Ⅻー1 合宿が始まった! ――リト日記(6)
■白い花の下で
それは、スローモーションで撮られた映画のワンシーンのように美しかった。
朝靄の中、フリルのような白い花をつけたサルスベリの滑らかな幹に寄り添うように、白い影と黒い影がゆっくりと重なり合い、目を閉じ、口づけを交わした。白い影の腕が黒い影の腰をやわらかく抱きしめ、黒い影の指が白い影のほほをなぞる。そのまま時が止まる。
オレは動けなくなった。
――あれは、レオンと彪吾。
間違いない。遠目でもオレの目は確かだ。心を落ち着けて、オレは場を離れた。
なぜか、二人のそばには銀色の大きめの毛玉が寝そべっていた。シベリアンハスキーか? いや、少し違う。その毛玉が、気配を消したはずのオレをじっと見た。
――わおおおお、オオカミだ。
雲龍でも見たことがある。ただ、これほど見事な銀色の毛並みは初めてだ。銀狼は、ゆっくりとオレから視線を外して、ふたたび寝そべった。
しばらくこの館で暮らすよう言われて、昨夜、やってきた。そして、早朝、庭をめぐっていて、その場面に遭遇した。部屋に戻っても、何度も同じ場面がフラッシュバックする。テレビや映画のキスシーンは何度も見てきたが、生身の口づけの場面を見たのは初めてだった。口づけってどんなんだろ? オレのキス経験は、姪のカコからもらった「ほっぺにチュ」だけだもんな。
だけど、二人の姿はつくりもののシーンよりもはるかに美しく、はるかに自然で、はるかに感動的だった。オレの頭の中で、白い影がカイに、黒い影がオレに置き換えられる。その妄想にぶるりと震え、オレはベッドに突っ伏した。
■愛の会話
聞く気などなかったが、どんなに離れていてもオレには聞こえてしまう。二人をカイと自分に置き換えたいという潜在意識のなせるわざか――ついつい、二人の会話シーンを何度も再現してしまう。
――庭の奥に置かれたベンチに座り、レオンは彪吾に訊ねた。
「この銀狼を知っていたのですか?」
「うん。キミがいない間、時々散歩がてらキミの家に行っていたんだ」
やはり……とレオンは思った。ツネさんが言っていた「フラッと出かけた」先は、自分の家だった。
「この子がボクをじっと見ていた」
「怖くなかったのですか?」
「ううん。キミの家にいる子だもの。怖いはずないよ。それに、ボクが倒れそうになったときにも、この子が助けてくれたんだ。きっと、キミがこの子に頼んだんだろうと思った」
レオンはこの上なくやさしげなまなざしで、彪吾を見た。
彪吾が続けた。
「じつはね。十歳のとき、キミはボクに約束したんだ。銀狼の子どもをボクに見せてくれるって。天月の山で出会った友だちだって言ってた。だから、きっとこの子のことだろうと思ったんだ」
「そうだったのですか。……やはり、この銀狼はわたしの旧い友だちだったのですね」
銀狼がかすかに顔を上げ、レオンを見た。
彪吾はレオンの手を握りながら尋ねた。
「ねえ、レオン。聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「最初からボクのことが好きだったって言ったよね? なのに、どうしてボクを避け続けたの?」
レオンが微笑んだ。レオンが微笑むととてもよい香りがする。
「避けてはいなかったのですよ。むしろ、わたしはできるかぎりあなたの目に入るところにいようとしていたのです」
「え?」
彪吾は驚いた。どう考えてもレオンがそんな行動を取っていたとは思えない。
「でも、誘っても断るし、……一緒に食事もしてくれないし、……仕事が終わったらすぐいなくなっちゃうし、……一緒にいるときも目をあわせてくれないし、……仕事以外の話題は封じるし、……」
彪吾はレオンの塩対応を事細かく数え上げた。
レオンは苦笑しながら答えた。
「わたしは、自分に自信がなかったのです」
「自信?」
何事もひとよりはるかに秀でると衆目が一致するレオンが、自信がない……?
「ええ。わたしは自分が何者かわからなかった。からっぽだったのです。ラウ伯爵の遠縁で筆頭秘書という立場は、からっぽのわたしを隠すための鎧のようなもの。その鎧はとても重宝しました。だれもからっぽのわたしに気づく人はいなかった。けれども、あなたは違いました」
彪吾はわずかに高い位置にあるレオンを見上げた。レオンはそんな彪吾にやわらかなまなざしを向けた。
「あなたの音楽は鎧を突き抜け、溢れる水のようにからっぽのわたしの中に入り込んできました。あなたのまなざしは、鎧を破壊し、からっぽのわたしを他人に晒してしまうのです。だから、わたしはとても怖かった。でも、あなたへの恋しさは募るばかり。あなたに近寄らないように、でも、あなたに見てもらえるように、いつも努力していたのです。最初の映画の試写会のときも、わたしが選んだ場所は、あなたに気づいてもらえて、わたしからあなたがいちばんよく見える場所でした」
彪吾は思い出した。あのとき、彪吾はレオンを探し、すぐにその姿に気づいた。でも、かれは近寄ってこなかった。ふと閃いた。
「……ひょっとして、あの映画も今回のルナ・ミュージカルもレオンが企画したの?」
「ラウ伯爵に素案をお示ししました。でも、企画として決めたのは伯爵です」
「でも、ボクが断らなかったのはキミがいたからだよ。……あ、まさか、キミが関わらざるをえないような企画にしたわけ?」
「そうとまでは申しませんが、わたしの得意分野を発揮できる企画であったことはまちがいありません。あなたが引き受けるかどうか。あなたを前にしてわたしがどれほど緊張していたか、あなたはご存知なかったでしょうけれど……」
「うん。……知らなかった。だって、キミはまったく無表情だったもの。ボクはキミを間近に見て、ドキドキを隠すのにどれだけ苦労したか」
レオンはにっこりした。こんな笑顔を見せるなんて、これは反則だ。彪吾は体中の血が沸き立つように感じた。
「いまようやく、わたしは自分に血と肉があることを実感しています。あなたのそばでわたしは胸の高鳴りを隠す必要はありませんし、こうしてあなたの温かさをじかに感じることができるのですから」と言って、レオンは彪吾を抱きしめた。
「わたしが〈十歳のレオン〉でよかったと心からそう思います」
レオンの言葉が耳元に響く。長く秘めてきた狂おしいまでの愛を、レオンはいともさらりと告白する。彪吾はレオンの腕のなかで真っ赤になりながら喜びに打ち震えた。
■合宿
ダイニングにさわやかな朝陽が降り注いでいる。階段から一人、また一人と降りてくる。
「おはようごさいます」
レオンは、朝から乱れがない。そのそばをぴったりと彪吾がよりそっている。朝から人前で手をつなぐことにもためらいがない。
「おはようございます」
カイが、これまた乱れのない姿で現れた。カムイはやや眠そうだ。
いちばん最後にやってきたのが、オレだった。
「お、おはようございますっ!」
「おまえな。一番下っ端が一番遅くてどうすんじゃ?」と、カムイが偉そうにオレに説教する。
「おまえも下っ端じゃないかっ!」と、思わずオレはカムイにくってかかった。
みなが食卓につくと、ツネさんが給仕してまわった。温かいコーンポタージュスープ、焼き立てのパン、色とりどりのフレッシュな野菜サラダ、ふわふわのオムレツには無添加の自家製ハムと温野菜が添えてある。フレッシュフルーツジュースとミルク。そして最後は紅茶。
オレの目が点になった。アカデメイアに来てから、いや、日本にいたときも、こんな豪華な朝食など食べたことがない。
ふと正面を見ると、彪吾が茹でたニンジンをレオンの皿に移している。レオンは表情をくずさずにそれを食べる。今度はブロッコリーをレオンの皿に移そうとした。レオンが彪吾になにかをささやき、彪吾の皿のブロッコリーを半分に分けて、半分を自分の皿に移した。彪吾は下唇をちょっと突き出しながらも、残りのブロッコリーを食べている。
(なんだ? これは? オレはいったい何を見せられているんだ? 子どもが嫌いな食材を親に食べてもらっているのとまるで同じ光景じゃないか)
カイもカムイも、レオンと彪吾が寄り添う姿に何の反応も示さない。すでに承知だったのだろう。ツネさんなどはとてもうれしそうに二人を見守っている。
――そうだったのか!
遅く来た結果、二人の正面しか席がなく、そこに座った自分がバカだった。次からはもっと早く起きよう。オレはそう決意した。
■憧れの彼と合宿だ!
昨日から、ある種の「合宿」がはじまった。
ルナ大祭典が終わるまで、彪吾の家に、レオン、カイ、カムイそしてオレが同居することになった。同居といっても、もとはホテルだ、空き部屋はたくさんあり、寝泊りに不自由はない。しかも、食事はすべてツネさんが準備してくれると言う。
ばあちゃんがいなくなってから、あの小屋での生活はどうにも心細くてたまらなかった。このホテルは菜園の隣にある。もともと荷物はほとんどない。引っ越しはすぐできた。カムイがいるのはちょっとうざいが、なにより、カイがいるのだ! オレが申し出を断るはずがないじゃないか! おまけに家賃も光熱費もすべてタダ! 彪吾は太っ腹だ。まあ、年間の稼ぎは、オレら庶民とは二桁も三桁も違うだろう。
部屋を空き室にしているよりは、だれか使っている方が傷みにくいという。しかし、それは口実で、彪吾はレオンをそばに呼びたかったのだろう。見え見えだぞ。でも、ルナ資料を読み解くことがばあちゃんの救出にもつながるといわれたのでは、オレも頑張るしかない。
合宿の目的は、ルナ大祭典の準備だが、もう一つ、ルナ古文書の解読とルナ神話の再構成という重要な課題があった。オレの知識が期待されたらしい。そんな目的よりも、オレは、カイと一緒にいられるだけで舞い上がっている。あの美しい天月修士と一緒に食事をし、雑談もできるんだぞ。
レオンと彪吾は、しょっちゅう二人だけの世界を作る。あの白花のシーンが思い出され、思わず赤面しそうになる。だれとも付き合ったことのないオレとしては、こうした目の毒に慣れるのはなかなかむずかしい。一枚の美しい動く絵と思えば、目の保養にはなるけれど。オレとカイもあんな二人になりたい。……あの妄想を思い出すと身が震えるが、それはさすがに無理か。
オレが女子にもてなかったわけじゃない。中学も高校もバレンタインには学校一の数のチョコレートが届いた。全部、ばあちゃんとサキ姉にとられちゃったけど。告白もいっぱいされたぞ。オレが近寄りやすいお手軽男子だったからとは、あとで知ったけど……。
でも、どんなにきれいな子も、どんなに可愛い子も、カイにはかなわなかった。十歳の時にあんな美形を見てしまったのがオレの運のツキだ。これからもカイしか目に入らないだろう。でも、せっかくの合宿 なのに、告白どころか、近づけもしない。我ながら情けなくて涙が出るよ。
あーあ。それにしても、ばあちゃんとスラさんは大丈夫だろうか?
あの湖に消えてから、はや一カ月もたった。マロさんの鏡にときどき二人の姿が映るので、無事は確認できているが、心なしか、姿が薄くなっているような気がする。オロに言えば泣くだろうから、とても言えないけれど。
「合宿」が始まって初の週末。なんと、風子とアイリがモモを連れてやってきた。サキ姉まで一緒だ。サキ姉が預かっていたマイの資料は、すべてこの館に運び込まれたという。やや遅れて、オロとマロさんも来た。当然ながら、キキも一緒だ。
オロを見たカムイがビックリしていたが、なんでオロを知っているんだ? 〈王の森〉のときか? だけどあのときオロは部屋の隅に隠れていて、カムイとは顔をあわせていないはずだぞ。ともかく、カムイはオロに近づけなくて、オレに助けを求めて来たけど、ああまでオロがカムイを完全無視してるんじゃ、どうしようもない。しばらく我慢しろと言うと、めずらしくカムイが素直に頷いた。
レオンの指示で、オレたちは、三つのグループに分けられた。ルナ神話関係[リト・カムイ・レオン・彪吾]、ルナ古文書関係[風子・アイリ・カイ]、ルナ神殿関係[マロ・オロ・サキ]だ。一階ロビー中央に大テーブルが置かれて全体会議の場となり、一階の独立した三部屋がそれぞれの会議室兼資料室になった。
彪吾とレオンの配慮で、各部屋には大型ディスプレイが置かれ、各個人用のデスクには小型のディスプレイとキーボード、各人にはモバイルPCが手渡された。最新型の高級デスクチェアまで用意され、長時間の会議でも疲れない。資金源はレオンが管理するルナ大祭典予算の予定だったが、彪吾は自分が出すと譲らなかったらしい。結局彪吾に任せたら、妙に高級仕様になってしまった。彪吾曰く、「ルナ大祭典で自分に支払われる報酬も〈五月の歌〉の印税も、すべてこのルナ合宿に使ってもかまわない」――。レオンのためだろう。最新の〈五月の歌〉だって、すでにミリオンセラーになっている。印税だけでもざっと一億だろう。いやもう、レベルが違う。
三グループに分かれての初の会議。なんで、カイじゃなくて、カムイと一緒なんだよ! けれど、ルナ神話を父さんの理論に基づいて分析し、その神話の音楽を彪吾とレオンが検討し、カムイが四百年前の事情を説明して、整理の道筋を示す。それはワクワクする取り組みだった。彪吾とレオンが導き出した結論や推測には、みなが舌を巻いた。やはり只者ではない。
ついつい、彪吾とレオンのイチャイチャぶりが目に入る。さすがに、未成年の前では、手を握ったり、抱き合ったりは控えているようだ。まあ、風子とアイリとオロにはそんな配慮は不要かも――。風子は超鈍感だし、アイリはイヌ以外に興味がない。オロはナルシストで他人にほとんど興味がない。(なぜかオレにだけは寄ってくるけど……)
見ていると、彪吾がほとんど一方的にレオンに甘えている。レオンの包容力はすごい! オレもあんなふうにカイに頭を撫でてもらいたい。そう思っていたら、頭をはたかれた。サキ姉だ。
「なにをヘロッと見とれとるんだ。さっさと働け」
「いや……つい、うら(やましくて)……いや、めずらしくて」
「よ~く知っとけ。日本の常識は世界の非常識。いまどき、ゲイカップルも同性婚もめずらしくもなんともなかろう。あの二人がきれいなのはわかるが、見とれるのはほどほどにしとけ!」
サキ姉の物言いは、ばあちゃんそっくり。ばあちゃんがサキ姉を後継に考えていたのも納得だ。しかも、サキ姉の人間観察と毒舌は、教師になって数年、ますます磨きがかかってきた気がする。
予想外に役立っているのがアイリだ。風子にはもともと古文書を読む才能があるが、アイリはまたたくまにそれを覚えて、データ化していく。データ化するソフトまで開発してしまった。アイリたちの部屋がある四階の一室はアイリ専用のパソコン部屋になった。彪吾は何百万もするコンピューターをサラッと買い与え、コンピューター管理専用の空調まで整備した。
さらに、アイリは、新しい実験室も作ってもらい、カイのくちびるの動きに沿って音が出る装置も開発した。声音はレオンの声を少し若くしたもので、とても聞き心地がいい。おまけに、いつのまにか、マロさんの改良義足まで作ってしまった。いまや、マロさんは昔と同じように自由に動くことができる。アイリはモモ一筋の偏屈だと思っていたが、違ったようだ。アカデメイア一の天才科学者という呼び名はウソではなかった。
アイリが蓄積したデータから、関連や意味を見つけるのがカイだ。カイもやはりすごい。だてに〈銀麗月〉を名乗っているわけではない。だが、オレとしては複雑だ。カイの力を知れば知るほど、カイが遠くなっていく……。
ルナ神殿グループは一番切実だ。家族の命がかかっているのだから。レオンが分析したルナ神話の「閉ざされた園」の物語をもとに、園のイメージをつくっている。いままでにマロさんの鏡で見えていた光景も取り入れて、バーチャルな園を作っているらしい。驚いた。サキ姉にそんな才能があったなんて。何より、オロは今まで鏡で見た光景を寸分たがわず、再現できるという。オロの記憶力は驚異的だが、いやもう超人の域だ。
おまけに、オロははじめてパソコンをさわって、その面白さと便利さに目覚めたらしい。なにかあるとオレに聞きにくるが、一度教えたことは忘れない。必要なものは何でもツネさんが買ってくれるので、どんどんパソコンゲームを仕入れている。ゲームをさせるとすぐに最高得点を出してしまうため、次から次へとソフトが必要なのだ。遊んでいるのかとおもいきや、そうではなく、パソコンゲームでコンピューターグラフィックスの見本を学び、それを「閉ざされた園」作りのヒントにしているらしい。
■ウル帝国ゲームだぞ!
オロが一番気に入ったのは、オレも大好きなウル帝国ゲームだ。ゲームとしては古典だが、後継版がいくつか出ている。最新版は今年出たばかりだ。でも一番いいのは、最初のものだ。歴史をふまえた世界観があり、キャラクターが活きている。特に主人公のキャラがいい。
二人で画面に見入っていると、後ろを彪吾が通りかかった。
「あれ? そのゲーム、まだあるんだね」
彪吾はそう言って、レオンを呼んだ。
ゾワッ。
背後で二人のイチャツキを感じるのかと覚悟すると、彪吾がレオンに言った。
「ねえねえ、レオン。これ見てよ。あの映画のゲームだよね?」
「そうですね」
――そういえば、このゲームの元になった映画の音楽は「レオ」の曲だった。
「うわあ、なつかしいなあ。ほら、この主人公のキャラはレオンがモデルだったよね」
――おおっ! たしかに、レオンを少年にしたらこんな感じかも。
「映画もゲームもレオンの発案だったものね。キミが企画したからゲームまで大ヒットした」
彪吾がうれしそうにレオンの手を取ろうとして、思いとどまった。オロの目を気にしたのだろう。そんなことより、オレは別のことに驚いてしまった。
――うそお! ゲームの世界を変えたと言われるこの名作ゲームの企画者がレオン⁉
うれしそうな彪吾をやさしげに見るレオンの後ろ姿を、オレは呆然と眺めた。そして、気が付いたら二人を追いかけていた。
「あの、あの!」
レオンが振り向いた。
「どうしたのですか?」
驚きと期待でオレの顔が奇妙に歪んでいたのかもしれない。
「あの。今回のルナ大祭典のミュージカルもゲームにするんですか?」
彪吾とレオンは顔を見合わせた。
「そこまでまだ考えてなかったけど……」と彪吾が言った。
オレは急き込むようにまくしたてた。
「オレ……いや、ボクをぜひゲームのプロジェクトに入れてください!」と、彪吾の腕をとると、「は……?」と、彪吾がポカンとした。
こんなときはレオンに頼むに限る。
「子どもの時からの悲願なんですっ!」
レオンは、いつもの冷ややかな目でオレの手を彪吾の腕から外し、こう告げた。
「いい案です。考えてみましょう」
オレは舞い上がらんばかりに喜んだ。ルンルン気分でスキップを踏みながら部屋に戻る途中、サキ姉がボソッと言った。
「おい、リト。気やすく九鬼彪吾に触れん方がいい」
「え?」
「レオンの目が凍っていたぞ」
ゾクッ!
彪吾が一方的にレオンにメロメロなんだと思っていたが、違うのか。
振り返ると、レオンは彪吾の腕を取り、オレがつかんだ箇所を自分の手でササッと拭いていた。まるで汚れを振り払うかのように。オレの全身の力が抜けた。
ツネさんが用意してくれるランチも茶菓子も最高だった。彪吾は毎日、これを食べて暮らしてきたのか。そりゃ、グルメになるよな。タダメシ大好きのアイリは、黙々と食べている。食べる量も半端ない。でも、いくらお代わりをしても、ツネさんのキッチンには「これでおしまい」がないんだ。信じられない。
モモにはツネさん特製わんわんランチが用意された。キキには老ネコ用の食事だ。食事が終わると、モモもキキも窓際のソファで日向ぼっこ。なんと優雅なイヌとネコだ。
なぜか、キキはカムイと気が合うようだ。ちょっと前、カラス姿のカムイとキキがこっそり酒を飲んでいるのを見かけたぞ。さすがに、カラスとネコに酒はまずいだろう。でも、考えれば、カムイは三足カラス。しかも四百歳だ。カムイもキキも人智を超えた存在かもしれん。カイに告げ口するのはやめておこう。
休憩時間になると、やたらとオロがなついてくる。いや、オレがなつきたいのはカイだよ! オレは、なんとかオロを振り切って、カイに近づこうとするが、なぜかいつもカムイに阻止される。食事のときも、カムイが妙にカイをオレからガードする。
――なんでだあ!?
一方、オロとオレの間にはいつもキキが割り込んでくる。キキは風子がお気に入りのようで、しょっちゅう風子に撫でられに行っている。オロがキキを抱きにいくと、キキはふんばって風子から離れまいとする。結果、オロと風子の間に満足そうなキキが鎮座する。
結局、オレはカイに近づけず、オロはオレに近づけない。目の前ではレオンと彪吾が寄り添って甘い雰囲気をかもしだす。アイリはモモ以外眼中にない。マロさんはいつも一人でコーヒーを飲んでいる。
空いているのは、オレとサキ姉だけ。とどのつまり、オレは休憩時間もほとんど休めず、サキ姉にこき使われている。




