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ⅩⅤー3 招かれざる客

■迷惑だよ!

 週末、櫻館に突然の来客があった。いかにも金持ちそうなキラキラの美青年だ。ツネさんが断ろうとしたが、彼はずかずかと入ってくる。


「レオーン!」

 来客の大声に、やむなくレオンが玄関先まで出た。相手を見たレオンの顔が、微妙に歪んだ。

「イ・ジェシン。連絡もなくいきなり訪ねてくるとは、無作法ですよ」

「うわああ! レオン、やっぱりレオンがいた! 久しぶりだねえ。十年ぶりだ」

 ジェシンが大はしゃぎしている。彪吾が眉をしかめて出ていこうとした。それをサキが止めた。

(あんたが出ると修羅場になる)とサキは思ったが、さすがに口には出さなかった。

(いったいなんで、あの探偵もどきがレオンと知り合いなんだ?)


 レオンは、ジェシンと()めながらも、彼を入り口から決して入れようとしない。

「勝手に入ると、不法侵入罪に問いますよ」

「わかったよ。ここにキミがいるのを確かめにきただけだから。また来る」

「いえ、二度と来ないでください」

 レオンにしてはめずらしく強い言葉で、ジェシンの目の前でドアをピシャリと閉めた。


 ドアを背に困ったようなレオンに、彪吾が飛びつく。

「あいつ、いったい誰?」

「大学時代の知り合いですが、友人ではありません」

「だけど、あいつ、レオンに会ってあんなに大喜びしてたよ……」

 彪吾がむき出しの嫉妬を見せた。周りはみんなゾロゾロと自分の部屋にもどっていく。二人のことに口を出さない方がいい。レオンは彪吾の手を引いて、自室に戻った。


 部屋に入るなり、レオンは彪吾を抱きしめ、ささやいた。

「そんな目をしないでください。苦しくなってしまいます」

 彪吾は、レオンにしがみついて、言い募る。

「あいつ、ヤな奴だ。レオンが嫌がっているのに、レオンに付きまとうなんて!」

「さあ、機嫌を直してください。わたしにはあなた以外、目に入らないのですから」

「ホント?」

「嘘を言っていると思いますか?」

「ううん!」と、彪吾はまたレオンに抱きついた。


 彪吾は考えていた。

――外には、きっとレオンに言い寄ろうとする者が大勢いる。ラウだってその一人だ。何とかしなくちゃ。レオンはボクだけのもの。二十年間恋し続けてやっと得られた生涯ただ一人の恋人だ。だけど、天月の問題がある。不用意に動くとレオンが危険だ。どうすべきか……。


 イ・ジェシンは、もくろみ通りにことが運んでニンマリしていた。

――レオンにはじめてさわっちゃった! 

 大学時代はレオンがジェシンを避け続けたので、触れる機会はなかった。だが、櫻館ならば違う。レオンが拒否するのはもとより織り込み済み。絶対に玄関先で小競り合いになると踏んでいた。ジェシンは中に入ろうと思っていたわけではない。身体を張ってレオンがジェシンを阻止するのを待っていたのだ。

――うまくいった! 

 レオンの手を握り、レオンの腰を抱き、レオンの胸に触れることができた。レオンはいい匂いがした。あんなに間近でレオンの顔を見たのもはじめてだ。レオンは、長いまつげを震わせながら、めずらしく怒り顔を見せたが、それも麗しい。めったに聞けないレオンの強い言葉もレアすぎて宝物箱にしまいたいくらいだ。

 レオンを訪ねたことがはっきりわかるようわざと大声で叫んだ。次もまたレオンが出てくるに違いない。レオンは責任感が強いので、「災い」を他人任せにはしない。きちんと自分で始末をつけようとする。それを知り尽くすジェシンにとって、すべてが首尾良く運んだ! ジェシンはルンルンで事務所に戻った。


■ジェシンの初恋

 ジェシンが櫻館に乗り込んだと知り、ナミは激怒してジェシンの事務所に駆けつけた。

「あなた、なんでレオンのところに押しかけたのよ? あれだけ止めたでしょ?」

「だって~、レオンに会いたかったんだもん。しかたないじゃん」

 ジェシンに詰め寄るナミの迫力に、ムトウとスラは恐れをなした。別室にいるにもかかわらず、二人の声はダダ漏れだ。仕事にならない。――といっても、仕事そのものがなかったが。

「はああ……あなたって人は、ホントに情けない。レオンにどれだけ迷惑をかけたら気が済むのよ? 学生時代からそこだけは変わんないわね!」


 イ・ジェシンはシュンとするどころか、目を輝かせてナミに尋ねた。

「ねえねえ。キミもレオンに会ったんだろ?」

「まあ、そうだけど」

「ねえ。レオンってさ、ますますかっこよくなったと思わない?」

「レオンがかっこいいのは今にはじまったことじゃないでしょ?」

「もちろんそうだけど、なんていうか……。学生時代より渋さと甘さが増してさあ、もう震えるほどかっこいいじゃん! ボク、思わず見とれたよ」

 ナミは思わず額を押さえた。

「何言ってるの? あなたは、学生時代からいっつもレオンに見とれてたじゃない!」

「そりゃ、そうだよ。あんな美男子、ほかにいないもんな」

「男女を超えて、あんなにきれいな人はほとんどいないわよ」

「そうだよなああ~」


 ジェシンは、レオンを思い出したのか。うっとりした。

「いや、そうだ。レオンとタイプは違うけど、レオンに匹敵するほどのものすごい美女が一人いたよ」

「美女? なに、それ、新しい彼女?」

「いや、違うって。ボクには手が届かないほどの美女だよ。ボクが十歳のころ、うちのバアサンのところによく来ていた美女なんだ。そのころ二十歳を超えてたと思うけど、ものすごい美女でさあ。ボクの美の基準はそこで決定したね」

「あなた、年上が好みだったの?」

「違うって。でも、淡い初恋ってヤツだろうなあ。その美女に会いたくて、しょっちゅう、バアサンの家に行ったもの」


■業界のクィーン

 イ・ジェシンの祖母ク・ヘジンは、不動産業界のクイーンと呼ばれる女傑だ。

 もとはミン国の貧民出身。すぐれた頭脳を武器に、アカデメイアにあるシャンラ王立女学院の特別奨学生の権利を勝ち取り、経済学を学んだ。学生時代から株や不動産への投資を始め、卒業時にはアカデメイアに一つのビルを所有するほどになっていた。その後、またたくまに事業を拡大し、巨大な財をなした。いま、アカデメイア自治国の土地建物の多くをヘジンが所有しており、ホテルやレストランなどに貸して大きな利益を上げている。


 ヘジンの邸宅は、天月との境界近くにある小高い丘の上にあった。クイーンヒル御殿と呼ばれた。ヘジンには娘と息子がおり、利発な娘は母に反発して人権派弁護士となって早々に家を出た。ヘジンの夫は、ヘジンの会社の幹部になったが、会社のカネを使い込み、ヘジンから離婚されたまま亡くなった。父親っ子だった息子ヒョンジュンは、母への恨みを持ちつつ、ヘジンの後釜を狙っているが、ヘジンは夫に似た息子の能力を評価していない。娘の子、つまりジェシンは、愛らしく利発な子で、ヘジンはただ一人のこの孫をとても可愛がった。

 ジェシンは、ねだると何でも与えてくれるこの祖母が大好きだった。母親は厳しくて、ジェシンを叱ってばかりだった。あるときからは、完全に息子に無関心になった。


 ジェシンが十歳になった頃、ジェシンは祖母の邸宅の広い庭で、一人の美女に出会った。優雅な金色の髪と碧い瞳の美しい女性だった。その女性に見とれたからだろう。ジェシンは躓いてこけてしまった。彼女は祖母と話していたが、ジェシンに気がつくと近寄ってきた。そして、白く細い手でやさしくジェシンを助け起こした。

「大丈夫? ケガはない?」

 うっとりするほどきれいな声で、体中からとてもいい匂いがした。ジェシンは、言葉を忘れて、じっとその女性を見つめた。


「ジェシンや。きちんとお礼を言いなさい」と、ヘジンが笑いながらジェシンの頭を撫でた。

「あ……ありがとう……ございます」

「痛いところはない?」と、その女性が聞いてくれた。

「は……はい」

 ジェシンは、彼女の美しさに圧倒されながら、顔を真っ赤にして頷いた。

「ほほほ。こんな小さい子までが、あなたの美しさに圧倒されているようね」

 ヘジンはうれしそうに笑って、ジェシンの手をとった。

「さあ、向こうでお茶をいただきましょう。ジェシンも一緒にね」


 海が見渡せるテラスには、アフタヌーン・ティーが用意されていた。大好きなスコーンもある。けれども、ジェシンはいつもとは違って、すぐにお菓子に手を出さなかった。このきれいな女性の前では、「いい子」でいたかったからだ。

 それから、何度か、ジェシンは祖母の家で彼女に会うことができた。祖母ヘジンは相当な博識で、話題に事欠かない人物だったが、その美しい女性は、母親世代以上の年齢になるヘジンと対等に渡り合った。かっこよかった。彼女の名はアメリアと言った。


 やがて、ヘジンはアメリアに一つの邸宅を提供した。ヘジンが一番気に入っている邸宅だった。〈青薔薇の館〉という。ジェシンも一度だけ連れて行ってもらったことがある。ヘジンの大学時代の親友が住んでいた館で、その友が急逝し、ヘジンが買い取った邸宅だった。その友に仕えていた二人も、館を維持するために、ヘジンが雇用を続けた。館の庭には、非常にめずらしい青色の薔薇が咲いた。友は、薔薇の品種改良に励んでいたのである。青薔薇を残したい。――これが友の遺言だった。ヘジンはその願いを引き継いだ。


 〈青薔薇の館〉でアメリアが開いたサロンのうわさは、祖母の家でときどき耳にした。「ボクも行きたい」と言ったが、「あそこは子どもが行くところではありません」と険しい顔で母がジェシンに告げた。バイシュンフ、というのが何を意味するのか、当時のジェシンにはわからなかった。母は、美女アメリアを嫌っていた。そのアメリアを保護する祖母のことも嫌っていた。ただ、母は実母ヘジンとの縁を切ることまではできず、ジェシンが二人の橋渡しをしていた。ジェシンは、対立する二人の間でどうふるまえばよいかを体得していった。母の無関心と祖母の溺愛の間で、ジェシンは愛に飢える青年へと成長していったのである。


 どんな女性とつきあっても、あの美女アメリアからはほど遠い。圧倒されるような美貌、あのやさしい面差し、優雅なふるまい、美しい声、祖母に匹敵する教養と学識。それらを兼ね備えた女性など、どこにもいなかった。

 そんなとき、大学の図書館でレオンに出会った。うわさ通り、レオンは並ぶ者なき美青年だった。レオンは、冷たい面差しを除けば、完璧だったのである。


 おそらく、ナミだけだろう。ナミだけは、ジェシンがレオンに本気であることを理解していた。だからこそ、ナミはジェシンにレオンを諦めさせようと努力してきたのだ。レオンの心にジェシンが「想い人」としての位置を占めることは決してない。ジェシンの道化ぶりは、ナミには見ていて辛かった。

 だが、ジェシンはとっくに境地に達していた。レオンへの思いが報われることなどは永遠になかろう。だが、レオンにとって必要な人物であることはできる。いまのレオンにとって自分が不要でも、いつか役立つことができるかもしれない。レオンが嫌われ者の放蕩者ジェシンを忘れなければいいのだ。


■小屋――リト日記(9)

 菜園小屋にはあいかわらず、ばあちゃんが一人で住んでいた。ホテルは気疲れするからと、ばあちゃんは小屋を移ろうとしない。毎日、オレが訪ねて毒舌を浴びせられている。

 ある日、サキ姉が宣言した。

「小屋に引っ越す!」


 アパートと櫻館を往復するのがたいへんになったらしい。けれど、櫻館に住むと、いつナミ姉に遭遇するかわからない。そこで目をつけたのが小屋だった。

 猪突猛進型のサキ姉だ。翌日のうちに荷物をまとめ、アパートを引き払った。ばあちゃんはブツブツ文句を言っていたが、本心はうれしいだろうことがオレにはよくわかる。サキ姉は、ばあちゃんが一番見込んでいる孫だ。きっと九孤一族の跡継ぎになる。

 櫻館での議論は相当にハイレベルだ。サキ姉は、レオンやカイの議論についていけない自分を情けないと思ったに違いない。雲龍九孤は天月に匹敵する伝統をもつ。ばあちゃんにいろいろ教わりたいと思って、引っ越してくるのが本音だろう。オレは見抜いているぞ。きっとふたりの毒舌合戦になるだろうけど……。


 メールで伝えると、小じいちゃんから歓喜の返信メールが届いた。小じいちゃんは九孤の将来を悲観していた。だれもばあちゃんを継ぐ者がいない。……ところが、あきらめていたサキ姉がばあちゃんと一緒に住むという。これが喜ばずにいられようか! 小じいちゃんは、何でも支援するから、サキ姉とばあちゃんを頼むと言ってよこした。一度こっちに来るとも言っていたぞ。ヒョー。小じいちゃんが来たら、カイに会わせよう。小じいちゃんは、隠れ天月ファンだもんな。

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