ⅩⅤー6 エピローグ――闇夜の書斎
月が出ていない。
リョウと小鬼たちは、恨めしげに闇夜を仰いだ。月が出ていなければ、リョウはトラネコの姿になれず、小鬼たちもネズミに変身できない。リョウも小鬼たちも幽体離脱状態で半透明のまま、ベッドの上に座り込んでいた。リョウの実体は目をつぶって寝ている。小鬼たちの実体は絵に留まったままだ。
これまで幽体状態で何かしたことはなかった。だが、最近、ネコやネズミの姿でさんざん出歩き、自信がついたせいもあろう。リョウたちは、幽体のままで深夜の館を散歩することにした。
これまでシュウがつけた赤丸印のところにはぜんぶ行ってみた。でも、どこにも風子はいなかった。
最近、シュウは帰りが遅く、朝も早々と出かける。リョウのところに顔を出してくれるが、ほんの一時だけで、妙に明るく、晴れ晴れとしている。その理由を明かしてはくれないが、どうやら「ブジュツタンレン」を始めたとやらで、日増しに身体が丈夫になっているような気がすると言っていた。
ブジュツタンレンって何だろう? シュウは、リョウが知らないことをどんどん経験していく。
幽体は便利だといまさらながら気がついた。扉を開けずともスッと身体が通り抜ける。廊下でばったり、知らないだれかに出くわしたが、向こうはリョウたちにまったく気づかなかった。見えないようだ。リョウたちはシュウの部屋に向かった。
扉を通り抜けると、シュウはデスクに向かってホンを開き、なにやら熱心に調べ物をしていた。ソッと覗くと、見たこともないようなものが並んでいた。シュウがいつも持ってきてくれるエホンとはちがって、色付きの絵などない。それを見ながら、シュウは右手になにか小さなボウのようなものを持って、せっせとカミの上にそのボウの先を当てている。すると、不思議なことに、真っ白のカミの上に、くねくねとしたなにかが姿を現していく。
(あれはなに?)
(書き物でさあ。何か調べて、文字を書いてるようですな)
シュウがしているのは「モジヲカク」という行為らしい。見てみると、あちこちにシュウの「モジ」があった。
(あの薄いカミの「モジ」は何?)
(は? ああ、あれは古代ウルの文字ですな)
(古代ウルのモジ?)
(坊ちゃんのズーッと昔のご先祖さまが使っていた文字ですよ)
(じゃあ、分厚いのは?)
小鬼が分厚い本に近寄った。小さな文字がびっしり並んでいる。
(あれはきっとジショというもんですぞ)
(ジショ……?)
(わからない言葉や文字をしらべるためのホンでさあ)
(ふうん)
大男が飲み物を持って入ってきた。
「シュウさま。もうお休みなされませ。明日に響きますよ」
「あー、キュロスか。もうこんな時間だ!」
「熱心に調べるのはいいですが、お体にさわるといけません。ほら、このあたたかい白湯を飲んで、ゆっくりお眠りなさい」
「うん、わかってる。でも、この資料は風子が苦労してるんだ。少しでも助けになりたい」
キュロスはやさしげに微笑んだ。
「シュウさまは、風子さんのことになるともう夢中ですな」
「そ……そんなこと」と、シュウがあわてた。
「いいですよ。わたしに隠さなくても。もうバレバレですからね」
シュウは顔を赤らめた。
「うん。……あの子といるとホントに楽しい」
キュロスはまた微笑んだ。
「さあさあ、早く休んでください。明日も朝早くから櫻館にでかけますよ」
大男が去り、シュウはあくびをして白湯を飲み、そのまま、部屋続きの寝室に出向いていった。
電気が消され、静まりかえった部屋でリョウたちはツクエの上のものを見た。
どうやら、シュウは毎日「サクラカン」に行っており、そこで風子に会っているらしい。でも、「サクラカン」ってどこなんだろう。
シュウが言っていた。このカミは、風子がいま読んでいるもので、なんだか知らないけど、クローとやらをしているらしい。
(クローってなあに?)
(そうですなあ。……わしらがなかなか風子たちを探し出せないことですかな)
リョウはツクエの上にひょいと飛び乗った。実体がないと、軽々と動ける。でも、家の外に出ることは、虎フンドシから禁じられている。実体から離れすぎると、「シヌ」らしい。でも「シヌ」って何なのだろう。わからないけど、虎フンドシが言うんだから、やめておいたほうがいい。
リョウはツクエの上に広げられたカミと分厚いホンを見た。幽体には不便な点も多い。実体をもつモノをすり抜けるだけで、動かすことはできない。でも、トラネコの姿なら、あのホンをぜんぶ開いて見ることができる。リョウは次の月が出るのを待ち焦がれた。
――「サクラカン」をさがして、「ジショ」を見る!




