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ⅩⅦー1 週末の櫻館――リト日記(10)

■学校再開

 十月を迎え、〈蓮華〉の秋学期授業が始まった。風子とアイリは、平日は寮暮らしに戻った。ランチタイムも復活した。ツネさんに鍛えられたキュロスさんのランチは格段にレベルアップしており、ルルもアイリもランチが楽しみで仕方がないようだ。

(ホントにアイツらは食い気がまさっている)


 キュロスさんが晩ご飯も翌朝のモーニングもすべて用意しておいてくれるので、風子とアイリの食生活は充実していた。朝夕にモモの散歩で離宮公園に行き、週末は櫻館に泊まる日が続いていた。女子衆は万事快調だ。

 キュロスさんとシュウは、平日はタワマンに暮らすが、週末は櫻館に滞在している。

 夏の古城暮らしのような週末に、リクがいないのは寂しいと言って、風子はリクを誘った。リクはあっさり承諾した。そんな週末の夜には、きまってトラネコとネズミも姿を現し、風子やリクにかまってもらって喜んでいる。キュロスさんを師として鍛錬は続いており、シュウも少しずつ筋肉がついてきたようだ。


 スラさんの帰還とともに、マロさんは一家でもとのアパートに戻ろうとしたが、オロはキキと一緒に櫻館に留まると言い張った。パソコンに触れるのがうれしく、離れたくないらしい。オロは、朝早くに〈ムーサ〉に出向き、ルルの姿に着替えて、学校に行く毎日だった。〈ムーサ〉の女性オーナーは、ルルが来るのを楽しみにしており、それを無碍にはできなかった。ルルの金曜夜のステージ出演は続いており、オーナーは喜んでいる。

 そんなオロの願いを入れて、結局、マロさんもスラさんも櫻館にいることを決めた。マロさんは古楽器の整理と修復に忙しく、レオンに頼まれた楽器博物館の準備も始まって、アパートと櫻館の往復に時間を割くゆとりもないみたいだ。

 スラさんは、相変わらず弁護士イ・ジェシンの法律事務所で働いていた。オロの借金を返済するためだった。彪吾が肩代わりを申し出たが、律儀なスラさんはそれを断り、仕事を続けている。


 事務所の調査員兼パラリーガルであるムトウは、オレより五歳ほど年上だけれど、ルルの大ファンで、よく〈ムーサ〉にやってくる。〈ムーサ〉のウエイター仲間だった大学院生カンクローは、ムトウの幼なじみだそうだ。優秀有能だったムトウがどうして閑古鳥鳴く事務所に勤めているのか不思議だとさかんに首をひねっていた。カンクロー曰く、ジェシンの祖母で女傑のク・ヘジンがジェシンのお目付役としてムトウを送り込んだんじゃないか。

 でも、〈ムーサ〉にたびたび顔を出すムトウの口ぶりからは、テキトーな働き方でラクだからジェシンのそばにいるとしか思えない。スラさん一人が給料に見合うように働かねばと頑張っているようだ。営業活動もしなくてはと、スラさんはチラシを作って事務所の宣伝までしている。そのおかげで依頼が一件入ったらしい。


 ク・ヘジンって人のことは全然知らなかったけど、不動産業で名をなした女性で、アカデメイア自治国の商工会会頭を務めるとか。おしゃべりカンクローによれば、その女傑が無能な孫に資金援助をしているというのはアカデメイアでは知らぬ者がないという。そして、それを恥ずかしいとも思わないのがジェシンの図太さなんだって……。

 「恥知らず」とか、「女たらし」とか、「無能弁護士」とか、悪口を言われ放題のジェシンだが、一向に気にする風もない。ジェシンも〈ムーサ〉によく来て、毎週のように彼女が変わるが、それは本命がレオンだかららしい。

 ジェシンは、レオンを「永遠の恋人」と言ってはばからず、週末ごとに櫻館にやってきてはあの手この手でレオンに会おうとする。でも、ことごとくキュロスさんに遮られ、その都度、彪吾がキュロスさんに喝采をあげている。それでもめげないジェシンに、オレはなんだか共感を覚えちゃうよ。いじられキャラは彼なりの仮面のように感じるから。けど、サキ姉はこう断じた。

「あの男は、とことんバカだな」


■とんでも(ねえ)ちゃんズ――その後

 イ・ジェシンは、探偵ごっこが大好きな変人だが、〈王の森〉事件以来、サキ姉をものすごく怖がっている。怖がっているくせにサキ姉の周囲にしょっちゅう出没して、サキ姉に怒鳴られている。

――マゾ体質か? 

 イ・ジェシンはサキ姉の言うことには絶対逆らえないようだ。サキ姉は、ジェシンの探偵趣味はバカにしているが、それを支える「祖母資金」と「橋の下ネットワーク」には魅力を感じるようで、ジェシンを適当にあしらっている。

――こわい……。


 ミオ姉は週末にはきまってカコを連れてやってくるようになった。キュロスさんが目当てだとサキ姉がオレにこそっとつぶやいた。これもビックリ。カコの父親は繊細な芸術家肌の美青年、キュロスさんは筋肉ムキムキのマッチョなおじさん世代の大男。ミオ姉の好みの振り幅が大きすぎて、オレには理解不能だ。今にはじまったことじゃないけれど……。

 首をひねっていると、サキ姉が言った。

「わかんないのか? 二人とも料理がうまいんだよ」


 ミオ姉は、外見にも財産にも学歴にもてんで興味がない。工夫をこらして栄養バランスに配慮し、素材を活かしたおいしい家庭料理を作る男が好みなんだとか。

 カコの父親はミオ姉の気を引くためにムリして料理を作っていたらしい。だが、挫折して、別の女性の元に走った。「料理ばかり作って、映画作りの時間が取れない!」と絶叫したとか。

 でも、彼の気持ちもわかる。あのミオ姉の強烈なキャラにあわせるのは、かなりキツイよな……。ミオ姉は料理下手だ。だけど、料理以外は全部ミオ姉がやっていたはず……とは言えないか。洗濯は乾燥付きの全自動洗濯機だったし、掃除もお掃除ロボット、風呂も全自動だ(全部中古だったらしいけど)。たしかに、料理の外注をしないとすれば、家事負担はほとんど料理だけだな……。


 彼はカコのことは大事にしているらしい。いまもカコはしょっちゅう父親に会って、思いっきり甘えている。父親としての役割はそれなりに果たしているようだ。ただ、離れて暮らす父親がカコのことにいちいち口を出すのはやってられないとばかり、ミオ姉は子の進路などの決定権を持つ共同親権を拒み、養育料支払いと面会交流を軸とする共同監護権のみ合意した。

 ミオ姉とカコをめぐる家族関係は、かなり変わっている。父親がけっこう頻繁にカコに会うのは、新しい妻がカコに会いたがるためだとか。彼女はミオ姉ともフェミ友だちになっている。ことごとくオレの「常識」を超えている……「あたりまえ」基準の方が薄っぺらすぎるんだろうな。


 料理作りの点では、キュロスさんは動機と根性がハンパじゃない。シュウの健康を第一に料理に励んでいる。ランチ作りは風子たちと一緒だとシュウが喜ぶからだ。両親がいないシュウにとって、キュロスさんは母でもあり父でもあるようだ。大金持ちの御曹司――いや、それどころか、舎村の若君なのに、シュウがあんなに素直に育ったのは、キュロスさんの愛情の賜物だろう。カコにもキュロスさんのような父親がいればいいのにと思うけれど、キュロスさんはミオ姉など眼中にないようだ。……それでも、ミオ姉は絶対めげないだろうけど。


 五人の美少年の恋模様を描いたミオ姉のWEB漫画の人気は沸騰している。ついでに、ミオ姉は中年男とアラサー女の渋い大人の恋を単発で時々WEBに掲載しはじめた。明らかにキュロスさんと自分をモデルにしている。ミオ姉の欲望満載だ。恐れいるよ!


 「とんでもネエちゃんズ」の最後・最恐の長姉ナミは、なぜかアカデメイアに居座ってしまった。櫻館じゃなく、マリおばさんのアパートに住んでいるとか。大学時代の親友のところに居候していたが、オロの家が空いたのでそこに移ったらしい。こっちにはあまり来ない。ヤレヤレだ。

 いまさらながら思うけれど、オレはマリおばさんのアパートの住人を誰一人知らなかった(今も知らないままだけど)。ガンキチが怖くて、アパートに出入りするのは人影がない早朝・深夜に限っていたもんな。しかも、忍者のようにコッソリと……。それ以外はずっと外で過ごすか、部屋にこもりきりになっていた。ばあちゃんが突然来た時だけは、さすがに放っておけなくてアパートに戻って、さんざんな目にあったけど……。マリおばさんからすれば、やっかいな住人だったに違いない。反省しなくっちゃ。


■櫻館のラブ

 櫻館の主である九鬼彪吾は天才音楽家だ。引きこもりで思春期を過ごし、人嫌いで有名だったけれど、いまはラウ伯爵の筆頭秘書レオンとラブラブだ。あまりの美形カップルゆえに、よりそう姿だけでも目の保養になる。

 誰に言わせても、レオンは「すごい!」の一言だ。絶世の美男子で、教養・品性のどれをとっても超一流だ。イ・ジェシンの気持ちはよくわかる。確かに、レオンは超堅物だ。でも、心は熱いようだ。レオンは、自分に思いを寄せる者に対してはとことん無関心で、その冷淡さには相手に同情するほど。――けれど、彪吾に触れる者や彪吾が笑み交わす人物には即座に反応し、突き刺すように冷たい視線を送ってくる。オレもそう見られてゾクッと寒気を覚えた。

 彪吾も彪吾だ。レオンに関心をもつ者に子どもじみた嫉妬を向け、人前でもレオンへの恋心を隠さない。しばしばレオンをうっとりと見つめ、何かと甘える。レオンは包容力があるようで、そんな彪吾をいとしそうに守っている。

 オレは二人がうらやましくてしかたがない。

――オレもカイとあんなふうになりたいよ!


 むろん、レオンと彪吾のラブは櫻館内限定だ。二人とも、櫻館の外では己を律しているようだ。二人の関係がマスコミにばれると格好の餌食になり、ルナ大祭典の準備にも支障が出る。櫻館のだれもがその点をよく心得ていて、ふたりの関係をバラす者などいない。

 櫻館には未成年も多い。子どもたちの前では彼らもいちゃつきを抑えている。でも、みんな知ってるよ。知っていてもバラしはしない。アイリもリクも他人に無関心で、他人としゃべらない。ルルは櫻館のオロであることを隠しているし、風子は規範意識が強い「まじめちゃん」なのでプライバシーを暴露するなどありえない。シュウもまた他人の噂話などきわめて品がない行為と教え込まれている。だから安心だ。

 とはいえ、実のところは、恋バナじゃなく、モモとキキとランチのことしか話題にしないだけだ。

――アイツらホントに思春期か?


 相変わらず、レオンも彪吾もカイも櫻館で過ごしながら、それぞれの仕事をこなしている。オレも櫻館居住組だ。月見の夜に酔っ払ってカイに絡んで落ち込んだものの、翌日の武術対戦でカイと「互角」(ホントはカイがオレを守ってくれてたんだけど)に戦って以来、オレに対するみんなの目が変わった気がする。でも、カイはまったく変わらず、喜んでいいのか、悲しむべきか、オレは複雑だ。

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