Ⅺー6 エピローグ――キキをめぐるオロとルル
【これまでの話から】シャンラの〈王の森〉で「湖に浮かぶ水晶の神殿」を見た者がいるという。ばあちゃんとともに、サキたちは森のそばにあるひなびた温泉宿へ。満月にあわせて、ばあちゃん狐とスラ豹が森に入る。だが、ふたりは神殿とともに湖に消えた。
〈王の森〉に月が昇った。
何を気にしているのか。オロが宿の隅に隠れるように身を潜めている。ばあちゃんはお気に入りのオロを見かけて喜んでいたが、さすがに今夜は演歌を所望しない。
――従姉妹のルルは急用で参加できなくなったんだって?
リトは、そうオロに声をかけようとして、ハッと足を止めた。オロはしっかりキキを抱いている。〈ムーサ〉でのルルの姿を思わせた。
〈ムーサ〉では、ルルは無邪気にリトにまとわりつく。小屋でばあちゃんのために演歌を歌うオロもまた何かとリトに視線を向ける。だが、〈王の森〉のそばの宿では、オロはリトからも身を隠すように縮こまっている。
――何かへンだ!
キキだけは変わらずしっかり抱き上げて、何かあるとキキの白い毛に顔を埋めようとする。
向こうで、風子がじっとオロを見ている。そんな風子とオロをシュウが心配そうに見つめている。二人の視線をオロは必死で避けている。
――やっぱり、へンだ。
とうとう風子がオロに近づいた。シュウの目がメラメラと嫉妬に燃えている。
聞こえてきたのは、リュックの話題。なんだ、それ?
風子がおずおずと少年に尋ねた。
「ねえ。リュック、覚えてる?」
黒い目、黒い髪の美少年は、物憂げな瞳をあげた。
「は? リュック?」
「うん。事故に遭ったときの空港バスでリュックを取り違えたんじゃないかな?」
思い出した。
――あの幼稚な中身。風子のものだったのか?
納得だ。では、探し求めたオレのリュックは風子の手元にあるのか? あの絵も?
「ああ。あの時のリュックか。おまえ、持ってるの?」
「うん。家に置いてる。あなたもちゃんと持ってる?」
「も、もちろんさ」(……画用紙と鉛筆を少しばかり失敬したけど)
風子の笑顔が満開になった。
「うわああ! よかったああ! ねえ、この旅行から戻ったら、すぐに交換しようね!」
風子が少年の手を取り、ピョンピョン跳ねている。シュウのきれいな目が、さらにジトッと歪んだ。
「あ、ああ……」(やっぱり、こいつは、天然だな)
シュウが二人に近づいてきた。オロは気づかれたかと、身を固くした。
「風子、もう終わった?」
「ん?」
「あっちに行こうよ。キュロスがおいしいお菓子を持ってきてるよ」
「うわああ! ホント? ねえ、あなたも一緒にどう?」
キュロスの菓子……喉から手が出るほどほしい! でも、きっとルルだと気づかれる。
「……いや、オレはいいよ。こっちで父さんと話があるから」
「あ、そう! じゃ!」
シュウはうれしそうに風子の手を引いて去っていった。
しばらくして、キュロスがオロにも菓子を届けてきた。やっぱり、気配りの人キュロスだ。菓子は最高においしかった。
でも、スラ姉が心配だ。父さんは、満月の下で、森に向けて琴を奏でている。
――あれは、神琴のはず。
月明かりしかない庭で、あの琴がシャンラ王室秘宝と同じものだと気づく者はいるまい。だが、オロは、違和感を覚えた。神琴を取り戻した日に奏でた音とは微妙に響き方が違う。
マロが手にしてるのは、擬弦を張った神琴だった。むろん、オロはそのことを知らない。
そばで、サキとカイとリトが森を見つめる。ばあちゃんとスラの命がかかっている。菓子どころではない。
キュロスは、そんな大人たちと子どもたちの間に立ち、目配りを忘れない。サキに脅されたムトウは怖がって、さっさと部屋に戻った。今頃、布団をかぶって震えているだろう。ジェシン一人が、能天気ぶりを発揮し、菓子をつまんだり、琴を聴きにきたり……。その小うるささに、サキが切れた。
サキは、ジェシンの腹に一発肘鉄を食らわした。ジェシンが地面の上に伸びた。静かになった宿の庭で、月が静かに西へと傾いていく。
数日後、リトが住む小屋でオロと風子が落ち合った。リュックを交換するためだ。いつものように、モモを抱いたアイリも一緒だ。ばあちゃんのいない小屋はガランとして寂しい。
オロと風子はリュックの中身を出し合って確認した。大事なスケッチブックは健在だ。オロが気にしていた落書きペーパーも入っている。
「ねえ、あなた。ルルの従兄弟ってホント?」
「まあ……そうだ」
「じゃあ、友だちだね。ルルはわたしたちの友だちだから、あなたも友だち! わたしは風子、こっちはアイリ、あなたは? 名前はなんていうの?」
「……オロ」
「オロ! どうぞよろしくね!」
オロは面食らった。風子はホントに屈託がない。
スケッチブックをリュックに詰めようとしたとき、キキがドサッとスケッチブックの上に寝そべった。
(このスケッチブックがわしから離れたら、戻るところがなくなっちまう!)
押しても、引いても、キキがどかない。
「おい、風子。そのデブネコ、そのスケッチブックがえらくお気に入りのようだぞ」
アイリの言葉に、風子が戸惑いながら頷いた。
「どうしよう……」
「しばらくオレが預かっとくよ。キキがこんなに執着するのはめずらしい」
オロもキキの抵抗に手を焼いている。
風子は、スケッチブックの上に寝そべるキキを見た。キキが風子に頷いた(気がする)。
「わかった……」
ともかくスケッチブックの在処はわかったのだ。何かあれば取り戻せばいい。
――いまはひとりじゃない。
アイリもルルもリクもモモもいる。スケッチブックの大ばあちゃんに語りかけなくても寂しくはない。
リトはどうにも気になった。オロとキキ、ルルとキキ……。キキを介して、オロとルルの姿が重なった。
――まさか……?
次から、第十二章「櫻館で合宿だ!」に入ります。十五歳たちがモフモフたちと一緒に櫻館に集結します。




