ⅩⅢー5 神殿突入計画
■秘密の通路
夜の女子部屋は活気に満ちていた。
みんなジャージーに着替え、菓子も果物も食べ放題。飲み物も飲み放題。十分なごちそうを食べたあとも、菓子は別腹だ。ルルとアイリが競うように食べている。窓の外で、一羽のカラスが物欲しそうに室内を眺めていた。参加できない!
また、トラネコとネズミたちがやってきた。ネズミたちは菓子を分けてもらって大喜びだが、トラネコは風子を引っ張り、外に出そうとする。
「どうしたの?」と尋ねると、ドアの手前で座る。何か鍵のようなものをくわえている。風子が立ち上がると、ドアを開けるよう催促する。風子が手招きすると、リクもついてきた。菓子に夢中なアイリとルルに「ちょっと出てくる」と告げ、二人はトラネコについていった。
トラネコは、渡り廊下を伝い、午後に行った図書室に向かう。そして、貴重書庫の隣の扉の前に立ち、鍵を口から離した。
「ここを開けろって?」
風子とリクは顔を見合わせ、おそるおそるカギを開けた。そこには深い階段があった。照明がつくので怖くはないが、風子は思わずリクと手をつなぎ、階段を降りた。はじめてつないだリクの手はやわらかかった。風子はドキドキを抑えた。
やがてまっすぐな通路を経て上り階段に変わった。トラネコもついてくる。一番上には扉があった。さきほどのカギをあてると扉が開いた。目の前には白い立派な建物が月光の中にたたずんでいた。
――神殿だ!
風子は呆然とした。神殿への秘密の通路だったんだ!
リクとトラネコと一緒に神殿横の石畳に出て、風子は神殿の巨大さに驚いた。神殿に入る門の外には衛兵がいるが、中にはだれもいない。銀色の月光を浴びて、白い神殿が輝いている。
グルリと回って正面から神殿を見上げた。巨大な大理石の柱からなる回廊の内側には、水晶の柱からなる本殿が見える。本殿は壁で覆われており、中は見えない。
月の光が本殿上の銀の鏡に反射して、リクを包んだ。リクの髪が一瞬、銀色に変わり、その目が赤く輝いた。そのあまりの美しさに風子は見とれた。がすぐに、リクの姿はもとに戻り、月の光も穏やかな光に戻った。
そのとき、水晶の本殿の扉が開いた。吸い込まれるようにリクが歩みを進める。
「ダメッ!」
あわてて、風子はリクの手を引いた。強く引きすぎて、二人とも転んでしまった。トラネコが二人に駆け寄る。
二人の目の前で扉が閉まっていく。
「ごめん、大丈夫?」と風子が聞く。
「風子こそ、大丈夫? ごめんね。中に入っちゃ危ないのに……」
「ううん。でもよかった」
「ありがとう。引き留めてくれて」
「なにか感じたの?」
「うん。……おいでっていう声が聞こえた気がする」
「そうなんだ。……もう帰ろう。アイリたちが心配してる」
「うん」
二人と一匹はもと来た道を戻った。神殿は何事もなかったかのように静まっていた。
トラネコを抱きかかえ、リクとともに部屋に戻った風子は、アイリたちに告げた。
「秘密の通路があるよ!」
「へ?」
ルルがクッキーを口に入れようとしてつっかえた。
「何だ、それ?」とアイリが聞く。
「この子が案内してくれたの」
「コイツ? このチビのトラネコ?」
「うん。カギをさがしてきてくれて、リクと一緒にいってきたんだ。あの図書館の一階に通路への入り口があった」
「うわお。行ってみるか?」とルルが言うと、アイリが止めた。
「ちょっと待て。その前に情報を整理するぞ」
「うん!」と言いながら、風子はトラネコを下ろし、テーブルの前に座った。
キキはトラネコに近寄った。
(お前が案内したのか?)
(うん、そうだよ。小鬼たちがカギを探してきてくれたんだ)
(神殿の様子はどうであった?)
(初めて見たけど、すごく大きくて、すごくきれいだった。突然、扉が開いたんだ。背の高い子が吸い込まれるように入りかけて、風子がそれを止めた)
(ほう。……他に何か変わったことは?)
(あの背の高い子に、月の光があたったとき、ほんの一瞬だけど、あの子の髪の色も目の色も変わった気がする)
(髪と目の色が変わったと?)
(うん。あの神殿に何かあるの?)
(いや、あるかどうかがわからん。じゃから、こうしてみんなで調べておる)
(じゃ、ボクの案内は役に立ったの?)
(そうじゃ。ものすごく役に立ったはずじゃ。これからも頼むぞ)
(うん!)
■ライバル
毎日のように、シュウは風子と図書館でおしゃべりした。至福の時間だ。
毎日のように、リョウはトラネコの姿で風子に会いにいった。至福の時間だ。
双子は互いがライバルだと気づかず、風子への思いを募らせていた。
あれから女子四人組は、夜中にこっそりそろって神殿を下見に行った。神殿の前には数段の階段があり、広い空間が広がる。ここで祭礼が行われるのだろう。おそらくそのとき、水晶の神殿の扉も開けられるに違いない。試しにアイリが扉をゆすってみたが、びくともしなかった。
祭礼の最中に神殿の中に入り、ばあちゃんとスラさんを救出するのは難しい。一方で、祭礼時以外には、この扉は開かない。何度ここにきても、結果は同じだった。
「いっそ、シュウのばあさんに頼んでみるか?」と、アイリが言った。
「その前にシュウにどんな儀式か教えてもらおうよ」
シュウとキュロスが女子部屋に呼ばれた。風子が言った。
「神殿のお祭りって、どんなことをするの?」
「あたしは、どういう時に歌うわけ?」とルルが聞く。
シュウは、丁寧に教えてくれた。風子に頼まれると、どうも必要以上に張り切ってしまうようだ。そばにいるキュロスがうれしそうにシュウを見守る。
(こんなに張り切っているシュウさまはめずらしい)
――祭礼は、一晩中続く。
始まりは月の出だ。荘厳な音楽が鳴り響く中、白砂の上を、神殿の巫女たちが捧げものをもってしずしずと進む。来客たちは門の外で控えて待つ。すべての奉納が終わると、国主たる舎村長の一族が姿をあらわす。特別な通路があり、そこを通って現れるのだ。
舎村長とその一族が勢ぞろいすると、一同が一斉にお辞儀をして、歌姫が最初の歌を奉納する。それが終わると、舎村長の号令により、神殿の扉が開かれる。とても重い扉なので、何人もの開け役がいる。
扉が開くと、まず、舎村長が足を踏み入れ、シュウがそれに続く。神殿の中には月光が差し込むように設計されていて、明かりがなくても十分に明るい。神殿の奥にはもう一つの扉があるが、そこには舎村長だけしか入れない。儀式の間中、舎村長はその扉の向こうにて一人で過ごす。神殿の外には祭壇が設けられ、招待客は次々とその祭壇に礼拝する。一通り礼拝が終わると、舞と歌が奉納される。
来客たちには椅子が用意され、それに座って、舞と歌を楽しむ。お神酒もふるまわれる。シュウと舎村幹部は、壇上から舞と歌を見る。そして、来客から挨拶と貢納を受けるのである。
明け方、月が沈むころ、舎村長が奥の神殿から姿を現す。そして、集まったみなに対して祝福を述べ、最後の歌がはじまり、祭礼は荘厳に幕を閉じる。
シュウによれば、ルルの歌は、最初の奉納の歌だろうということだった。最初の歌の奉納は非常に重視されており、毎年、最高の歌い手が選ばれる。すでに候補は決まっていたはずだが、祖母はルルの歌を聞いて、歌い手を入れ替えたと思われる。
風子がシュウに聞いた。
「その奥の部屋に、シュウも入ったことがある?」
「まさか。あの部屋は舎村長以外決してだれも入ってはいけない部屋なんだ。もしだれかが禁忌を犯したら、舎村は大きな災いに見舞われると伝わる」
「ふうん。きびしいんだね」と言いながら、ふと思いついたように、風子がシュウに尋ねた。
「もし、途中で雨が降ったりしたらどうなるの?」
「雨? 小雨ならそのまま続けるよ。でも、大雨になったら。……そうだ。一度大雨になったことがあってね。そのとき、神殿にいる者はそのまま儀式を続けて、客たちはみんな城に戻ったよ」
「神殿にいるのは、舎村長とシュウと舎村のおえらいさんたち?」
「そうだよ。あと祭礼を担当する大神官と何人かの巫女かな」
シュウが去ったあと、アイリがため息をついた。
「ばあさんに頼むのはムリそうだ。奥の部屋にはシュウさえも入れないんだぞ。あたしたちを入れるはずがない」
風子が唐突に言った。
「雨だよ! 大雨を降らせばいい!」
「は?」
「大雨が降ったら、神殿の中の人が減る。なんかの術でみんなを眠らせるとかできないかな?」
「ばか言うな。そんな術はだれも知らないし、だいたい都合よく雨を降らすなどできるはずないじゃないか」
「でも、リクならできるかも。リクは雨を読める。大雨を呼ぶこともできるかもしれない」
リクがめずらしく当惑した顔になり、ボソボソとつぶやいた。。
「そんなこと……きっとムリ……」
風子はリクの手を取って、元気よく言った。
「大丈夫! わたしがついてる!」
大雨。――そのとき神殿内の人間しか残らない。つまり、ルルたちは城に戻る側だ。
――どうやってあの奥の部屋に入るか。
ルルは必死で考えた。祭礼の段取りを考えると、あの奥の扉が開くのは、舎村長が入るときと出るときだけ。二回だ。その頃に大雨が降れば、ルルの姿が見えなくなっても、だれも不思議には思わないはず。
――時を止めるしかない!
入るときに、いったん時を止めて、中に入り、どこかに隠れて、舎村長が出るときに、また時を止めて出ればよい。だが、一晩しかない。その一晩の間に、スラとばあちゃんを見つけ出せるか?
ばあちゃんの匂いをたどるためにはモモの鼻がいる。モモを連れて行くとなれば、風子の協力が必要だ。そのとき、アイリが黙っているはずがない。時を止めれば、動けるのは自分ひとり。わずか数分の間に、モモも風子もアイリもかついで出入りすると言うのか?
ううっ。……重そう。
しかも、隠れる場所がなければ、かさばって見つかってしまう。やはり、図体のでかいアイリとリクには残ってもらって、ルルと風子がいないことをカモフラージュしてもらうしかない。小柄な風子とチビのモモだけなら、なんとかなる。しかし、風子は一番役に立たないヤツだぞ。それに「時を止める」なんて言っても誰も信じてくれないよな。
うーむ。ひとまず、女官長に当日の段取りを詳しく聞いて、作戦を立てよう。
■知ってるの?
翌日、女官長が、四人を呼び出して、祭礼の段取りを説明した。着衣も決まっており、すべて白色のドレスだと言う。とくにルルは、「最初の奉納の歌」の担当なので、禊を行って臨む必要があると女官長が命じた。
ルルが身をこわばらせた。
「禊って、なに?」
「城の奥に清き泉が湧く部屋がある。そこで体の穢れを落とし、まっさらの白い衣装を身にまとうのだ」
「裸になれってこと?」
「そうだ。穢れを落とすのだからな。女官たちが手伝う。心配せずともよい」
いや、心配するって。ルルも風子も真っ青になった。ルルはオロだ。身体は男のはず(見たことないけど)。女官の前で裸をさらしたくはないだろうし、オロであることがばれるのも困る。
「自分で着替える! 他人に身体をさわられるなんてまっぴらゴメンだ!」とルルがわめいた。
「そうです! ルルは自分でできます!」と風子が必死に言い募った。
女官長は顔を曇らせた。
「禊は風呂ではないのだ。儀式なのだぞ」
「いやだったら、いやあ!」
ルルは絶叫している。
女官長はしばし考えた。
「では、禊の部屋にはそなた一人で入れ。手順を教えるゆえ、間違うでないぞ。女官たちは控えの間で待つことにする」
ルルはホッとした顔で風子を見て、ハッと気づいた。
「ちょっと来い」とルルは風子を引っ張って物陰に入り、風子に尋ねた。
「おまえ、何か知っているのか?」
「オロのこと?」
ルルがギョッとした。
「どうして……?」
「リトが教えてくれた。でも、ほかの誰にも言ってないから安心して」
ルルは眩暈を感じた。リトが……リトが、知っている? 一番知られたくなかったリトが知っているだと?
「ど……どうして、リトは気づいたんだ?」
「キキだよ。ルルもオロもキキをものすごく大事にしてるもん」
ルルは脱力した。キキか……。
「リトが言ってたよ。マロおじさんもスラさんも、ホントは知ってるんだって。アカデメイアの試験の前に、〈ムーサ〉のおばさんがきちんと話して、了解を取っていたって」
ルルは絶句した。
「だから、レオンさんも九鬼先生も知ってるって。カイさんも気づいているとリトが言ってた。でも、カムイは知らないらしい。リクはわかんないけど、アイリはきっと気づいてると思うよ。ただ、アイリはそんなことどうでもいいと思ってるはず」
ルルはへなへなとくずおれた。キーパーソンみんなにバレてるじゃないか!
「九鬼先生が言っていたらしいけど、ルルは女子として入学してるから、このまま女子として過ごせばいいんだって。でももし、男になりたかったらそれでもいいって。ルルの能力は性別とは無関係だからって」
「……」
「だから、ルルはこのままでいいんだよ。あたしたちの大事な友だち!」
ありがたいけど、そんなことを問題にしてるんじゃない! リトにバレてるんじゃ、ルルでいる意味なんてないじゃないか!
■計画
――こうなりゃ、やけくそだ。何が何でもミッションだけは果たさなくちゃ!
ルルは、女子衆を集めた。
「リク、あんた、雨を降らせるんだろ?」
リクが蚊の鳴くような声で答える。
「雨は降らせないけど、雨が降るときはわかる……でも、風子がそばにいないときっとダメ……」
「何が何でも、降らせろ! いいな」
ルルの剣幕に、風子が尋ねた。
「ルル。何かいい考えがあるの?」
「舎村長が奥の神殿に入るとき、突然大雨が降れば、外はパニックになる。だれも神殿には入れないから、木の下に移るか、城に戻るかだ。そのとき、風子とモモをつれて、あたしが神殿に突入する」
「突入って……つかまるよ」
「大丈夫だ。秘策がある」
時を止めるのはたいへんな体力がいる。一日に二回ともなれば、ルルの身体にも相当のダメージがあるはずだ。だが、そんなことは言ってられない。スラを助けなくちゃ。
「モモがいくなら、あたしも行く」とアイリが怒り顔で叫んだ。
「ダメだ。あたしたち二人がいなくなったのがばれないように、うまくカモフラージュしてくれ。特にあの女官長がヤバい」
「うん……」とリクがぼそっと言った。アイリは不服そうだが、しぶしぶ頷いた。
「明け方、舎村長が扉を開けて戻ってくるときに、あたしたちも戻ってくる。スラ姉とばあちゃんを連れて。そのとき、あの秘密の通路から城に戻ってきたい。ふたりでその準備をしてほしい」
「なるほど」とアイリが頷いた。あの通路を使えば、姿を隠せる。
「そのあとはアイリとリクに任せる。あたしは何事もなかったように適当に姿を現すから。その間、リクはずっと大雨を降らせ続けてくれ。いいな」
ルルはマロから預かった鏡を握り締めた。この鏡を持って「閉ざされた園」に入れば、鏡を通じてマロが音楽を奏で、スラに届くはずだ。行く途中にモモの抜け毛をあちこちに置き、二人と合流したら、モモに臭いをかがせて帰還すればいい。
■神琵琶
櫻館の新しい楽器室の中央。テーブルの上に布が敷かれ、マリ宅から運び込まれた琵琶が置かれた。櫻館に居残っていた面々――レオン、彪吾、マロ、カイそしてリト――が取り囲む。
レオンが口を開いた。
「この琵琶は、舎村長がこんど出展する予定の琵琶とうり二つです。それに、いま展示されているシャンラ秘宝展の琴とも文様が似ています」
彪吾は驚いた。シャンラの琴とこの琵琶が似ていることにはすぐ気づいたが、舎村長が同じ琵琶を持つとは知らなかった。マロはやはりと心の中で頷いた。
レオンが言った。
「シャンラ王家の琴は、今から四千年ほど前の作品と伝えられています。ルナ古王国が滅亡して、ウル大帝国が建国されるまでの間にあたります。この琵琶も、同じ時期に作られたと考えてまちがいないでしょう」
彪吾もマロも頷いた。レオンが自問自答のように言った。
「ですが、わからないことがあります。琵琶がなぜ二つあるのでしょうか? 琴は一つなのに……。それとも、琴も本当は二つあって、一つの行方がわからないままになっているのでしょうか?」
「ねえ、レオン。どうして、シャンラ王家も舎村長も、琴や琵琶を秘宝にしているの?」と彪吾が尋ねた。
「詳しくはわかりませんが、わたしが調べたところでは、これらの琴も琵琶も、ウル大帝国の皇帝がウル大神殿に音曲と舞を奉納するときに使われた特別な楽器のようです。この楽器を扱えるのは、当時、ウル大神殿に仕えていた特別な技能をもつ民で、ミグル族と呼ばれたそうです」
ミグル! カイがわずかに右手を握った。天月では、禁書にしか知られていない名だ。
「ミグル族のことはほとんど知られていません。わたしも、カトマール国立図書館で「閉ざされた園」の物語を調べるときにある文献で知ったことです。それによると、ミグル族は、天意を知り、占星術にも長けていたため、ウル皇帝はミグル族の移動を許さず、しかし、手厚くもてなしました。ウル大帝国が瞬く間に大きくなったのは、ミグルの託宣のおかげだと言われたようです。しかしやがてウル大帝国は内紛で没落し、歴史上有名な大動乱が起こったのです。そのとき、城も神殿もすべて焼き払われ、帝国の頂点に君臨した皇帝家たるウル第一柱は放逐され、ミグル族も歴史から消えました」
みなが沈黙した。
「ウル第一柱の生き残りが作ったのがウル舎村です。二千年前のことです。舎村はシャンラ王家に協力を申し出て、利権を分け合いました。しかし、蓬莱本島に舎村をつくるときに、天月が激しく抵抗しました。蓬莱本島はシャンラ王国が領有していたのですが、その名の通り、平和な楽園のような島でした。そこにウル大帝国の残党が拠点を作るなど、戦争に巻き込まれる原因を招くも同然として、天月は舎村を認めなかったのです。けれども、シャンラ王国は無理矢理、舎村を設定しました。天月はこれに抗議して、今後いっさい、シャンラとも舎村とも関わりをもたぬと宣言し、天月山に籠もり、独自の仙門として発展しました。シャンラや舎村に頼らない分、自前で政治や経済のネットワークを築くために天月仙門が組織されたのです。カイ修士、この理解であっていますか?」
カイは舌を巻きながら頷いた。天月士ならば学ぶ教養であるが、この知識は他出されておらず、調べるには相当骨が折れるだろう。レオンはそれすらも簡単に成し遂げてしまう。
「舎村古領の神殿には「閉ざされた園」への入り口があるようです。「閉ざされた園」は時空が歪む空間ですが、その歪みを正せるのはミグルの音曲のみであり、琵琶か琴が必要なようです」
「わたしは何をすべきですか?」
初めてマロが口を開いた。
「スラさんとルルさんがもつ鏡を通して、マロさんの音曲を伝えていただけませんか? この琵琶を使ってです」
「だが、これは音が出ないはず」
「そうです。ですが、こちらの世界で音は出なくても、向こうの世界には音が伝わるでしょう。そのような歌がカトマール古謡に残されています。試す価値はあります」
「風子から明日の夜、神殿に向かうと、いま連絡がありました」とリトが言った。あらかじめ示し合わせていた暗号が届いたのだ。
《モモとキキは元気だよ。明日の晩ご飯を楽しみにしてるみたい。ルルの歌が楽しみ!》
キーワードは各文冒頭の言葉――モモ、明日の晩、ルル。
(いったい何なんだ? この暗号は……)
リトは呆れながら解読した。
《「明日の晩」に「モモ」と「ルル」と一緒に神殿に突入する》




