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ⅩⅨー4 エピローグ――風変わりな研究者

 二十年前、シャンラ王国でルナ遺跡が発見された。遺跡からは、ルナ石板も見つかった。この報に接したサユミは、ひそかに遺跡に出向いた。降ってわいたルナ神殿遺跡フィーバーに歓喜する人びとを尻目に、ひたすら黙々と遺跡で作業を続ける者がいた。

 

 サユミは、ヨミ族の高位貴族。ヨミ大神官やシャンラ女王を輩出してきた名門家系の姫だった。

 男装したサユミは、その女性に近づいた。女性のそばには、ほっぺを真っ赤にした幼い女の子がいて、小さな手でなにくれと手伝っていた。女性はときおり幼子の頭をいとしげに撫でた。幼子は満面の笑みで女性を見上げ、また一生懸命、作業を手伝うのだった。

 それが、サユミと、都築凛子(つづきりんこ)、クレアとの出会いだった。


 ルナ教とルナ文化を否定し続けてきたシャンラ王国では、ルナ神殿遺跡をまともに研究できる者がほとんどいない。神殿調査チームは、アカデメイアを中心に組まれた。凛子は、調査チームが現地で雇用したメンバーの一人であった。

 凛子は、化粧っ気もなければ色気もない女性で、常勤職はなく、アカデメイアの任期付き研究員であった。しかし、気っぷがよくて、親分肌だったためか、彼女の周りにはいつも多くの人がいて、その中心で笑っていた。現場主義を貫き、一年のほとんどを発掘現場に張り付いて過ごしていたからだろう。顔も手もよく陽に焼け、土っぽい匂いがした。


 土など触ったこともなさそうなサユミの白い手をめずらしそうに眺め、「そんな手で土を触ったら土がビックリする」と言って、発掘作業をしてみたいというサユミの作業を慎重に見守りながら、的確な指示を与えた。差し出がましくはなく、過保護でもなく、邪険にするでもなく、サユミにはその距離感がとても心地良かった。

 クレアの聡明さと敏捷さに気づいた乳母は、クレアをサユミ専属の密偵〈風〉として訓練した。サユミに仕えれば、給金がもらえる。凛子に恩返しをしようと、クレアは懸命に訓練に励んだ。乳母が見込んだ通り、クレアは卓越した力を持つ密偵に成長した。


 やがて、サユミはアカデメイアに留学した。クレアを伴った。シャンラでの窮屈な生活から逃れるためだった。アカデメイアでは、シャンラでの身分を隠した。サユミはひたすら自由を謳歌した。

 しかし、シャンラ王太子がサユミを見初めた。抵抗したが、大神官はこれを許さなかった。条件を付けた。アカデメイアを卒業すること、ルナ文化研究を支援することを認めてくれること。


 卒業後あわただしくシャンラに戻った。王太子との婚儀のためだ。

 自由な時間は婚儀までだ。サユミは、ルナ神殿遺跡に出かけた。クレアにはヨミ大神官の動向を探らせた。

 道すがら、サユミは胸を躍らせた。

――凛子に会える!


 四年ぶりに会った凛子は、相変わらず、ぶっきらぼうで、風変わりな研究者だった。そして、以前と変わらず、分け隔てなくサユミに接した。

 ただ一つだけ、変わったことがあった。凛子はシングルマザーになっていた。幼い子を日本に残してルナ遺跡研究に没頭していたらしい。周りから「子を棄てた鬼母」と後ろ指をさされても、凛子は気にしなかった。

 

 遺跡そばにとどまれるのはわずか数日。その最終日、突然の雨に大わらわになった。

 薄着のサユミに凛子は手持ちの上着をかぶせ、大急ぎで近くの洞窟へと走った。洞窟は自然にできたもので、さほど深くなく、中は明るく、二人は雨が通り過ぎるまでの一時間ほどをおしゃべりして過ごした。

 サユミは凛子の娘の写真を見せてもらった。生まれたばかりの赤子だった。「かわいいですね」というと、彼女は相好を崩して喜んだ。しかし、娘のこと以外、凛子は自分のことを話さなかった。後で聞くと、凛子の周りにいるだれも凛子の娘の写真など見せてもらったことがないと言う。その特別感がくすぐったかった。


 サユミは、最後まで、アカデメイアのだれにも、そして調査チームのだれにも、自分の身分も境遇も明かすことはなかった。特に凛子には、そのようなことを抜きにした自分を見ていてほしかった。帰国の真の理由も明かさなかった。帰国を境に、サユミは自由と青春とは縁を切る覚悟であった。サユミにとって、凛子こそが、サユミの自由と青春の中心にいた忘れがたいひとだった。


 その凛子が行方不明になったと〈風〉たるクレアが伝えてきた。秘かに凛子の捜索を命じた。それでも凛子の消息はわからなかった。凛子の娘のことも調べさせた。娘は日本の山奥の古い家で曾祖母と暮らしているとの報告だった。名を風子という。その後も、サユミは凛子の行方を探し続けたがまるで手掛かりはなく、風子の消息もプッツリと途絶えたままとなった。

 その風子が突然アカデメイアに現れた。その報告をサユミにもたらしたのも〈風〉だった。

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