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ⅩⅥー4 エピローグ――意外な巡り合わせ

■〈ムーサ〉のチャラ男

 キュロスは十五歳たちを乗せて〈ムーサ〉に向かった。

 パーティをきっかけに、久しぶりにルルの舞台を見たいと風子が言い出し、みんなで行くことになったのだ。〈ムーサ〉のオーナーは大歓迎してくれた。いつものペット同伴席に座って、開演を待っていると声がした。


「やあ、キュロスさん。こんにちは」

 なんだかド派手な服を着たハンサムが、陽気な顔でキュロスに手を振った。キュロスがギョッとして身構えた。

「今日はレオンはいないの?」と、キョロキョロする。

「おられません!」とキュロスがそっけなく答えた。

「やだなああ。そんなに身構えなくても。なにも取って食いやしませんって。おっと、食われるのはいつもボクか」

 アハハとそのハンサムが笑った。

「向こうにスラさんもいますよ。今日は事務所でルルのステージを見に来たんです。どうです。ご一緒しませんか?」


 ステージに近い特等席に、スラとパラリーガルのムトウがいた。こちらに向かってお辞儀している。

「ムリ! モモやキキを置いていけない」と、アイリがかぶりを振った。

「おや、あれまあ、〈王の森〉で会ったかわいらしいみなさんじゃないか。みなさん、櫻館の方?」

「そうです」

 風子が素直に返事する。

「ボクはスラさんが勤める法律事務所の所長でね。弁護士のイ・ジェシンっていうのよ。レオンとは大学時代の同期なんだ」

 

――この人が九鬼教授が嫌がっていたレオンさんの同級生なのか? 

 シュウは、まじまじとジェシンを見てしまった。ハンサムで金持ちのようだが、スーツは派手で品がない。話し方もちょっとおかしい。何より全体に軽すぎる。どうひいき目に見ても、レオンが親しくするタイプではない。

 キュロスは、ジェシンをシュウたちから引き離しにかかった。だが、ジェシンはむしろ席に座り込み、子どもたちに話しかけ始めた。レオンのことを聞き出そうとしている。ヤバイ!


「イ・ジェシンさん。向こうに行きましょう。子どもたちは子どもたちの話があるので、大人が入るべきじゃない」

 キュロスは強引にジェシンの腕を引いた。

「あ、そう? じゃ、きみたち、またねえ~」

 イ・ジェシンは陽気に手を振って、もとの席に戻った。キュロスはシュウに目配せした。シュウはわかっているとばかり頷いた。


 窓際の席では、スラが恐縮していた。

「キュロスさん。……すみません」

「いえ。スラさんのせいじゃありませんよ。どうぞお気になさらず」

 こうしたやりとりが全部聞こえているにもかかわらず、イ・ジェシンはどこ吹く風。――うれしそうに何やかやと注文している。高級ワインまで注文した。給仕のリトは驚いた。春のレオン、夏の教頭対策に次いで三本目だ。


「いえ、わたしは車なので」とキュロスが口を挟むと、「わかってるって! ボクやスラさんが飲むんだよ。気にしないで」とジェシンは三人のグラスにワインを注いだ。

 リトの同級生で「(単位取得の)恩人」ディーンは、奥の風子たちの席に注文を取りにいった。風子は、何度か〈ムーサ〉を訪れているので、ディーンとも顔見知りだ。アイリはいつもどおり素っ気ないが、風子はリトの仲良しであるディーンにも愛想が良い。最近はマリおばさんもガンちゃんを連れて〈ムーサ〉によく来るようになった。


――モモはまだしも、ガンキチは苦手だ。

 モモはディーンに懐いている。ガンちゃんもディーンにシッポフリフリだ。ディーンはイヌ好きらしい。寮ではイヌを飼えないため、モモやガンちゃんに会えるのを楽しみにしている。なので、リトは風子たちの相手をいつもディーンに押しつけて、モモやガンちゃんとの接触を避けている。


 シュウはディーンとは初対面だった。シュウはディーンの立ち姿の良さに驚いた。カイやレオンとは異なるタイプの美貌だ。はしゃぐマリおばさんを遠目に見ながら、リトは思った。

――マリおばさんはディーン目当てで来ているような気がするぞ。


 ルルの舞台が始まった。ミュージカルの訓練が効いているのだろう。ルルの舞台はいっそう繊細さを増し、声も磨きがかかっている。リトは思わず聞き惚れた。ルルが歌っているときには、給仕も動くのをやめ、客もおしゃべりをやめるのが暗黙のルールになっている。イ・ジェシンもさきほどまでの意味のないおしゃべりはどこへやら。うっとりと耳を澄ませている。


 ルルの歌が何曲か続いたあと、食事タイムに入った。ルルがテーブルにやってきた。スラがいるからだ。「どうだった?」とルルが聞くと、スラが微笑んで頷いた。

「素晴らしかった」

 ルルはうれしそうにスラに抱きついた。ルナ・パーティ以来、父マロも叔母スラもオロがルルとして歌うことを認め、歌をとても褒めてくれるようになった。ルルはそれがうれしくて仕方がない。


 イ・ジェシンが目を白黒させている。ルルともスラともしょっちゅう顔を合わせてきたが、二人の関係は知らなかった。二人が関係を隠してきたからだ。でももう隠す必要はない。外向けには、ルルとオロは双子の兄妹ということにしてある。

「お二人はご家族なんです」と、キュロスが説明した。

「そうだったんですか?」とムトウが驚いて、「やっぱり美人は似るもんだ」と言った。

 すると、イ・ジェシンが言った。

「たしかに、スラさんは美人だし、ルルくんもかわいらしい。だが、レオンの美しさは格別だ!」

 ジェシンのレオン賛美は止まるところを知らない。キュロスは、ジェシンから大学時代のレオンの姿をさんざん聞く羽目になった。レアな話も多く、彪吾が聞いたらぜったいに喜ぶような内容がてんこ盛りだ。いつか話してあげよう。


 リトが追加の果物を持っていくと、突然、ジェシンがつぶやき始めた。どうやら酒に酔ったらしい。

「でもねええ。実は、レオンと並び立つ絶世の美女がいたんだ。ボクが十歳の頃だったよ。ボクのあわ~い初恋のひとなんだ」

 キュロスが苦虫をかみつぶしたような顔をした。ジェシンの初恋物語など聞きたくもない。

 スラもムトウもまたかという顔をして、肩をすぼめた。何度も聞かされているのだろう。スラもムトウもジェシンとキュロスからすーっと遠ざかり、ステージに見入った。ステージでは室内楽が演奏されている。アカデメイアの大学院生という。


 ジェシンはつぶやくように言った。

「ものすごくきれいな人でさあァ。アメリアっていう名だった」

 キュロスの顔が青ざめた。

「アメリア……? アメリアですって?」

「そうだよ~。知っているの?」

「いえ、そういうわけでは……。知り合いに同じ名の人がいたものですから」

 キュロスはジェシンのそばに近寄った。大声で話されるとマズイ。


「アメリアはねええ、うちのバアサンの知り合いだったんだ。あの有名な〈青薔薇の館〉は、もとはバアサンの友だちの家でね。その人が亡くなってばあさんが引き受けたんだよ。青薔薇ってめずらしいじゃない。それを育てるためだって言ってた。そこに彼女を住まわせたんだ。いまは、館は別の人に譲ったらしいけど、それが誰かはバアサンは絶対に教えてくれない」

 キュロスの顔はますます青ざめた。間違いない。探し求めていた、あのアメリアだ。震えながら、キュロスが尋ねた。

「いま、その人はどうしているのですか?」

「わかんない。……ある日突然いなくなっちゃった。バアサンもずっと探してたみたいだけどさ……」

 キュロスは肩を落とした。

「バアサンのお気に入りの女性だったんだ。いや、お気に入りというより、バアサンがその人に仕えてるみたいな雰囲気だったよ。妙に威厳とオーラがある女性でね。博識で有名なバアサンと対等に議論できたただ一人の人だったな」

「そのひとのご出身は? ご家族などはおられるんですか?」

「ううん。バアサンも何も知らないって言ってた。ただ、その人をバアサンに紹介した人は、バアサンの長年の知り合いだったみたい。一度、バアサンが手紙を取り次いでるのを見たことがあるよ。あああ~、会いたいなあ。ボクにとっては、レオンとアメリアが「美」の二大巨頭だもん」

 次の舞台が始まった。ふたたびルルが登場した。ステージのフィナーレを飾る独唱だ。


 イ・ジェシンの祖母は、不動産業界のクイーンとして有名なク・ヘジン。

 アメリアの後ろ盾がヘジンであることは当時からよく知られていた。だが、アメリア失踪後、ヘジンもその行方を必死で探したと聞く。ひょっとしたら、情報を攪乱するために探すふりをしていたのかもしれない。

 ともかく、まったく手掛かりがなかったアメリアの情報が、こんなところで転がり込むとは。タン国密偵「鷹」を使って、ク・ヘジンとその知人とやらを調べてみよう。


 キュロスは、厄介者のイ・ジェシンを何だか身近に感じた。ジェシンもまたアメリアに憧れた一人だったのだ。過去の辛くも懐かしい記憶に呼び戻され、キュロスは目を閉じた。ルルの歌声が響く。

――ああ、あのとき、アメリアもまた、今は亡き主人ロアン王太子に美しい歌声を響かせていた。


 聞く気はなかったが、テーブルを離れてもリトには聞こえてしまう。〈青薔薇の館〉と言えば、「開かずの門」で有名な無人の館のはず。なんとなく不気味で幽霊屋敷とまで言う者もいるほどだ。ごくたまに高級車が出入りしているとの噂もあるが、実際のところはわからない。

 だが、木に登ったときに見える庭には、青色だけでなく、さまざまな色の薔薇が咲き誇り、丹念に手入れされていた。ぜったいに誰かが住んでいるはず。だから、見るたびに気になっていた。あの館に住むのはどんな人なのかと。

 ジェシンによれば、かつての女主人はレオンに匹敵するほどの知的な美女だったとか。アメリア――いったいどんな女性なんだろう。

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