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ⅩⅣー2 図書館の怪

■サキの思惑

――アイツはわかっててやってるな。

 ミオ姉のことだ。


 サキは、WEBマンガを見ながら、ため息をついた。ミオ姉のマンガに登場する三人の美少年がカイとオロとシュウであることくらい、すぐわかる。異常に鋭い姉だ。ミオ姉は、リトがカイを好きなことには気づいているはず。それを承知で、リト抜きで、カイをめぐる三角関係を描くとは。リトがヤキモキしているのを見るのは、リアルに楽しいのだろう。

 ミオ姉の愛情表現は、昔からどうも屈折している。可愛い弟にハッパをかけてるだけと平然と言うだろう。いやいや、リトは落ち込んでるぞ。ただでさえ、カイの実力を思い知らされて自信をなくしているのに、オロとシュウという天才肌の美少年まで加われば、自分など出番がないと思い込んでいるに違いない。


 リトは素直で、実にいいヤツだ。ひいき目じゃなく、絶対にカイはリトに気があるはず。ただ、天月修士――それどころか、〈銀麗月〉ともなれば、世俗を超越せざるを得ないのかもしれない。カイ自身が自分の気持ちに気づいていないようだ。だが、侍従のカムイが、カイからリトを引き離そうと躍起になっている。カムイはカイの気持ちに気づいているからに違いない。


――さて、どうするか。

 しかし、サキ自身が色恋にはあまり縁がない。職業柄、生徒たちの恋模様にいち早く気づくようになってしまっただけだ。できるのはそうだな。時々カムイの邪魔をして、カイをカムイのガードから解放してやるか。リト、あとは、自分で励めよ。

 おっと、そうだ。カムイがいない今は、絶好のチャンスじゃないか。カムイたちが戻ってくるのも一週間伸びた。WEBマンガを見て落ち込むくらいなら、リアルなカイにアタックしろよ! ちょっとだけ後押ししてやるか。そうだ、アレを使おう!


■図書館の怪

 サキが、カイとリトに頼み事があると言う。〈蓮華〉図書館の奥深く「開かずの間」があり、幽霊が出るとのうわさだ。二人で中を確認してほしい。

 カムイがいたら血相を変えて怒るような依頼だ。――天月修士にそんなしょうもない仕事を頼むな!

 だが、カイはあっさりと引き受けた。リトはもちろん大喜びだ。さっそく明日行くと決めた。リトは興奮して眠れない。出会って十年。

――初めて二人きりになれる!


 〈蓮華〉図書館は、旧女子大学の図書館で、古いが、趣のある建物だ。サキは二人を建物の奥まで案内し、カギを渡して、入り口そばのカウンターに戻っていった。

 もう何年使われていなかったのか。ギシギシと音を立てながら、重い扉が開いた。そこは下に続く長い階段となっていた。電気も通っていない。カイが灯符を持ち出すと、ポッと全体が明るくなった。二人してゆっくりと階段を降りていく。踏み板が壊れている恐れもある。かなり下まで降りた。優に三階分くらいはあるだろう。

 階下は平らで、もう一つドアがあった。開けると、まっすぐの通路があって、先のほうがぼんやりと明るい。カイとリトは顔を見合わせたが、そのまま歩いて進むことにした。通路は石造りだった。ずいぶんひんやりとしている。


 明るく見えたところまで来ると、かなり広い円形の空間だった。明かりは天窓から届いているようだ。リトは上を見てギョッとした。魚が泳いでいる。しかも川魚じゃない。でっかいエイが身を翻していた。海亀もいる。珊瑚礁まで見えるぞ。鮮やかな魚たちがヒラヒラ泳いでいる。まさか、ここは水族館か。いや、そんなはずはない。とすれば、海の下なのか? カイも驚いている。


 二人で〈蓮華〉の周囲を考えてみた。〈蓮華〉は河と池のそばだが、海からは遠い。何より、海抜五百メートルはある。地下道を通って海の下に出るなどありえない。カイは、滝の第二禁書室を思い浮かべた。状況がよく似ている。いったいここは何の目的で作られたのだろう。そして、この「海」は何を意味するのだろう。ふと、カイは、第二禁書室の扉が消えたことを思い出した。まずい、この空間も閉ざされるかもしれない。


 カイはリトの手を引いて走り出した。いきなりのことにリトは驚いた。だが、すぐに歩調をあわせる。あの雲龍の山の時と同じだ。二人の速度は同じ。手をつないだまま、地面に足をつくかつかないかで走り抜けた。来たときの十倍以上の距離になっている。階段下まで来て振り返ると、通路が消え始めていた。二人はいっそう強く手を握って階段を駆け上がった。階段も走るそばから消えていく。やっと扉に手をかけ、思い切り扉を押した。そこは元の図書館だった。振り返るとたしかに階段はあるが、せいぜい一階分の高さだ。扉は勝手に閉まった。


 カイもリトも呆然とした。自分たちはいったい何を見たのだろう。手は固くつないだままだった。


 二人はそのまま図書館の出口に向けて歩いた。サキがいるはずだ。しかし、図書館はそのままなのに、カウンターにサキの姿はない。

――まさか、サキ姉に何かあったのか? 


 リトが青ざめた。

 なぜか図書館の扉は閉まっていたが、内側からは開けることができた。二人が図書館を飛び出ると、東の空に朝陽が昇り始めた。図書館に来たのは昼過ぎだ。あの場所に一晩もいたのか? また二人で顔を見合わせた。〈蓮華〉を出ようとしたが、なぜか同じところをグルグル回って出ることができない。閉じ込められたようだ。バラバラになると危ない。ふたりはしっかりと手をつないだまま、歩き続けた。やがて、太陽が高くなり、さらりと一陣の風が吹いた。


 向こうから見慣れた姿がやってきた。

「リト! 早かったな」

 サキだ。

「遅れて悪かった。バスに一本乗り遅れたんだ」

 リトとカイは顔を見合わせた。昨日と同じことが繰り返されている。

「二人ともどうしたんだ? 顔が青いぞ」

「サキ姉、今日は何日?」

「八月二十日だよ。ヘンなヤツだな。図書館のカギを取ってくるから、ここでちょっと待ってろ」


 遠ざかるサキを見て、カイが言った。

(繰り返されているんじゃない。数時間過去に戻ったようだ)

 リトも頷いた。

(あの地下室は時空を歪めるようだ)

「それにはどんな意味があるんだ?」

(ルナの禁書にこうある。山が海を招くとき、時を超える。――〈蓮華〉図書館には、何らかの禁術がかけられているようだ。それが「幽霊」の正体だろう)

「じゃあ、オレたち以外にもあの階段と広間を見た者がいるのか?」

(わからない。ただ、禁術のことはみだりに口にできない。サキ先生にはしばらく黙っていてくれないか)

「わかった」


 リトは再び頷いてふと気づいた。まだ手を握ったままだ。あわわ……。カイを見ると、禁術のことに思考を集中しているのか、手のことは気にしていない。リトはそのままにすることにした。カイのきれいな手からは、カイのぬくもりが伝わる。思わずカイの手をギュッと握ると、カイがリトを見た。

「あ……ゴメン」


 リトが謝りながら手を離そうとすると、カイは手を握り返してきた。

(このままでいてくれないか。その方が思考を集中できる)

 リトは三たび頷いた。断るはずがないじゃないか。


 サキが戻ってくるのとあわせて、カイはリトの手を放した。再び「開かずの扉」を開けたが、もはや長い階段はなく、普通の階段だけだった。降りてみても、倉庫があるだけ。


――幽霊などいない。

 それが結論だった。サキは驚きも喜びもしなかった。当然だ。「幽霊」話はサキのでっちあげだったのだから。春から広がり始めた「学校の怪談」にちょっと話を盛った代物だ。


――うまくいったようだな。

 サキはリトにぼそっとつぶやいた。


■時空のゆがみ

 リトは日記に記した。


――風子たちがいない今は、ルナ古文書の解読も開店休業だ。彪吾はこれ幸いとばかり、レオンを離さない。未成年がいないので、思う存分、レオンに甘えている。食事時以外は二人で部屋にこもってばかりで、いったい何をしてるんだか。

 〈蓮華〉図書館事件以来、カイとオレはしょっちゅう二人で相談するようになった。カイとの秘密の共有は心地よい。二人でいるとき、カイはしばしばオレの手を握る。「時空のゆがみ」に関するカイの思念がオレにも共有される。カイは、オレからも意見を求める。天月修士に提供できるような意見はないけれど、父さんが集めた物語から「時空のゆがみ」に関連しそうなものをカイに伝える。カイはそれを喜び、もっともっとと催促する。その集中力がすごすぎて、オレはいつも感嘆する。でも、二人の男が手を重ねたまま、じっと言葉も交わさず、互いの目を見て頷きあっている姿は、異様だろう。一度、部屋に入りかけたツネさんが、あわててきびすを返した。

 オレはカイと手をつなぎ、何とも言えない幸福感にひたっていたが、ふと気づいた。オレはカイを前にしてドキドキしているが、カイはこの手を思念交換に使っているだけだ。いわば、天月修士の仕事の一環にすぎない。この落差は大きい。カイは十年前のことはまるで覚えていない。カイに気持ちを伝えて、二度とこの手を取れなくなるのはつらい。きっとオレには耐えられないだろう。カイへの思いは胸の奥深くにしまおう。だから、せめて日記に書いておく。

 これからは、カイの思念交換のパートナーとして役に立つことだけを優先しよう。そのためには、もっともっとルナの情報を仕入れねば。――何ができる? そうだ、ファン・マイが残した資料を片っ端から読み、カイに伝えるべき情報を選び取ろう。


 カイは、リトと手をあわせながら驚嘆していた。リトの記憶力と集中力と体力はすばらしい。カイが常人の五倍で整理する情報に、リトはついてくるのだ。しかもほとんど疲れを見せない。こんな者は天月にもいなかった。

 〈蓮華〉図書館で「時空のゆがみ」にとらわれかけたとき、とっさに握ったリトの手から、リトの強い記憶が流れ込んできた。どこか知らない深い山で、二人の少年が手を取り合い、何かから逃げるように走っていた。カイの胸の奥深くがうずいた。経験したことのない甘酸っぱいうずきだった。カイは即座にそのうずきを押さえ込んだ。だが、あの二人の少年のおぼろな姿は消えない。あれはいったい誰なのだろう。


■潜在的な能力

 レオンは彪吾が眠ったのを確認して、そっとベッドから起き上がり、ガウンを羽織った。ルナ合宿が事実上休みの週末は初めてだ。彪吾がレオンを離さず、レオンも彪吾から離れたくない。

 だが、ラウ伯爵の仕事に休みはない。レオンはデスクに向かった。月曜日までに片づけねばならない仕事が山のようにある。しかし、いざ始めると、いつも以上にスラスラと仕事が運ぶ。レオンの仕事速度は、常人の倍だが、さらにその倍の速度で仕事がはかどっていく。

 これにはレオン自身が驚いた。リトが言っていたが、カイは常人の五倍のスピードで仕事をこなすという。今の自分のスピードもそれに劣らない。まさか、天月の頃を体が思い出したのか?


 思い起こしてみると、この変化が始まったのは、彪吾と愛を確認してからだ。自分の奥深くに閉じ込めてきた力や思いが、彪吾によって呼び起こされているのかもしれない。

 ただ、ピアノを弾きたいという思いは不思議とまったく浮かんでこない。レオンは、自分の右手を見た。彪吾がこれを握り、「すべての骨が折られている」と泣いていた手だ。


 ピアノのことを思い出したときには、何かが大きく変わるかもしれない。レオンはそれを怖れていた。いまは、彪吾のそばにいられるだけで幸せだ。彪吾が眠る寝室のドアにそっと目をやってから、レオンは再びラウ伯爵の仕事に没頭した。

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