよう。よく来たな」
「うん……」
ケイは小さな足音を立てて、ベッドに近づいてくる。
手には、色あせてどこか綻びたくまのぬいぐるみ。ジェイが目を細めると、ケイは無言のままぬいぐるみを差し出してくる。
「ね……この子、ジェイのこと、心配してた」
「そっか。……そいつも、心配してくれてたんだな」
「……妖精さんも、みんな心配してたよ」
「そうか……ありがとな」
ジェイが優しくそう言うと、ケイはふにゃりと微笑んだ。
──そして、次の瞬間。
「っ、あ──」
ぽふん、と軽い音を立てて、ケイがジェイの膝の上に座り込む。
まるでそこが当然のように、何のためらいもなく。
抱えたぬいぐるみを胸に抱いたまま、ケイはそのまま蹲るように体を丸め、呼吸を落ち着かせていった。
ずしりと重みがかかり、痛みが背中をじんと走る。
それでも、ジェイは咳払いひとつでごまかし、ケイを退けようとはしなかった。
「……ったく、容赦ないな」
苦笑しながら、小さくこぼす。
そっと、ケイの頭に手を伸ばして撫でると、まだ少し湿った柔らかい髪が指先に触れた。
重みと温もりが、じんわりと胸の奥に染みていく。
ああ、生きてるって、こういうことかもしれない──そんな実感が、ゆっくりと胸に灯る。
「お前が来てくれると……安心するな」
「……ジェイの匂い、好き。優しい」
その声は、もうほとんど夢の中にいた。
それ以上、言葉は交わされなかった。
ケイは静かな寝息を立てながら、ぬいぐるみを抱きしめたまま、すやすやと眠りについていた。
痛みはまだ残っている。だがそれすらも、どこか遠くの出来事のように感じられる。
心は不思議なほど穏やかで、温かい。
──もう少しだけ、このままでいよう。
ジェイはそっと目を細め、ケイの髪をもう一度、静かに撫でた。




