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ⅩⅥー3 櫻館のルナ・パーティ

■宴

 この前から、風子やオロたちがなにやら秘密の相談をしている。やがて、櫻館のみなに手作りの招待状が手渡された。来週の土曜日の夜にサプライズ企画があるとか。食事は用意するから、ツネさん夫妻にも何もしないで参加してほしいと風子とオロが念押しした。

 最上階のパーティルームは長く使っていなかったが、風子たちはそこの利用許可を彪吾にもらい、せっせと何かの準備をしていた。当日は、朝からキュロスの姿も見えない。シュウが関わっている以上、キュロスは風子たちの計画に駆り出されているに違いない。


 夜七時。みながゾロゾロとパーティルームに集まった。気取った服装のリトがみんなを出迎えた。

「ようこそ。櫻館のルナ・パーティヘ!」


 中に入って、レオンも彪吾も息を呑んだ。きれいに飾り付けが施され、正面中央にはステージが設けられている。ガラス張りの窓の付近にステージが見えるよう、テーブルと椅子が配置されていた。ちゃんとモモやキキ、トラネコとネズミたちの席まで用意されている。

 リトが招待客をそれぞれの席に案内した。〈ムーサ〉で鍛えられているリトの接客態度は完璧だった。ばあちゃんやサキ、ミオもカコも招かれている。カコ用にミミも招かれた。


 全員がそろうと、リトが司会席から口上を述べた。

「本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます。今日が何の日か、みなさん、ご存知でしょうか?」

 スポットライトが、ツネさん夫妻に当てられた。

「本日は、われらの食事の大恩人、ツネさんのお誕生日なのです!」

 ツネさんがびっくりしている。まわりから「おめでとう!」と拍手が起こった。ツネさんが涙ぐんだ。

「え……え……そんな、わたしなんか……」

「どうぞ、ツネさん、お座りください。今夜は、ツネさんへの日ごろの感謝を込めて、わたしたちが特別のステージをご用意いたしました。さあ、みなさん、とくとご覧あれ!」

 それとともに室内の照明が落とされ、ステージの幕がゆっくりと開かれた。


 ステージから、高く清らかな澄んだ歌声が響いてきた。その姿にスポットライトが当たる。ルルだ。

 ルルは花の妖精のような衣装を身に着け、高らかに歌い上げた。ルナ・ミュージカルのオープニングテーマだ。彪吾がうれしそうにレオンを見て、レオンの手を握った。レオンが頷いて、彪吾を見つめ返した。

 すると、舞台全体にライトが当たった。斜め奥に立つ白いドレスのすんなりした少女はリクだ。その美しさにみなが息を飲んだ。リクのそばには可愛らしい服装の風子が控え、ルルのそばにはなんと、アイリが跪いている。役柄とはいえ、アイリがだれかにかしずくなど、まったくもって考えられない――。

 これには、アイリの性格を知り抜いているレオンが思わず声を漏らしたほどだ。

(ラウ伯爵がこれを見たら、腰をぬかすだろう)


――夏の終わり頃、風子がみんなに相談した。ツネさんの誕生日が一ヶ月後だと耳にしたのだ。何かできないかなあ。風子はルルに訊ねた。

「ルナ・ミュージカルの一部でも歌ってくれないかな?」

 ルルは断りはしなかった。ツネさんには感謝しているからだ。だが、条件をつけた。

「みんなでやるなら、いいよ」

「みんなって、だれのこと?」

 風子が聞くと、ルルは周りを見回していった。

「ここにいるヤツ全員」

 アイリが素っ頓狂な声をあげた。

「あたしはパス! 人前にでるなんてムリ!」

 ルルがアイリににじり寄った。

「おい、アイリ。ツネさんの晩ご飯がなくなってもいいのか? 協力しないやつには、キュロスのランチも取り上げるぞ」

 とたんに、アイリが狼狽した。晩ご飯とランチがなくなるのは耐えられない。

「なんで、おまえがそんなこと言うんだよ。おまえにそんな権限ないだろ?」

 ルルにケンカをふっかけると、ルルは余裕でこれに反駁した。

「いや、あるんだな、これが。あたしがおまえの分をぜんぶかっぱらって食っちゃうってことさ。おい、アイリ、あたしと勝負して勝てるか?」

 アイリは、ルルとの数々の勝負を思い出した。早食い競争、大食い競争。何度やっても、いつもアイリが負けた。う……ルルには勝てない。

「ほらな!」


 ルルの発案で、ミュージカル仕立ての寸劇をやることになった。アイリも参加せざるを得なくなった。だが、稽古の時にも、アイリは何かと拒否権を発動する。そんな服は着られないとか、歌なんてムリとか、踊れるもんか、とか。ついには、こう言った。


「あたしが、なんでおまえの従者役なんだよ?」

 ルナの子ども神に扮するルルのそばに膝まずく冒頭場面だ。ルルが言った。

「なら、おまえがあたしの代わりに歌うか? 主役だぞ。目だつぞ」

 アイリは首を振った。

「ムリ……」

「じゃ、リクの代わりに月の神をやるか? ちょっとだけだが、歌とセリフがあるがな」

 アイリはこれも首を振った。

「なら、残りは風子の役か、シュウの役だぞ。どっちがいい?」

 アイリはまた首を振った。

「どっちもイヤ……」

 風子はやたらとかわいい妖精役で、かなりの量の踊りがあるし、シュウは王子さま役でりりしくかっこいいが、かっこいいのは虫唾(むしず)が走る。しかも、どちらの役にもセリフがある。

「ほらな。従者役なら、歌は合唱だし、踊りも最後だけだ。セリフはないぞ。いちばんやりやすい役をわざわざおまえのために作ったんだ」

 ルルがアイリに詰め寄った。唯我独尊(ゆいがどくそん)のアイリだが、なぜかルルにはいつも押し切られる。今度もそうだった。

「……わかった」

 消え入るような声でアイリが答えた。


 三十分ほどの余興ステージだ。二時間ものルナ・ミュージカルの再現というわけにはいかない。大道具も小道具もそろっていない。ルル以外はミュージカルなどはじめてだ。ルルは台本を書き換えようとしたが、悲しいかな、文才がない。文字も読めないし、書けない。悪戦苦闘していると、リトが虚空を連れてきた。虚空は、台本を一日預かるといって持って帰り、翌日、三十分の台本を届けた。

 届けられた台本を見て、アイリも風子もビックリ仰天した。要所要所にルルのソロが配され、盛り上がりの場面では合唱と踊り。セリフは簡潔だが、胸をうつ言葉が並んでいる。ストーリーはまったくのオリジナルに仕上げられていた。


――いたずらをしてルナ神国から追い出された十五歳のルナルルが、三つの課題を成し遂げて、ルナ神国を統べる月のリクに許され、祝福を受けるというストーリーだった。三つの課題を成し遂げるとき、人間の王子シュウ、ルナの妖精(風子)、そして森の白鹿の化身である従者アイリに助けられるという物語で、友情と協力と信頼がテーマになっている。


 リトが言った。

「虚空先生は、学者で作家なんだ。この種のストーリーを考えるのは、朝飯前なんだよ」

 リトは多少なりとも、道具立てを準備しようと奮闘した。キュロスがこれに協力した。シュウのためならなんでもするとばかり、手作りの祭壇や森の背景などを準備したのだ。ルルとアイリが嫌がったので、高価なものは買わず、すべて手作りだった。

 リトの不審な動きに気づいたミオ姉が問い詰め、秘密のプロジェクトを聞き出して、なんと何点ものイラストを寄付してくれた。さすがプロのイラストだ。見ごたえがあり、それだけでも舞台効果が格段に上がった。

 衣装は、お城でエファからもらった各自三着のドレスを利用することにした。これにもアイリが最後まで抵抗したが、ルルに脅され、抵抗しきれなかった。シュウは衣装を自前で準備した。王子さま装束ならいくらでも持っている。


 合唱を指導したのは、なんと恭介だった。恭介は高校・大学と混声合唱団の部長を務めており、合唱指導に長けていたのである。一番下手なのはアイリだった。父親の恭介から長年にわたって発声練習を受けてきたリクがアイリを個人指導した。ついでにちゃっかりと風子もこれに便乗した。モモがそばで音楽にあわせて身体を揺らしていたような気がするが、気のせいか?

 踊りの振り付けはサキが担当した。出演者の能力に応じた振り付けを考えてくれたが、教師らしく、指導はオニだった。ここでも一番リズム感に乏しいアイリはさんざんサキに叱られた。アイリは、恨めし気にサキを睨んだが、サキは快感に酔いしれていた。この問題児どもを合法的にしかも思いっきりシゴけるチャンスなんてそうざらにはない。


 当日の食事は、キュロスと虚空がメニューを考え、二人で準備した。ツネさんの好物を中心に、楽しいメニューだ。キュロスは新しいメニューにチャレンジするたびにうれしくて仕方がない。虚空を指南役にキュロスはせっせと学んだ。

こうして、サプライズ舞台は、多くの人の協力を得て完成、披露されることになったのである。


■舞台

 舞台はフィナーレに近づいた。彪吾が食い入るように舞台を見つめている。もはや舞台は余興のレベルを超えていた。レオンにはわかった。彪吾はこの舞台に強いインスピレーションを得たようだ。そして、それは天才音楽家彪吾のレベルを一段と上げるだろう。彪吾はどんな経験も糧にして、高みへと昇っていく。レオンが彪吾に届かなくなる日がくるかもしれない。


 トラネコとネズミたちは、用意された席で「推し」の風子とリクの舞台にワクワクしていた。シュウは改めて風子のかわいらしさに胸をいっぱいにしており、カムイはルルに夢中だった。カイは、舞台よりも裏方のリトの動きが気になり、レオンは、思いがけないリクの美貌に驚いていた。そのそばで、恭介と虚空がうれしそうに、でもわずかに眉をひそめて心配を交えながら、リクを見つめていた。


 最大の見せ場である「歓喜の合唱」がはじまった。恭介の指導の甲斐あって、ハーモニーはばっちりだ。合唱に続く快活なダンスにもみなが目を奪われた。サキは満足げだ。そしてフィナーレは、ルルの独唱。月の神への賛歌と、仲間たちへの感謝を歌い上げた。


 マロとスラは、オロ=ルルがもはや自分たちの手が届かないところにいることを痛感した。この子からもはや歌を取り上げることはできない。だが、歌のレベルがあがるほど、オロ=ルルの危険も強まるだろう。一縷(いちる)の望みは、オロが「ルル」として歌うことだ。オロが、ルルとして、つまり、「女」として歌う限りは、ミグルの龍退治の禁忌に触れず、気づかれることはあるまい。ミグルに仇なす龍は男のみ。オロが「女」として生まれておれば、何の問題もなかったのだから。


 わずか三十分の余興のはずだった。――だが、そのレベルの高さにみなが息を呑み、拍手するのも忘れるほど。彪吾が立ち上がった。

「素晴らしい! 素晴らしいよ。この舞台は!」と褒めちぎる。

 ツネさんは感動して目頭を押さえている。隣の万蔵さんがツネさんの背をやさしくさすっていた。ミオ姉は、新しいWEBマンガの着想を得たのだろう。興奮気味だ。ミオ姉に抑えつけられていたカコが、一目散に舞台に走り寄った。

「ルルおねえちゃん。かっこいい!」


 興奮が冷めやらぬ中、キュロスとリトによって料理が運ばれてきた。虚空の独創メニューだと言う。これもまた美味で、櫻館は興奮のるつぼに巻き込まれた。ルル以外の出演者は気軽な服に着替えてテーブルにつき、楽しい宴は、月が高く天に上り、夜中になるまで続いた。シュウはかわいらしい風子の晴れ姿をもっと見ていたかったが、普段着の風子もやっぱりかわいい。出演者用テーブルで風子の隣をさっとゲットしたシュウは、はしゃぐ風子をちらりちらりとみながら幸福感に浸っていた。


 慣れないことをしたアイリは最初グッタリしていたが、食べ物をみたとたん、旺盛な食欲を取り戻した。リクはふたたび無表情に戻った。ルルは舞台衣装のままで、リトを横に座らせ、みんなから絶賛されて満足げだ。ストーリーやせりふに虚空が手を入れたとはいえ、歌のチョイスはすべてルルが行った。ルルにはプロデュースの才能もあるようだ。

 

 数日後、ミュージカルのフィナーレ部分の台本と音楽が新しく追加された。彪吾は、虚空、恭介、サキ、ルルたち出演者の了解を得て、サプライズミュージカルにプロとしての手を入れて、ルナ・ミュージカルに取り入れたのだ。そして、虚空にこう頼んだ。ミュージカルのセリフとスト―リー構成を改めて見直してほしいと。こうして、ルナ・ミュージカルに、九鬼彪吾に並んで「游空人」も加わるようになった。

 レオンから報告を受けたラウ伯爵が驚喜したのは言うまでもない。「レオ」こと九鬼彪吾だけでも十分に宣伝効果があるが、これに「游空人」が加わるとなれば、鬼に金棒だ。

 

 ラウは、虚空/游空人の著書をすべて読んでいた。学術書も小説もだ。ラウはアカデメイアで虚空の「比較民俗学」特別講義を最前列で聴いていた一人だったのだから。これが興奮せずにいられようか。憧れの学者がその学知をミュージカルに提供してくれるというのだ。しかも、セリフはすべて稀代の作家「游空人」が紡ぎだすという。

 さっそくラウは広報部に指示した。翌日の各メディアには「レオと游空人―奇跡のコラボ」という記事が並んだ。


 すべてが順調に進んでいた。

 しかし、ひとりカイの不安は高まっていた。


 彪吾が新しく追加した曲には、天月少年レオンが残した秘曲のアレンジが含まれる。彪吾は、天月少年としてのレオンのすさまじいまでの異能を知らない。レオン本人もそれを覚えていない。おそらく彪吾は、いまだ音楽を思い出せないレオンのために、レオンの曲をアレンジして挿入しようとしているのだろう。


 亡き天月宗主により禁書室に封印されたレオンの秘曲にどのような力があるかは未知数だ。

 救済か、破壊か。――いささかでも問題があれば、レオンに真相を伝えねばなるまい。だが、それはレオンを深く傷つけるだろう。

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