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ⅩⅤー5 武術鍛錬の開始

■武芸の稽古

 シュウとキュロスは、毎日、櫻館に出向くようになった。

 ここぞとばかり、シュウがキュロスに頼み事をした。武芸を教えて欲しいと。キュロスは驚いた。シュウは、身体が弱く、すぐ息切れする。これまでいっさい運動をしてこなかったせいもあるが、無理をさせられないと周囲が(かば)い続けていたせいでもある。

 キュロスはエファに伺いをたてた。


 舎村の執務室で、エファは二つの報告を受けていた。

「そうか。……シュウの腫瘍が小さくなっていると?」

 診療記録を手にしたエファがつぶやくと、ザロモンがうれしそうに答えた。

「さようです。こんなことははじめてです」

「そうよのう。〈蓮華〉に通い、いまは櫻館に入り浸っているとか。それがあの子にこれほど効果があるとは。……連れ戻すわけにはいくまい。しばらく様子を見よう」

「はい。承知いたしました」

 ザロモンは張り切って答えた。


 まだ成年に達していないシュウには舎村の秘密は教えていない。ゆえに、シュウから彼らに何か秘密が漏れることはあるまい。むしろ、いまはシュウの身体のほうが大切だ。それが快方に向かっているのであれば、ともかくシュウが望むとおりの生活をさせよう。武術を学びたいというのであれば、それも良い。それがエファの結論だった。


 キュロスがシュウに稽古をつけると聞き、リトも習いたいと名乗りを挙げた。あの金ピカ男イ・ジェシンが来たときのキュロスの鮮やかな技を目にした以上、キュロスから学ぶ機会をのがすわけにはいかない。憧れのリトと一緒に稽古ができるなんて、シュウは大喜びだ。

 シュウには無理をさせず、まずは、身体を内側から鍛えるように、リトには基本動作を教える形で、キュロスの訓練が始まった。教えながら、キュロスは驚いた。


 シュウはいまはまるでダメだが、天性の素質がある。いったん教えたことはすべて理解する。身体が柔軟で、本来敏捷なようだ。腕力と体力はほとんどないに等しいが、これは訓練次第で伸びる。若いシュウには伸びしろがある。

 一方、リトはすばらしい運動神経の持ち主だった。タン国にもこれほどの身体能力をもつ者はほとんどいない。教える技術のすべてをことごとくクリアしていく。シュウは、キュロスとリトの難度高めの訓練を目の当たりにして、幸せに酔っていた。


 このふたりの稽古をカイもまた櫻館の窓から眺めていた。天月とは異なる技だ。〈銀麗月〉カイともなれば、見るだけでほとんどを再現できる。稽古を見物することはキュロスにもすでに伝えてある。キュロスは技を隠すつもりは毛頭ないようだった。タン国の武術は秘伝ではない。秘伝に頼る武術は、最初は威力を発揮しても、戦場では役に立たない。とことんまで身体を鍛え上げるその先に会得(えとく)できる武術は、秘伝の意味がない。


 カイはリトの動きから目を離せなかった。あの「図書館事件」以来、リトの身体能力の高さはよくわかっているつもりだった。しかし、鍛錬を目の当たりにすると、その認識以上の潜在力をリトがもっていることが見て取れる。リトの動きは、タン国武術とも、天月やミグルの武術とも違う。きわめてしなやかで軽いだけでなく、キュロスの素早い動きを見切っているような動きだった。


 オロが悔しそうに、三人を見ている。シュウがやけに喜んでいる。オロは拳を握った。

――リトを取られてなるものか。

 ルルであることに気づかれたくないので、シュウにはできるだけ近寄らず、キュロスの訓練に参加するのも我慢した。だが、リトが参加するのなら、自分も加わりたい。よし、明日から参加するぞ!


 サキもキュロスとリトの稽古を見ていた。九孤とは異なる技だ。キュロスにはもちろん驚いたが、もっと驚いたのはリトの動きだった。リトの動きはもはや九孤の技を超えていた。どこで覚えたのだろう。いつかポロッと言ったことがある。

――技を研究するのが趣味なんだ。

 リトは、ルナやウルに関する文書の知識だけでなく、武術にも()けているのか? しかも新しい技を編み出すほどに?


 沈黙して小屋に戻ったサキにばあちゃんが言った。

「どうじゃ。リトはずいぶん進化しておるじゃろう?」

「知ってたの?」

「うむ。じゃが、リトはあの力や技がどれほどすぐれているかを自覚しとらん。まあ、それがリトのええところじゃな。自分は九孤の落ちこぼれじゃと思いこんどるからの」

「だれが、リトに技を教えたの?」

「小次郎じゃ」

「小じいちゃん?」

「そうじゃ。あやつはリトの力と性質を見込んでおっての」

「そうだったんだ。……あれほどの技があるなら、リトを九孤の跡継ぎにすればいいのに……」

「それは無理じゃな」

 それだけ言うと、ばあちゃんはこれ以上言うなという仕草でサキの問いを封じた。


■リトの秘密

 二人での夕食を終え、サキはばあちゃんに尋ねた。

「さっき言っていたことを教えて。どうしてリトが九孤の跡継ぎになれないのか?」

「簡単じゃよ。リトにはその力がない。武芸にいかに秀でても無理じゃ。さ、わしはもう寝るぞ」

 そう言って、ばあちゃんはグビッと茶を飲み、サキをちらっと見た。そして、何事かを小さくつぶやいてから、改めてサキを見た。

「いま、わしが何をしたか、わかるか?」

「うん。この小屋に結界を張ったよね。どうして?」

「わからんか?」

「うん……?」


 サキは一瞬首をかしげて、それから目を見開いた。

「まさか、リトが聞いていると?」

 ばあちゃんが頷いた。

「アイツには、聞きたくもないことが聞こえるのじゃ。見たくもないものも見える。それは便利なようで、恐ろしいことでもある。リトはずっとその力を自分で抑え込んできたが、つい最近、なぜかわからんが、その力の封印が解けたようじゃな。リトはその力を持て余しながらも、制御する方法も覚えつつあるようじゃ。じゃが、自分に関する話題はなぜかリトの耳に届くようでの」

「どーいうこと?」

「この前、おまえがこの小屋に来ると決めたとき、わしに言ったことを覚えとるか?」

「えっと……アパートからここまで遠くてイヤ」

「それから?」

「ナミ姉に会いたくない……」

「他には?」

「リトは恋人がいるから櫻館を出たくないはず。……え? まさか。これ?」


 ばあちゃんは頷いた。サキはあわてた。

「リトが何か言ってた?」と聞くと、ばあちゃんが教えてくれた。

「アイツはわしにこう言い訳した。櫻館に恋人がいるわけじゃない。オレの片思いなんだ、とな。顔を真っ赤にして、モゾモゾとそう言うとった。わしが言いふらすのを怖れたようじゃの。ずいぶん本気らしいな」


 ばあちゃんは口は悪いが、口は堅い。だが、何かの拍子にマリおばさんに伝わったら大変だ。この地域一帯にうわさが出回る。マリおばさんが大喜びで相手探しを始めるに違いない。

 縮こまったリトの姿がありありと目に浮かび、サキは思わず苦笑した。

――アイツはホントにかわいい! 

 しかし、あのとき、リトは櫻館にもう戻っていたはず。この小屋でばあちゃんにだけコソッとした話だ。それが聞こえただと?

「相手は、美青年の天月修士だろ。違うか?」


 サキは驚いた。

「よくわかるね」

「孫じゃからの。博物館のアルバイトであの天月修士がどれほどすごいか、リトからさんざん聞かされたわい。あれだけ目をキラキラさせておれば、気づかんはずがなかろう」

 サキは、フンッと鼻を鳴らした。ホントにアイツはわかりやすいヤツだ。きっと毎日、ばあちゃんはリトからカイへの恋バナを聞かされていたのだろう。リトも相手がばあちゃんで油断したな。

「リトの封印が解けた理由はわかるか? わしが〈閉ざされた園〉から戻ってきた時には、もう封印が解けておったようなんじゃが」


 サキは考えてみた。あのころみんな必死で〈閉ざされた園〉からばあちゃんとスラさんを救い出す方法を考えていた。その最後の賭けで風子たちが舎村の古城に行き、首尾良く二人を解放したのだ。

 あのころ……サキはふと思い至った。

「ひょっとしたら、あのときかもしれない」

「あのときとは?」

「風子たちがばあちゃんたちを助けるために古城に行ったころ。リトをカイと二人きりにさせてやりたくてさ。二人を〈蓮華〉の図書館に呼び出したんだ」

「なんで図書館じゃ?」

「わたしがでっちあげたんだよ」

「何を?」

「〈図書館の怪談〉」

「は?」

「図書館の地下室に幽霊が出るってハナシ」

「なんじゃ、それ? 子どもじゃあるまいし。そんな話にあの二人が乗ったのか?」


 サキはニヤリとしながら頷いた。

「二人ともわかってて来たんだと思うよ。カイもホントはリトに気があるんじゃないかな。もちろん、図書館の地下室には何もなくてさ。でも、それ以来、二人はしょっちゅう手を合わせて思念交換するようになった」

「ほう、思念交換か……」


 ばあちゃんが眉をひそめた。かなり長い間、ばあちゃんはいろいろと考えをめぐらせていたようだ。ようやくばあちゃんが口を開いた。

「あの天月修士の力は、常人の五倍じゃとリトが言うとったが、ホントか?」

「そうだよ。普通の天月修士は常人の三倍らしいんだけど、あのカイって修士は特別で五倍なんだってさ。あ、そうか、カイ修士は〈銀麗月〉だからか?」


 そう言いながら、サキは、ハタと気づいたように、ばあちゃんと顔を見合わせた。

「まさか……⁉」

「おそらくの。リトは〈銀麗月〉カイの五倍の力とやらについていっとるんだろう。博物館のアルバイトは父親の遺産から得た知識でなんとかこなしておったようじゃが、いまは思念交換じゃ。資料整理などの比ではない」

 サキはゴクリと唾を飲み込んだ。

「ものすごいことだよね?」


 歴代〈銀麗月〉の物語とその偉業は、小じいちゃんから聞いたことがある。だが、三足烏を従えた〈銀麗月〉は初代のみ。初代〈銀麗月〉は現在の天月を築いたと言われる伝説上の英雄だ。カイが〈銀麗月〉で初代にも匹敵するとすれば、それに伍するリトの力は途方もないということになる。

 サキの目が輝きだした。

「そんなすごい力をリトがもってるなら、問題ないじゃん。リトが九孤を継げるよ!」

 長年の重荷を下ろせるとばかり、サキの声が弾んでいる。だが、ばあちゃんの顔はいっそう暗くなった。

「そんな簡単な話ではないぞ」


 怪訝そうなサキに、ばあちゃんはこう告げた。

「おそらく図書館で何事かおこったのじゃろう。それで、リトの潜在的な力が呼び起こされたのかもしれんのう」

「その力って、まさか異能?」

「そうじゃ、異能じゃ。リトはそれを異能だとは自覚しておらん。ただ、人より耳が良いだけ、目が良いだけ、早く動けるだけと思うておる。リトには九孤の秘伝は教えておらんからの。自分には異能がないと思うて、その代わりに、九孤忍術ではだれにもひけをとりたくないと自分の素質を磨いたようじゃ」

「リトが異能者なら、ますますリトこそ九孤の跡継ぎの資格があるじゃない? わたしにはたいした力はないもん」

「リトの異能の力は強大じゃ。じゃが……まさにそれが問題なんじゃ」

 ばあちゃんが大きなため息をついた。サキは首をかしげた。何事にもポジティブなばあちゃんだ。めったなことでため息はつかない。

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