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Ⅻー4 エピローグ――「閉ざされた園」

 カトマール共和国の首都ルキア。その国立図書館で、レオンはいくつかの古文書を確認していた。ルナ神話と〈月の一族〉に関わる物語だ。


 古代ウル帝国もその後継であるカトマール帝国もシャンラ王国もそしてウル舎村も、ルナ神族にまつわる神話を創世神話として受け継いでいる。ただ、各国各文化に伝わる神話は、それぞれの国や部族に都合よく改変されており、原型に近いものがどれかは非常にわかりにくい。神話は文字化された時点で、その時の権力者の権力を正当化するために脚色され、都合が悪いことは捨てられる。したがって、神話の復元には、捨てられた情報が何かを突き止める必要がある。

 これに関しては、朱鷺要の分析が非常に役立った。彼は、世界中の神話や民話を収集し、いくつかに分類して、系統立てていた。彼によれば、ルナ神話は、他の系統の神話とは明らかに異なり、一個の閉鎖的グループをなしていた。広がっている地域も、かつてのウル帝国の最大版図に限られる。と言っても、古代ウル帝国は、古代文明の華であり、その版図は北半球の大陸東部のほぼ半分をカバーしていた。一方、ルナ古王国のルナ神殿は限られている。カトマール共和国東部に大神殿があるほかは、カトマールとシャンラ王国の国境地帯に集中している。


 朱鷺要の分類によれば、ルナ神話には大きく三つの特徴がある。

 第一は、天地開闢神話については国・部族ごとの差異が大きく、おそらくは後世の創作であって、原神話にはなかったと考えられること。

 第二は、創造神話につきものの生殖神話が乏しいにも関わらず、再生神話が一定数見られること。

 第三は、ひとと動物のキメラ神話と変身譚が多く、種の境界が非常に流動的であること。この第三の点に関する神話に、「閉ざされた園」を思わせる物語がいくつか含まれている。


 九孤族宗主たるリトの祖母とオロの叔母は、狐と豹に姿を変えて、シャンラ王国の王領である〈王の森〉に入った。満月の瞬間に、湖上に浮かび上がった神殿に入り、そのまま湖に沈んだという。スラの義兄マロがスラにもたせた鏡を通して、こちらの鏡に狐と豹の姿が見え続けている。二人の背後には美しい草原が広がり、さまざまな動物が見え隠れするらしい。

 これが、「閉ざされた園」だろう。マロによると、園では時空が歪むという。人からすれば、時が止まっているように感じられるとか。


 カイによれば、おそらくマロは古代に消えたミグル族の末裔。しかも、ミグルの神琴と思しき古楽器を奏でて「閉ざされた園」との連絡ができる。そのような力をもつ者は、ミグル最高の教導師以外に考えられない。

 古代ウル帝国のウル神殿に仕え、帝国が滅亡したときに、ウル神殿とともに全滅したという神殿の民――ミグル族。特別な楽器を用いて、神の声を聞いたという。ミグル族が強い関心を寄せる「水晶の神殿」は、〈水神殿〉と何らかの関わりをもつのかもしれない。


 レオンは詳細な地図を開いた。二人が姿を消した禁森〈王の森〉は地図に載っている。長辺二十キロあまりのほぼ長方形だ。しかし、湖は地図には掲載されていない。航空図でも衛星図でも湖は確認されない。カムイの情報によると、入った箇所から狐の足で一時間ほど駆けた場所。狐は時速五十キロほどで走る。道がないのでその半分の速度だとしても二十~三十キロの距離だ。どう考えても森を抜けてしまう。しかし、カムイはそれがほぼ森の真ん中であったと言っている。その森を実感に直せば、地図の規模のおよそ二倍。つまり、長辺四十キロほどの広大な方形の森になる。


 ハッとしてレオンはカトマールの地図に目を移した。大神殿を囲む森を含めた神域の大きさとほぼ同じだ。しかも、このまえ、〈月神殿〉と思しき遺跡があると推測した場所は、方形神域のほぼ中央、〈王の森〉にあらわれた「幻の湖」の場所に相当する。

 

 〈月神殿〉と〈王の森〉の「幻の湖」を直線で結び、それを一辺とする正三角形を描いてみると、もう一つの頂点は……天月本山!

 レオンは震えた。


 しかも、三角形の中心にあるのは、蓬莱群島が浮かぶ海だ。例のウル石墓がある無人島ではないか!

 その中心点から三角形の頂点に引いた線上には、ウル古領がある半島、新たなルナ神殿が見つかったミン国のラウ伯爵領、そして……〈蓮華〉がある。


 地図上では遠くに位置するそれぞれの神殿や遺跡、地区は、もし時空が歪むとすれば、どこかでつながっているかもしれない。

 レオンは、去年訪問したウル古領の神殿を思い出した。カイから聞いた「水晶の神殿」の姿は、ウル古領の神殿に似ているような気がする。ウル古領の神殿は、主に大理石で作られていたが、一部に水晶が使われており、ウル舎村長エファはそのことを誇りにしていた。


 エファは、古代ウル大帝国の帝位を世襲した祭祀一族たるウル第一柱の末裔。ウル教を奉じるウル第一柱が司るウル大神殿に仕えたのが、〈水の一族〉たるミグル族だ。ウル大帝国は滅び、ウル第一柱はミグル族を犠牲にして蓬莱本島に落ち延び、ウル舎村を建てた。だがこのとき、ウル第一柱の発祥の地であり、墓所を兼ねるウル古領だけは手放さなかった。

 ウル古領は大陸に流れ込む大河の中にある比較的大きな島で、古代の地殻変動で隆起した断崖絶壁と河の流れに守られてきた自然の要塞だ。どんなに河が溢れて、流域沿いに甚大な被害をもたらそうとも、ウル古領だけは河に飲み込まれず、最も安全な島と言われた。この島を欲しがる者は後を絶たなかったが、ウル舎村の精鋭兵に守られてきた。ウル古領の島に手を出す者には「大地の女神ウルの怒り」を受けるとの言い伝えものこされた。


 ウル神話では、ウル古領の神殿は、大地の女神ウルの祝福を受けた「花と生き物に満ち溢れた美しい楽園」につながる特別な神殿という。女神ウルは、月の天帝ルナの最愛の娘。女神ウルの求めに応じ、父帝ルナは、「楽園」では月に満ち欠けをせぬよう命じた。よって、月はつねに「楽園」を照らし続け、時は動かず、すべての者が至福のなかで過ごすという。

――「閉ざされた園」だ!

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