Ⅺー5 通い合うこころ
【これまでの話から】レオンは〈天月の子〉で、カイをも上回る異能者だった。しかも、カトマール皇子であり、滅ぼされた香華族の血を色濃く引くようだ。だが、レオンはみずから記憶と異能を封印したらしい。天月の滝の禁書室に隠されたレオンの譜面――禁書室そのものが「時空の歪み」に囚われていた。
■夕景
彪吾の顔がパッとほころんだ。レオンからの電話だった。明日、夕景を見に行こうという。この前、彪吾がフィナーレに近い場面の曲作りに悩んでいるとふとこぼしたことを覚えていたらしい。
二人で待ちあわせて車で遠出するなど初めてだ。人生初のお出かけデートだ!
それからの彪吾はたいへんだった。着ていく服、持っていくもの、靴、会ったときの最初の言葉。ベッドやソファの上に投げ出された何点もの服を、ツネさんが見かねたようにハンガーにかけ直していく。
「これがよろしゅうございますよ。若さまの華やかなお顔にはシンプルなお洋服が一番お似合いです」
結局、ツネさんの言葉が決め手になった。ゆったりしたしなやかなリネンの生成りシャツと、黒い細身のパンツ。首にはプラチナの細めのネックレス。そして黒のアンクルブーツ。鏡の中の自分の姿に一瞬見惚れたが、レオンはどう思うだろう。髪は、朝、ツネさんが念入りにセットしてくれた。ゆるくカーブした前髪が一部ひたいにかかり、いつもと違って何となくワイルドで色っぽい。
彪吾が顔出しした後、男女こもごもの合同秘書室が騒がしい。
「九鬼先生、今日、むちゃくちゃかっこよくありません?」
「うんうん。そう思う。まるでモデルだね」
「ただでさえ素敵なのに、今日はオーラが全開ですう!」
「ああ、眼福、眼福!」
夕方、レオンがやってきたときには、秘書室の声は一層高まった。ミュージカルの曲作りがほぼ終わり、この二ヶ月ほどレオンは別の業務の担当となって彪吾の研究室からは遠ざかっていた。
「レオンさままでお越しになるなんて」
「はじめて見る服だ。新しいスーツをあつらえたのかな」
「今日は一段と素敵ですう」
「さすが、アカデメイア一の美男子と言われるだけのことはありますわね」
約束通りの時間に、レオンは彪吾の部屋をノックした。
「どうぞ」
ドアを開けて、レオンは思わず絶句した。まるでモデルのような美青年がそこにいた。彼は心持ち頬を染めて、うれしそうに彪吾を迎える。
――こんな姿で講義したら、学生たちが騒いで彪吾に群がるだろう。
夏季休暇中でよかったとレオンはつくづく思った。
「ボク、ヘン?」
黙ってしまったレオンの顔を覗き込むように、彪吾が尋ねた。
「……いえ、とてもお似合いです」
「よかったあ! ツネさんが見繕ってくれたんだ。もっと派手なのもあるよ」
「……あの、それはやめた方がよろしいかと」
「どうして?」
「そのようなお姿で講義すると、おそらく教室が大騒ぎになります」
「そうなの? そんなにヘンかな?」
彪吾は自分の服を見直した。
「いえ、そういうことではなく。……何と言えばよいか。……あなたの周りに学生が集まり、授業に支障がでるのではないでしょうか?」
「そうかな? ……たかが服くらいで授業ができなくなっちゃうの?」
「いえ。……学生が浮足立つことが問題なのです」
「どうして浮足立つの?」
レオンは頭を抱えたくなった。彪吾はまったく事態を理解していない。
「……あなたの人気がさらに上がるという意味です」
「だったら、別にいいんじゃない? 最近の大学は、授業アンケートっていう人気投票みたいなものがあるし」
授業アンケートは人気投票じゃない。いや、そういう側面もあるが、……そんなことが問題なのではない。今日の装いは、彼の美しさをいつも以上に引き立てている。それが問題なのだ。
彪吾は十歳から二十代半ばまでほぼ引きこもり状態だった上、映画の仕事以降もほとんどレオン以外と話したことがないせいか、まったく世間ずれしていない。長いまつげのくっきりした目元と品の良い端麗な顔立ち、色白のすんなりした身体をもつ自分の容姿がいかに人を惹きつけるかをまったく自覚していない。レオンはため息を漏らしそうになった自分を律した。
せっかく頑張ったおしゃれを否定されたと思ったのだろう。再びのレオンの沈黙に、彪吾が気落ちしたようにつぶやいた。
「わかった。……二度と着ない」
「いえ。わたしと二人の時であれば問題ありません」
思わずそう言ったレオンの顔が微妙にひきつった。彪吾が一瞬キョトンとして、そして、笑い出した。
「まさか、妬いてるの?」と言いながら、彪吾はレオンに飛びついた。
「初めて見たよ、レオンのそんな顔! うれしいな!」
レオンは即座に表情を整え、感情を押し殺した声でこう言った。
「これもやめた方がよろしいと思います。研究室といえども、大学では私的な関係を控えるべきかと……」
彪吾はクスクスと笑った。そう言うレオンの手はしっかりと彪吾を抱きしめている。
「うん、わかった。家の外では他人のふりをするね。学生の前でも気をつける」
他人のふり――。レオンはどう答えればよいかわからなくなったようだ。彪吾はいたずらっぽく言った。
「もっと二人だけの時間を作ってほしいな。でないと、人前でキミに抱きついちゃいそうだ」
レオンの耳先がほんのり赤くなった。純情なのはどちらだ。レオンの腕の中で、彪吾はくっくっくと笑いを止めない。
二人が連れ立って廊下を歩くと、秘書室の興奮が頂点に達した。「推し」たちの久々のツーショットに感激が止まらない。
「あのお二人の並ぶ姿を見られるなんて」
「なんてラッキー」
「なんと麗しいお二人」
「でも、ヘンだよ。九鬼先生の姿があまり見えない」
「ほんとですね。なぜなんでしょう?」
秘書室の面々は気づかなかった。秘書室の前では、レオンが彪吾を隠すように歩いていたことを。
建物の玄関に向かう途中で、彪吾に声がかかった。
「九鬼先生。あの……課題を提出しに来たのですが」
清楚な印象の女子学生だった。特別選考で入ってきたアリエル・コムだ。心持ち頬を染めている。彪吾は足を止めて、ニコッとしながら彼女に言った。
「ああ、キミか。秘書室に提出しておいて」
「はい」
女子学生が顔を上げたときには、彪吾の後姿しか見えなかった。隣は、噂に聞く美青年――ミュージカルのスポンサーたるラウ財団の筆頭秘書だろう。彼女は、彪吾の姿が見えなくなるまで玄関ホールに佇んだ。
「あの学生は?」
レオンの問いに、彪吾は屈託なく答えた。
「音楽学部で成績トップの学生だ。ルルくんと同じ特別選考で入学した子でね。作曲専攻で非常に熱心なんだ。課題に出した曲を早々とつくってしょっちゅう相談に来る。豊かな才能を持ってるから、教師としては将来が楽しみだ」
「そうですか……」
あの女子学生の目にチラリと炎がともった気がする。
彪吾は無邪気で無防備だ。あんな風に笑顔を向ければ誤解する者もいることにちっとも気づいていない。レオンは、再び漏らしそうになったため息を呑みこんだ。
高速を抜け、小さな島の高台に向かう。
普段の生活にはさほど贅沢をしないレオンだが、要人に会うことが多いため、衣服は高級なものをあつらえており、小物も高級品だ。賓客を出迎える前には必ずラウ伯爵から洋服や小物のプレゼントが届く。筆頭秘書のセンスはラウの沽券にかかわるからだ。
だが、今日のスーツや小物はすべて自分であつらえたものだ。いつか彪吾と出かけることを期待しながら、すこしずつ準備してきた。
要人の送り迎えもするため、レクサスの最高級セダンを使っている。これも、恥ずかしくないようにと、ラウ伯爵から私用と業務の兼用として贈られたもので、特に後部座席は賓客用のしつらえだ。ラウを乗せることもある。彪吾はこれまではゲスト扱いで後部座席に座ってきたが、今日は初めて助手席のドアを開けてくれた。もうそれだけでドキドキだ。
レオンの運転は安定していて、ムリをしない。初デートの助手席は、車窓から見える景色がいつもとまるで違う。運転するレオンに声をかけていいものかどうかもわからない。微妙な沈黙に彪吾は緊張した。
レオンが音楽をかけてくれた。最初の映画で彪吾が作った曲だ。それをきっかけに今度のミュージカルの話になるともう止まらない。レオンは適度に相づちをうちながら、彪吾の思いを聞いてくれた。
目的地に着く頃には、日が傾き始めていた。ウル石墓が残る小さな無人島の頂上にいる。
「すごいなあ……」
彪吾が夕陽を全身に浴びて、感嘆の言葉を漏らした。遠く西に連なる大陸の山脈が幾重にも紅くかすみ、その前に紺碧の海が広がる。
「蓬莱群島では、この場所から見る夕景がもっともきれいなのです」
「へええ。知らなかった。でもだれもいないね。こんなにきれいなのに」
レオンのことだ。彪吾を誘って、普通の観光スポットなどに出向くはずがない。おそらく何らかの形でリサーチしたのだろう。
やがて日が沈み、空が真っ赤に焼け、海もまた朱く染まった。しだいにその鮮やかさが消えていき、漆黒の闇に覆われる。振り返ると、東の空に清冽な銀月が輝いていた。
「ルナ神話の月神殿の場所に似たところを探したのです。ルナ神話は、基本的に月をあがめるものです。東西に視界が開ける場所で、日と月の入れ替わりに古代の人は何をみたのでしょうか」
レオンの隣にたち、彪吾は彼の手を握った。月光を浴びるレオンの横顔は思わず涙ぐむほど美しい。彪吾はレオンの肩に頭を預けた。レオンが彪吾の肩を抱き寄せる。彪吾の心臓はバクバクと激しく動いた。
レオンが彪吾の髪にそっと口づけた。
彪吾が帰りたくないと駄々をこねる。
「イヤだ。また離ればなれになる。ここならずっと一緒にいられる」
「でも、おなかがすいてきたでしょう? ツネさんが温かい夕食を作って待ってくれていますよ」
「……それでもイヤだ」
すねてふくれる彪吾の頬をつんとつき、レオンは車を発進させた。
「わたしもご一緒します。それならば問題ないでしょう?」
「レオンも来るの?」
「はい。ゲストルームもツネさんが用意してくださっているはずです」
とたんに彪吾の機嫌がよくなった。
■レオンの提案
広い屋敷の大きなダイニングテーブルで、ラウ伯爵は、いつも通り、一人で夕食を取っていた。高級食材を使ったフランス料理だ。彼一人のために専属の料理人が作ったもので、ラウの肥えた舌を満足させるのに十分なレベルだ。ふと手を止めた。今頃、レオンは櫻館にいるのだろう。弁当を作ってくれたという女性が、きっと二人のために夕食も作っているに違いない。とたんに食欲が失せた。
どれほど食事に誘っても、レオンは丁寧に断り、ラウと二人で夕食を取ったことはない。旅先でもだ。食事の手配は完璧にこなすが、本人は決して同席しない。そうなったのにはラウにも責任があるので、強くは言えない。
レオンが秘書室に配属になったばかりの頃、ラウは「遠縁の美青年レオン」を自慢したくて、しょっちゅうレオンを会食に同席させた。客は男性であれ、女性であれ、美しいレオンを見て喜んだ。レオンは決して愛想も酌もしなかったが、そこに座っているだけで華になり、座が弾むのだ。見世物同然の扱いを受けて、レオンが快く思っていたはずはない。
ある日、事件が起きた。客の一人がレオンに言い寄ったのだ。よくあることだったが、いつもはレオンがスルリとかわし、ラウが後をフォローするので、大事になったことはなかった。しかし、そのときは相手が悪かった。シャンラ王国の男性王族だったからだ。レオンが冷たく拒否すると、相手は逆上した。部下を使ってレオンを拉致し、レイプしようとした。ラウが血相を変えて部下を総動員し、すんでのところでレオンは脱出して事なきを得たが、相手は収まらない。レオンとラウに言いがかりをつけ、事業の中止を迫ってきた。このまま中止となれば、ラウ財団には莫大な損害が出る。だが、ラウは毅然として、事業の中止に応じた。そして、相手を法的に訴えたのだ。
「性暴力を犯す人物とはけっして取引しない」
ラウは、内外にこう宣言した。そして、財団内でもハラスメント防止を徹底し、性暴力とハラスメントの加害行為が認定された者に対して、厳しい処分を行うようになった。すると、#Me Tooの洗礼を受けていた優秀な女性たちが財団をやめずに残るようになった。さらに若い世代が財団の経営を信じるようになった。総帥ラウ伯爵の姿勢が内部でも高い信頼を得ることになったのである。
当時のシャンラ王国では国王も女王も即位したばかりでまだ若く、王室の重鎮を御するに至らなかった。そこで、先の女王が仲裁に入った。現国王の伯母であり養母でもあるキハ女王だ。事実を確認した後、キハ女王はその王族に蟄居を申し渡し、すべての公職を解いた。ラウとレオンに正式に謝罪し、事業の継続を約束したのである。レオンはラウに深く感謝した。これ以降、ラウはレオンを会食に同席させることはなくなり、レオンもまた誰ともいっさいの夕食に応じなくなった。
そのレオンが、彪吾と夕食を取っているとは。……ラウは先日のレオンの提案を思い出していた。
「ルナ大祭典を成功させるために、ルナ文書の解読を進めたいと思います。月神殿が発掘されたときにも必ず役に立つでしょう。そこで、何人かの専門家にチームを組ませ、ある種の合宿を行いたいのですが、いかがでしょうか?」
「いいね。具体的には?」
「天月のカイ修士に協力をいただいて、三つほどのチームを作ります。そのうちの核となるメンバーには櫻館にしばらく逗留していただき、集中的に作業をしていただこうと考えております」
「櫻館? 九鬼くんの家だね?」
「そうです」
「もとホテルだし、部屋はいっぱい空いているということか?」
「はい」
「……キミは?」
「わたしもしばらく櫻館に滞在します。平日の日中はずっと伯爵のもとでお仕えしますので、仕事にはいっさい支障はでません」
「ふむ……」
レオンの申し出は巧妙だった。ラウにはいっさい損にならず、ラウの不満も払拭するものだった。
ラウは他人の私生活に干渉する気はない。必要なときにレオンがそばにいないのが不満だっただけだ。いつもラウのそばに仕えるのであれば、オフの時間に何をしようが関与する気はない。……ないはずだったが、レオンと彪吾が並ぶ姿を思い浮かべると、なぜか心がザワザワする。
ラウは、不安な気持ちを抑えるべく、別の角度から考えてみた。レオンと彪吾のツーショットともなれば、マスコミの格好のエサになるのは目に見えている。かつて〈十歳のレオン〉をねらった者がレオンに気づく恐れもある。いずれもまずい。いま二人が動きにくくなると、ルナ大祭典に支障が出るのは明白だ。レオンは慎重だが、彪吾は無防備だ。あからさまな嫉妬も見せる。
だが、櫻館の中に二人の関係を閉じ込めておけば、かえって都合が良いかもしれない。何人もが滞在すれば、レオンの逗留を疑問に思う者はいまい。レオンもそう考えたのだろう。マスコミからも、姿の見えないレオンの「敵」からも彪吾を守るために案出した苦肉の策に違いない。天月修士、いや〈銀麗月〉がそばにいれば、天月は絶対に手を出せまい。櫻館と彪吾の安全は保障されたも同然だ。そして、あのカイが協力するほど、ルナ文書の解読には絶好のメンバー構成なのだろう。
――〈銀麗月〉まで味方につけたか。
さすがレオンだと内心で舌を巻きつつも、やはりモヤモヤした思いが晴れない。だが、その程度でラウの美学は揺るがない。表面上は平静を保ち、ラウは申し出を受け入れた。
■月光に包まれた夜
二人の夕食は二カ月ぶりだった。ツネさんがうれしそうに給仕をしてくれる。
――ここしばらくレオンさまがおられなかったとき、若さまはいつもゲストルームで過ごされ、お声もかけられなかったほど。なのに、レオンさまがそばにおられるだけで、若さまの表情が明るくなり、お幸せな気持ちがわたしどもにまで届いてまいります。
夜遅く降り始めた雨が冷たい外気を送り込む。レオンがデスクに向かい、明日の仕事の準備をしていると、ノックがした。
「レオン、入っていい?」
彪吾が夜着のまま、立っていた。
「どうしたんです? 今夜は寒いですよ」
「うん。……仕事はまだあるの?」
肩にさわるとずいぶん冷えている。彪吾のことだ。おそらくこのドアの前でノックするかどうか、長い時間、逡巡していたのだろう。あわてて部屋に引き込み、上着を羽織らせる。
「大丈夫ですよ。もう終わりました」
ほんとうはあと一時間ほどかかるが、それくらいなら、明日朝早くに十分こなせる。
レオンは温かい飲み物を用意した。湯気をかぶった彪吾の顔にやや血色が戻ってくる。
「……明日また出ていくの?」
彪吾が心細そうに尋ねる。食事のときには音楽談義で盛り上がり、別の話題に及ばなかった。彪吾はレオンの答えを聞くのが怖くてその話題を避けていたし、レオンの本音を言えば、彪吾のこの反応を見たくてじらしていたのかもしれない。
「いいえ。ここにいます。わたしの荷物はすでにここに運び込みました」
「え?」
「今日からしばらくこちらにお世話になりたいのですが、よろしいでしょうか?」
彪吾の顔がパッとほころび、レオンに飛びついてきた。
「もちろん! 断るはずないじゃないか」
彪吾は飛び跳ねるばかりに喜んでいる。どうして、こんなに素直なのだろう。彪吾は十歳のまま、時間を止めてしまったかのようだ。レオンも同じ気持ちだが、十歳のままの表現はもはやできない。
「ただ、少しご相談があります。明日、ゆっくりお話ししようと思っていたのですが、いまでもよろしいですか?」
「うん。もちろん!」
「ルナ大祭典を成功させるために、専門家のチームを作ろうと思います」
「いいね」
「天月のカイ修士、朱鷺理兎くんを中心に、ルナ石板の解読を進めるチームをつくりたいのです」
「それに、なぜボクの同意がいるの?」
「彼らもここでしばらく滞在できるように許可していただけないでしょうか? いわば、ある種の合宿をしたいのです」
彪吾はレオンを見つめた。
彪吾のもとにとどまるために、ラウ伯爵に提案した策だろう。合宿のために彪吾の家で滞在するが、平日の日中はずっとラウのそばにいるとの条件を示したに違いない。
だが、悪くない。部屋はいっぱい空いているし、ルナ神話に関する専門家がここにいれば、良い意味の刺激を受けることができる。昼にレオンに会えなくても、夜一緒にいられるなら、それで十分だ。
「わかったよ。ツネさんもきっと腕が奮えると言って喜ぶだろう」
「ありがとうございます」
「でも、一つ条件がある」
「なんでしょう?」
「ボク以外の人を好きにならないで。……特にカイって修士は、きっとレオンの好みだ」
レオンは苦笑した。そんな幼い条件を出してくるなど……。
「そんなこと約束するまでもないでしょう。おわかりのはずですが」
「じゃあ、条件を変える! 今夜、一緒にここで寝て! 十歳のときのように、手を繋いで一緒に眠ろう!」
彪吾はベッドの上に飛び乗った。レオンは固まっている。
「早く!」
彪吾がせかすと、レオンが横を向いて声を絞り出した。
「……自信がありません」
「え?」
「あなたの横で自分を抑える自信がありません……」
彪吾がいたずらっ子のようにレオンの手を取った。
「どうして、抑える必要があるの?」
彪吾はレオンをベッドに引き釣り込んだ。レオンは良い匂いがした。
十歳のときのように、月のやさしい光が二人を包み込む。彪吾とレオンはこの上ない幸せの中で互いを見つめあった。




