ⅩⅣー1 祭礼
■古城の庭
――〈閉ざされた園〉
ここに本当に閉ざされるわけにはいかない。
風子は、城の庭を思い出した。この園は、あの庭に似ている。とすれば、あの庭から城に向かう道の通りに歩いてみよう。ルルに伝えると、ルルも頷いた。それしかない。
回りを見回すと、城の庭で言えば、ほぼ最奥にあたる。庭も自分たちもサイズ感が違うので、感覚が狂う。思い出したのは、庭に引かれた小さな小川だ。その小川は、庭の中央にある泉から渓谷の方に流れていた。風子は河を見た。まずは河沿いに、河の流れと逆の方向に行けばよい。
進んでいくと、広大な湖が広がっていた。
泉から城の入り口へは小川から斜め前に進み、花壇のところで道を折れて、まっすぐ進んだはず。
風子の指示で、その通り進んでいくと、最初にウサギに出会った場所に着いた。そこでハタと困った。城の庭では、そのあたりからモモとじゃれ合っていたので、方向がわからない。
モモがクンクンとし始めた。動物の群れが遠ざかり、自分の毛の匂いを嗅ぎ当てたようだ。草に結んだモモの毛が見つかった。
――やったあ! ここは、最初に落ちた場所だ。
え? 落ちた場所? どこから?
見上げても建物はなく、木もない。空しかない。落ちた場所はわかったが、どこから落ちたのかがまったくわからない。
――どうすればいい?
途方に暮れていると、向こうからトラネコがやってきた。あれは……いつものお城のトラネコ。
トラネコが手招きしている。行くしかない。他になにも手がかりはないんだから。モモたちはトラネコに駆け寄った。すると、景色が一変した。一面の草原だったのに、巨木が生い茂る森に変わったのだ。
トラネコはするすると木に登った。ルルネズミが続く。その大きな木の枝が張り出したところの下に、モモの毛が結びつけられていた。
「チュウゥ!」(ここだ!)
風子ネズミには通じる。
下では、モモが木を見上げていた。モモは木登りできない。
豹は、まず狐をくわえて、枝に上げた。次いで、モモをくわえて枝に上げた。風子ネズミは自分で駆け上る。ネズミの姿は便利だ。木に登れるなんて!
ルルネズミが慎重に枝の周囲を探した。枝と枝が重なったところが微妙にゆがんでいる。飛び移ると、すっと吸い込まれた。豹が狐を放り込み、モモを放り込む。二匹ともすっと吸い込まれた。そして豹が身をひるがえし、吸い込まれていく。
風子ネズミは、トラネコに近寄り、トラネコにキスをして、みんなが吸い込まれた場所に飛んだ。風子ネズミが消えた場所をトラネコはじっと見つめた。
■帰還
飛び込んだ中で風子とルルはもとの姿に戻った。ルルが耳を澄ますと、まだ祈りが続いていた。
ルルは、次にもう一度時を止めるために気を集中し始めた。そして気づいた。簡単にできる。いつもならいったん時を止めるととてつもなくからだが重くなるが、それがない。
ばあちゃん狐は、九尾狐に戻った。九尾狐は、ルルがしようとしていることを理解して、風子をもう一度ネズミに変えた。豹とモモのサイズを小さくして、自分もミニサイズに姿を変えた。これなら、ルルが一度に運び出せる。
祈りが終わった。扉が開く音が聞こえる。一瞬、時が止められた。ルルはこけしのように固まったみんなを懐に入れ、祭壇の扉から飛び出して、一目散に例の階段入り口まで駆けた。その入り口を開けて、みんなを放り込み、大きな木の下に駆け付け、戻りつつあった来客たちの間に紛れ込んだ。
――時が再び動き出す。何事もなかったかのように、祭礼が進み、雨がからりと上がった。
扉の中では、リクとアイリがあっけにとられていた。待機していたら、いつの間にか、小さなものが足元でうごめいている。よく見ると、茶色いのはモモだ。豹と狐もいる。ということは……。
「風子か?」と問うと、ネズミがコクコクと頷いた。二人はミニュチュアサイズの動物たちをポケットに入れ、一目散に城の図書室に駆け戻った。そして、何食わぬ顔で、自分たちの部屋に戻ったのである。
――作戦は大成功!
部屋に戻り、人間に戻ったばあちゃんとスラさんは、抱き合って泣いている。風子はトラネコを探したがいなかった。
アイリは、手のひらサイズのモモを離そうとしない。
「かわいい! ものすごくかわいい!」
もとのサイズに戻したくないようだ。アイリの手のひらの上を行き来していたモモ。だが、それではおやつもご飯も食べることができない。ようやくもとのサイズに戻ったモモはご褒美のおやつをもらい、ご機嫌だ。そばでアイリが恨めし気にモモを見つめる。
「も一回、モモを小さくして」
ばあちゃんにお願いしたが、即座に断られた。
「アホ! サイズを小さくすると、身体に負担がかかるんじゃ。そう何度もできるもんじゃない」
ずぶ濡れになってルルが駆け戻ってきた。ルルはスラに飛びつき、ワンワンと泣いている。ばあちゃんとスラは、あらかじめ用意しておいた簡単な食事を済ませると、まだ暗いうちに狐と豹に姿を変え、森に消えた。あの「勝利の丘」ではカムイが待っている。そこで落ちあい、九尾狐の力でサイズを変えて、カムイの背に乗り、櫻館まで運んでもらうのだ。
櫻館では、リトとサキとマロがばあちゃんとスラを待ち構えていた。抱き合う面々をレオンと彪吾がうれしそうに見守る。カイはカムイを呼び、褒めた。ほとんど出番がなかったカムイは、やっと役に立てて有頂天だ。ツネさんが、温かい食事とふんわりしたベッドを用意してくれている。
――万事うまくいった!
すべての祭礼を終え、エファは城に戻ってきた。女官たちがエファに再度の禊をする。
自室に戻ったエファは祭礼の一部始終を思い起こしていた。大雨に見舞われたものの、儀式そのものに支障はない。ルルの歌を得て、すべてが例年以上にうまく運んだ。
琵琶の弦の微妙な揺れは、ルナの神々の喜びの徴と言われている。しかも、琵琶の弦は、ルルの歌が終わったあとも、エファが祈禱室にこもったあともずっと震え続けた。その理由はわからない。調べる必要がありそうだ。加えて、祈祷室に出入りするときに一瞬だけだが、クラッとした。なぜだろう。
女官長が報告にやってきた。あらかじめ不測の事態に備えて準備していた通り、大雨時には来客に城内のホールを解放し、歌舞音曲を披露して、酒もふるまったという。混乱はなかったとのこと。ただ……と女官長が怪訝そうに付け加えた。
「あの子たちがいなかったのです」
「あの子たち?」
「はい。ルルたちです。正確に申せば、背が高い二人の娘は自室に戻っていました。ホールは知らない人ばかりでウザイからと」
「ウザイ……か」
「ですが、ルルと風子の姿は見えず、聞くと、風子は昨夜興奮して眠れなかったのがたたったのか、いまぐっすり寝ているとのこと。ルルは大雨時にいったん戻っていたけれど、しばらくして出て行って、その後は知らないとのことでした」
「ふうむ。ネコとイヌは?」
「ネコはソファに寝そべっていましたが、イヌの姿は見えませんでした。風子のイヌなので、一緒に寝ているとのこと。さすがに寝室までチェックできませんので、そのままにいたしました」
「では、ルルは夜の間中、ほぼ一人でどこかにいたのだな?」
「そのようです。ただ、雨が上がってみんな戻ってきたときには、その一群の中にルルもいました。雨にぐっしょり濡れており、聞くと、祭礼を見届けたくて大木の下をあちこち場所を変えながら、儀式を見ていたということでした。神殿の中で若君や舎村幹部の前で奉納される巫女たちの舞を見ていたようです。雨がひどすぎて全部は見られなかったようですが」
「ふうむ。まあ、熱心と言えば、熱心だな」
子どもたちは部屋で過ごし、ルルは雨の中で奉納舞を見ていた。シュウはルルらしき白い服の人物が木の下にいるのを見かけたが、神殿の中に呼び入れることはできなかったと言っていた。
琵琶の弦が震え続けたのもルルが近くにいたせいか? すべてに矛盾はない。だが、エファは何かがひっかかっていた。
じつは、ルルにすごまれて、カムイが白い布をかぶっていただけだった。大雨の中、ずっと白い布をかぶって木に止まってろなんて、いつもながらルルは無茶を言う。……でも、ルルのためならエンヤコラ。カムイはけなげに務めを果たした。
リョウは、城の庭にいた。現実だったのか、夢だったのか、わからない。うっすらとネズミたちが見えて近づき、城の入口へと道案内した。別れ際に、灰色のかわいいネズミは、トラネコのリョウにキスしてくれた。あれは、風子のはず! リョウの胸のドキドキが止まらない。
舎村に戻ったら、また風子たちに会いたい。そう言うと、小鬼たちも諸手をあげて大賛成だ。だが、どこに住んでいるかがわからない。探さなくちゃ。
でも、どうやって探し出す? あの子たちは、シュウの同級生。つまり、「レンゲ」とやらいう名のガッコーに行っているのだろう。まずはそれを探さなくちゃ!




