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ⅩⅢー3 お城のトラネコ

■リョウ

 ランチは気楽に仲間たちだけだった。供されたのは、城の料理人が作ったコース料理で、豪華だった。シュウが気を遣い、すべてを一度に持ってくるように伝えて、給仕する侍従たちを遠ざけた。それでやっといつものようにワイワイとはしゃぐことができるようになった。どれもこれもおいしかった。シュウもキュロスも楽しそうだ。ランチが終わった時、シュウがみんなに相談があると告げた。


「ボクには双子の兄さんがいるんだ。病気で動けないけど、いろいろなことは理解できる。きっと、ボクの友だちに会いたがっているから、よかったら、みんなに兄さんに会ってほしいんだけど」

「いいよ!」

 真っ先に風子が答えた。

「どうせヒマだし」とアイリが言葉を継ぐ。

 シュウはルルに向き直ってこう頼んだ。

「できたら、兄さんにも、キミの歌を聞かせてもらえないかな? すごく喜ぶと思うんだ」

「いいよ!」

 ルルが即答した。ルルは、「えらいおじさん」や「えらいおばさん」は苦手だけれど、病気の人や年寄りにはとてもやさしい。


 シュウの兄とやらの部屋は、別館にあった。長い渡り廊下を進み、重い扉を開けると、さきほどの豪華な城とは打って変わった素朴な部屋が広がった。

「この城はもとの本城で、あちらの城よりずっと古いんだ」と、シュウが説明した。

「かっこいい!」と風子が目を輝かす。

「ほおう」とアイリも石の手触りを楽しんでいる。ルルもリクも周りをグルグル見回している。

「中世の城みたいだな」とルルが言った。モモもキキも走り回っている。静かな空気感が心地よい。


 シュウの案内で、みなは一つの扉の前に立った。キュロスが扉を開ける。中は異様に白い部屋で、中央に白いベッドが置かれていた。窓の向こうには大きな木が見える。壁には一枚だけ、奇妙な絵がかけられていた。

「兄さん、ボクの友だちを連れてきたよ」

 その「兄さん」は、ベッドの上で身じろぎもしなかった。見たところ五歳くらいだ。思わず風子が言った。

「かわいい!」


 アイリが戸惑っていた。五歳児がなぜ「兄さん」?

「兄さんは、五歳のまま成長を止めたんだ。病気が重くて、しゃべることも、動くこともできない。でも、ボクたちの声は聞こえるし、話していることも理解しているよ。ね、兄さん」

 アイリもルルもその五歳児の表情をじっと見つめたが、何も変化はない。ただ、じっと天井を見つめているだけだった。キュロスが電動ベッドの角度を少し変え、シュウは兄の頭の後ろに手を差し伸べ、少し枕をあげて、兄が来客を見やすいようにした。

「こんにちは」

 風子がニコニコと挨拶した。それに続いてみながそれぞれ挨拶した。やはり「兄」の表情に変化はない。


「じゃ、歌うよ。さっきのより、ずっと楽しい歌だ」

 ルルが歌い始めた。

 キュロスはさっき聞きそびれたルルの歌に感激している。シュウは「さすが」とルルを改めて見直し、風子もアイリもリトもリズムに反応して体を揺らしている。

「踊ろうか!」と風子が言うと、みながてんでに踊り始めた。ルルまで歌いながら踊っている。部屋は広く、自由に動いても支障はない。部屋の空気が、子どもたちの熱気に満ちていく。


 「兄」の目がうれしそうに輝くのを風子は見逃さなかった。

「ほら、笑っているよ! 楽しいみたいだね」

 シュウも兄の喜びを感じていた。

(こんなに兄さんがうれしそうにしているのは初めてだ。やっぱり、みんなを連れてきてよかった)

 シュウは友だち四人に心から感謝した。

 額絵の三匹の小鬼たちの目がわずかに光ったことに気付いたのは、キキだけだった。


■深夜のダンス

 夜、月光がリョウの部屋に差し込んだ。額絵からゾロゾロと三匹の小鬼が現れた。

「いやあ、昼はすごかったねえ、兄ちゃん」

「うん、ものすごくきれいな声だった。おもわず絵から飛び出しそうになっちゃったよ」

「そうだな」

「ねえねえ、あのきれいな女の子たち、シュウの友だちなんだって?」

「いいなあ。ガッコーってすごく楽しそうだ。リョウも行きたくなっちゃったろ?」


 月光を浴びて、リョウが変身した。小さなトラネコだ。リョウも興奮していた。

「シュウはいいなあ。あの子たちと一緒だなんて」と、一番年下の青フンドシが言った。

「あの子たちのところに行ってみたいな」と兄たちに期待の目を向ける。

「オレもだ。兄ちゃん、行ってきてもいいかい?」と、赤フンドシが同意する。

「そうだな。オレも行きたいよ」と、長兄の虎フンドシが身を乗り出した。

 即座に、青フンドシが言った。

「ダメ! いつもいつもボクばっかり留守番なんだから、今夜ぐらいボクに行かせてよ!」


 結局、虎フンドシが残り、ネズミの姿になった赤フンドシと青フンドシを背に乗せて、トラネコ姿のリョウは勢いよく飛び出した。窓から木を伝って降りるのはお手のものだ。だが、走り出してハタと困った。この広い城のいったいどこにいる?


 トラネコの姿で動けるようになってこの城を訪れたのは今回が初めて。城内の地図はさっぱりわからない。あの子たちのそばには、ネコとイヌがいた。その臭いをたどるか? だが、リョウの鼻はそれほど利かないらしい。灯りが付いている三階にいるようだとの目星はついたが、三階だけでもいくつも部屋がある。


 突然、向こうに白いものが見えた。手招きしている。おそるおそる近づくと、昼間のネコだった。

「おい、おまえ。何者だ?」と白いネコが尋ねた。

「ボクはリョウ。向こうの城から来たんだ」

「背中にしょっとるのは小鬼のようじゃの」

「うん」

「昼間、あの子どもの部屋にかかっておった額絵の小鬼か? 一匹足らんようじゃが」

「うん。兄ちゃんは留守番している」と、青フンドシが答えた。

「そうか、で、何をしにきた? おまえさんはここの孫だろう。コソコソする必要なんぞなかろう」


 白ネコが問いただすように尋ねても、小さなトラネコはビビりもしない。

「このことは誰も知らないんだ。ボクは、月が出ているときしか動けない。それに、こんなネコの姿にしかなれない」

「こんなとはなんじゃ。ネコとしてはなかなか立派じゃぞ」とキキが褒めた。

「ホント?」

「ああ」

「ところで、あなたはダレ?」

「わしか? わしはキキという名じゃ。ルルのところで飼われておる」

「ボクと話せるのは、あなたがネコだから?」

「そうとも言えるが、違うとも言えるぞ」

「どういうことなの?」

「おまえは人間じゃ、わしももとは人間なんじゃ。わけあってこの姿になっておる。だから、人間の言葉で話ができておるというわけじゃ」

「そうなの。ここに来たのはね、あの子たちに会いたかったからなんだ。シュウの友だちたち」

「風子やルルのことか?」

「うん、そうだよ!」

「じゃが、いまはもう夜の十時じゃぞ。良い子はみんな寝ておる時間じゃ」

「そうなの。……じゃ、会えないんだね……」

「まあ、せっかく来たことじゃし、起きとるかどうかくらいは確認してやろう。じゃが、会えたとしても、驚かせたり、悪さはするなよ」

「わかった!」

「そこの小鬼どももじゃ」

「はーい!」


 女子四人衆がお菓子をつまんでいると、ドアからのっそりキキが入ってきた。いきなり、アイリのそばのモモがウーッと吠えた。

「どうした? モモ」

 よく見ると、キキの後ろに別のネコがいる。亜麻茶色をしたトラ模様の子ネコだ。なぜか、二匹のネズミを背中にしょっている。


「あれ、キキ。その子たち、どうしたの?」と風子が近づいて、トラネコを抱き上げた。ネズミたちも抱っこしてくれとばかり、風子の足にすがりつく。

「この城のネコか? だが、ネズミとそろってお出ましとはビックリだな」と言いながら、ルルが二匹のネズミのしっぽをつまみ上げた。ネズミたちがジタバタする。

「ほら、この子、とってもかわいい」と、風子がトラネコをみんなに見せる。

「そうか?」とアイリは関心なさげだ。風子はトラネコをリクに見せた。リクが優し気に手でトラネコの背を撫で、「かわいい」とつぶやいている。ルルはネズミを振り回した。風子があわてて止める。

「やめてよ。そんなことしたら、目が回っちゃう!」

「じゃあ、おまえが世話しな」と言って、ルルはネズミ二匹をポンと風子に投げ渡した。すでにネズミたちは目を回しているようだ。風子が一生懸命、背を撫でると、どうやら正気に戻ったようだった。


 部屋には菓子と飲み物が散乱していた。風子の手から降りたネズミたちが、菓子に鼻面をつける。リクに、「これがほしいの?」と問われ、ネズミたちは思わず頷いた。小さな手でクッキーをつまみ、カリカリとかじり始める。トラネコはリクの膝から降り、室内を探検し始めた。

(見たことがないものばっかりだ)


 リョウは、同世代の女子の持ち物などまったく知らなかった。奥に二つずつベッドのある部屋があった。ドアは開けっ放しで、奥に見える四つのベッドはまったくバラバラのありさまだった。一つはきちんと整理され、一つは衣服や髪飾りが散乱し、一つはイヌグッズがあふれ、一つはやたら子どもっぽいノートが何冊も置かれている。

 やがて、ルルが歌いだし、風子とアイリが踊り始めた。リクはじっとしている。風子はトラネコの手を取り、アイリはモモとダンスをしている。ネズミたちは怖さ覚悟でリクの肩に飛び乗った。リクはそれをどけもせず、しずかに座っている。キキはふあああとあくびして、リクの横で丸くなった。


 夜も更け、「またおいで!」と風子がトラネコたちに言った。トラネコはキキに近寄って、鼻をすり付けた。

(ありがとう!)

 リョウたちが部屋を出ると、部屋の電気が消え、みんな眠りについたようだ。


 リョウは感激していた。生まれて初めて、踊ったのだ。ネコの姿だったけれど。女の子の手まで握ってしまった。白い部屋に戻ったリョウと二匹の小鬼は、楽しすぎて、てんでばらばらに踊り続けている。虎フンドシが不機嫌に弟フンドシたちを蹴り上げる。

「なんでお前たちだけが楽しい思いをしてるんだよ」

「あの子たち、明日も来いって言ってたよ」

「そうだそうだ。なあ、リョウ、行くよな?」

「うん!」


 翌日、風子から聞いて、シュウは首をかしげた。

「トラネコ? この城でネコを飼っているなんて聞いてないけど、ノラネコならいそうだね。キュロス」

「はい、そうですね。ネズミはおそらくいっぱいいるでしょう」とキュロスが答えた。

 ノラの子ネコと仲良くなったお城のネズミ二匹。――風子のなかで結論がでた。

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