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ⅩⅧー4 カトマールの不穏

■カトマールの不穏

「では、本題だ。まず、わたしから聞きたいことがある」と、ラウ伯爵の表情が一転して厳しくなった。

「レオンによると、カトマール大統領の動きが妙なようだが……」

「そうだ。彼はどうやら大統領任期の延長を考えているようだ。あわよくば、任期の撤廃までもくろんでいるらしい」

「任期の撤廃だと? 独裁者になるつもりか?」

「その傾向が出ている。非常に危うい」

「大統領の任期を変えるには、憲法改正が必要なはずだが?」

「そうだ。憲法改正には国民投票が必要だし、大統領の任期延長にはそれ相応の理由がいる。非常大権の制度化だな」

「ナチスと変わらんぞ。ヒトラーは大統領に非常大権を使わせて憲法と人権を停止したじゃないか。まさかそれと同じように、テロだの戦争だの、なんらかの脅威をでっちあげるつもりか?」

「やりかねない……。折良く、バルジャが国境地域で妙な動きをしている……」とレンがため息をつき、ラウの声が鋭くなった。


「あの男がなぜそこまで野心を持つようになった? どちらかと言えば、温厚な性格で、とりまとめ役として大統領に選ばれたんじゃないのか?」

「十年近くトップに居座ると、権力と地位を手放したくなくなるらしい」

「情けないな……で、だれが大統領と組んでるんだ?」

「第一副大統領のエリムだ。それに軍がくっついている」

 ラウが驚いた。エリムは、抵抗軍の参謀として、レンとともに闘ってきた仲間のはずだ。


「なぜだ? 仲間じゃないか! それに軍の中核は、もとの抵抗軍のはず。キミが組織して、キミへの忠誠が強いはずじゃないのか?」

「そうだ。だが、少し変わりつつあるんだ。ありていに言えば、政府も軍も内部が二分されている。一方の主導者が大統領、もう一方がわたしだ。エリムはいま大統領派の筆頭だ」

「なんと! 国内で分裂抗争している場合か? 新政府になってまだ十年なんだぞ。バルジャの思うつぼじゃないか」

「まさしく……わたしもバルジャの介入を疑っている」


 レンの表情が険しくなった。

「もっと正確に言えば、バルジャを煽り立てている別の勢力の介入だ」

「別の勢力?」

「そうだ。ルナ大祭典への反対運動を組織している勢力だ」

「反対運動? たいした動きではないと思っていたが、違うのか?」

「どうやら天志教団がバックにいるらしい」

「天志教団?」

「知っているか?」

 ラウは頷いた。天志教団は、ミン国でも急速に信者を増やしている。

「月の神ルナを最高神と仰ぐカルト系の宗教だよな?」

「そうだ。ルナ大祭典はルナ神を冒涜するもので、天志教団の教義に反すると唱えているらしい」

 

 ラウは一瞬ポカンとした。

「なんだ、それ? ルナ遺跡は文化だ。教義がどうとかという問題じゃないだろう?」

「彼らはそう思わないのさ。どうも、それらの勢力とエリムがつながっているようなんだ」

「なんと……! 彼女は合理主義者と思っていたが、天志教団の信者だったのか?」

「いや、信者ではない。エリムはそれほど愚かではない。特定集団に利益をはかったことを簡単に補足されるようなヘマはしない。特に、カルト系の宗教勢力との関係は政治生命に関わるからな」


 レンは端正な顔を少し歪めた。

「エリムは、ルナ大祭典をカトマールで開くというプロジェクトには協力的だった。だが、ルナ大劇場の建設とルナ大神殿の公開が表に出てくると、態度が変わった、大劇場までは許せるらしい。開発とセットだからな。だが、大神殿の公開には否定的だ。公開しても大祭典の期間限定に留めたいようだ」

「大統領の指示か?」

「いや、大統領の指示ではない。もともと大統領自身は神殿遺跡にはまったくこだわっていない。ルナ大祭典を自分の手柄にしたいという欲があるだけだ。それをエリムが利用したとわたしは考えている」


■第一副大統領エリムの野望

「なるほど……。で、エリムが、なぜ反対側に回った?」

「〈天明会〉だ」

「あの秘密結社とかいう噂の?」

「そうだ。天志教団の背後に〈天明会〉がいるようだ」


 レオンの指がピクリと動いた。

――〈天明会〉は、最近、匂わせぶりに、名前をちらつかせるようになったエリート集団だ。正体はまったくわからない。組織も規模も目的もすべて不明だ。だが、影響力を誇示するためか、秘密結社〈天明会〉という名が政財界のトップでささやかれるようになった。真の秘密結社ならば、完全に姿が見えぬはず――名があるものは、仮の姿かもしれない。あるいは、あえて名を出すとすれば、何かへの挑戦か?


「天志教団だけなら怖れるに足らん。信者を増やしているとはいえ、所詮カルト宗教だ、大きな影響力はもたんからな。だが、天志教団のバックに〈天明会〉がいるとなれば、話は違うぞ。〈天明会〉は、各国の政治家やマスコミ、経済界、学者集団に入り込んでいるとの情報もあるからな」

「……どうやら、〈天明会〉は、バルジャにかなり深く食い込んでいるらしい」

 レンの言葉に、ラウが目を見開いた。


 レンは続けた。

「バルジャが狙っているのは、カトマール国境の山岳地帯だ。そこは天志教団発祥の地で、教団の影響力が強い。だが、本質はそこじゃない」

「どういう意味だ?」

「極秘だが、あのあたりには豊富なレアメタル鉱脈があるかもしれない。まだ確定はしていないが……」

「レアメタル鉱脈だと⁉」と、ラウが絶句した。いまの電子技術に不可欠な材料だ。どの国も欲しがっている。

「そうだ。これが公になると争奪戦がはじまる」

「そりゃ、そうだ」

「バルジャは、侵攻の正当化根拠を求めている。天志教団と信徒の保護を名目にしようとしているようだ」

「保護? 何から? カトマールは民主化した。信教の自由が保障されているはずだ」

「むろんそうだ。だが、あの地域では古来、少数部族が割拠して、部族紛争が絶えなかった。だから、天志教団に縋る人も増えたが、天志教団を迫害する部族も現実に存在する」


 ラウの顔が青ざめた。

「ルナ大祭典にとどまる話ではないということだな。だが、わからん。エリムにとって〈天明会〉やバルジャと手を組むことが、いったい何の利益になる?」

「あの山岳地帯は、国有地ではない。少数部族が慣習的に保有してきた土地だ。しかも、それらの部族はバルジャにもカトマールにも服従しない。つまり、レアメタル鉱脈が見つかっても、カトマールの国家的利益にはならないんだ。しかも、いまのカトマールには、調査技術も採掘技術もない。ラウ財団に頼らざるを得ない。だが、それはわたしの発言力を強めるだけだ。だから、バルジャの企業と手を組もうとしているのだろう。おそらくその幹部が〈天明会〉」

「なるほど……キミとわたしの追い落としを狙っているわけか……」


「あの地域の部族は、いまは貧しくて、さしたる力を持たない。だが、もともとは有力な部族国家で、独立の気風が強く、歴史的には何度も独立しようと戦ってきた。部族は男女とも戦闘能力を鍛えられている。資源を手にすれば、完全独立を目指し、利権目当てに外国が独立を支援するだろう。おそらくエリムは、そうなる前に彼らを山岳地帯から追い出し、バルジャとカトマールで領有して利益を分け合おうと考えたんじゃないかな」

「なんと浅はかな……ジェノサイド[民族抹殺]になるぞ。国際法違反じゃないか」


 レオンは直感した。

――レンの分析はおそらくまちがっているまい。自己顕示欲が強く、大国主義に酔っているバルジャ大統領ならば、少数部族を犠牲にすることなどなんとも思わないに違いない。国際的非難にも背を向けるだろう。経済制裁を受けても、国内に豊富な天然資源と豊かな穀倉を抱えるバルジャの場合、むしろバルジャからの食糧輸出や天然ガスのパイプに依存する周辺国が枯渇するだけだ。

 かつてカトマール全域をめぐり、いわゆる「レオン・マップ」をつくった時にも、カトマール西部の山岳地帯には足を踏み入れることができなかった。五十年ほど前から、カトマール帝国を覆そうとする何らかの組織が少数部族に最新鋭の武器を供与し、紛争が過激になったという。その余波は最近まで長く続いた。

 だが、いまは紛争もやみ、平穏が戻っていると聞く。なのに、対立をふたたび煽り立て、血で血を洗う紛争を起こそうとしているのか? しかも、その理由がレアメタル鉱脈の争奪戦となると、まちがいなく大規模な国際紛争になる。

 ただ、あのカトマール至上主義者のエリムが、バルジャの動きに追随するとは意外だ。下手をすれば、カトマールをバルジャに売り渡すことになりかねない。慎重なエリムのことだ。ひょっとしたら、隠された別の目的があるのかもしれない。それを確かめる必要があろう。 


「エリム……彼女がそこまでの野心家だとは思わなかったが……」と、ラウが首をひねった。

「野心というよりも、エリナなりの国家像を実現したいのだろう。エリナは、カトマールをもう一度、強大な軍隊をもつ世界の強国にのし上げたいのさ。その野望を〈天明会〉が煽ったんだろう。エリナにとって、いまの大統領など単なるコマだ。政敵はわたしのようだ。わたしは文化国家派だからな。ひとまず大統領を継続させて、わたしの影響力を削ぐつもりだろう。大統領もエリナもルナ大祭典を成功させたいと考えているが、わたしの手柄にしないように策略をめぐらせているようだ」

「なんと! 文化イベントを政争の具にするつもりか⁉」

「〈天明会〉の目的は、わたしには読めない。ともかく、大統領の独裁は絶対に阻止せねばならん。これまでの三十年間が無駄になる。失われた命も報われない」

「ふむ。で、わたしに何をしてほしい?」

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