Ⅷー5 エピローグ――若君と天月修士
■舎村の若君
秘密というものは、思わぬところからポロリと漏れるものだ。
リトは、どこかでシュウを見かけた気がしてならなかった。シュウの家に泊まった時に気が付いた。あの舎村長の家で見たものと同じ写真立てが置かれていた。シュウは、舎村の写真の中の少年に似ている。あの少年が成長したら、シュウになる。
すべてが符合する。キュロスほどの護衛を付け、合宿には新型高級車をポンと用意する。学校には行ったことがないらしいが、最高レベルの教育を受けているようだ。あのオンボロの岬の上病院の特別室をSP付きで借り切ったことは有名で、いったい誰だと噂になっていた。そして、この超高級マンションだ。
それほどの財力をもち、大事に守られてきた少年――ウル舎村自治国国主の若君ならば、合点がいく。
だが、シュウはそのことを隠している。ならば、本人の安全のためにも、リトがそれを口にすることはできない。だが、周りの子どもたちの安全のためにはどうか。リトは、サキに相談することにした。
サキは、驚いたがすぐに納得した。学校には秘密にすることも合意した。もちろんキュロスやシュウに気づいたと伝えるわけにはいかない。国主舎村長の部屋に忍び込んだなんてわかったら、不法侵入罪に問われるじゃないか。いや、それどころでは済まないだろう。舎村の恐ろしさは、雲龍でも有名だ。
■〈ムーサ〉のカイ
金曜日の夕刻、音楽茶房〈ムーサ〉の入り口が、突然ひかりで包まれたようにきらめいた。客のすべてが入り口に目を向ける。そこには、輝くばかりに美しい青年がたたずんでいた。
九頭身に長い手足、白い肌。艶のある長い黒髪がなびく。注目を浴びることには慣れているらしい。それを無視することにも躊躇がない。長髪の美青年は身じろぎもせず、たたずんでいる。
隣の黒い服の少年が、ウエイターを呼んだ。
「どこに座れば……?」
「あ、こ……こちらです」
ウエイターも思わず見とれてしまったらしい。通されたのは、海が見える絶好の場所。客もウエイターもみなが、今度はその席をちらちらと見やる。
端然と座るカイの前で、カムイはソワソワしていた。
ルナ遺跡でのランチ以来、元気をなくし、食が細くなったカムイのために、カイがついておいでと二人そろってやってきたのが〈ムーサ〉だったのだ。
――ま、まさか、カイさまがカフェなどへ……。
天月修士は、刺激物や嗜好品を食さない。このため、コーヒーも紅茶も嗜まず、飲むのはほうじ茶だ。甘味は供されたときに礼儀で食べることもあるが、自分から進んで食べるなどあり得ない。そんな天月修士の鑑であるカイが、なんと紅茶を頼み、ケーキまで頼んだ。
――くっ! カイさま、こんなオレのために、ご無理をなさって。
感激のあまり、カムイは心の中で泣いた。
ややあって、カイの前には小さなフルーツケーキ、カムイの前には大きな生クリームケーキが置かれた。
――うまい! 生クリームがめちゃくちゃうまい!
カムイの舌が大喜びしていると、一人のウエイターが足早に近づいてきた。
「カイ、来てくれたんだね! 出迎えできなくてごめんな」
なぜに、リト?
なぜに、ため口?
喜びを隠しきれないリトの服をチョイチョイと引っ張って、カムイは尋ねた。
「どーいうこと?」
「おまえがルルに会いたいんだろ?」
「え……なぜ?」
「カイがおまえを心配して、きちんとした座席でルルのショーを見せてやりたいってさ」
そしてリトがそっと付け加えた。
(おまえ、ルルのステージを窓から盗み見してたんだろ? 天月にあるまじき行為だよな)
「オ……オレはそんなバカなこと」(木の梢から見てただけだ……)
カイは静かに頷いた。
それと同時に、ルルのステージがはじまった。カムイの頭からすべてが吹っ飛んだ。
――かわいい! 超かわいーい! オレがあげたあの首飾りもしてくれている!
カイを見ながら、リトも大満足だ。
ルナ資料調査でリトがカイのくちびるを読むことに気づいたカイは、リトにそっとこう伝えた。
(キミとわたしは同い年だ。二人の時は、気軽に話しかけてもらえないだろうか)
それ以来、表向きは「カイ修士」と敬語を使うが、二人の時には「カイ」と呼び捨てにするようになった。カイも(リト)と呼びかけてくれる。二人の距離がグッと近くなったようで、最近のリトには、すべてがバラ色に見える。
何度振り払っても面影が浮かぶ。美しい横顔、白い指……。店が終わったあとのテーブル拭きで、カイが座っていた座席に手をかけ、リトはうっとりとしていた。
そんなリトを冷たく睨むルルがいた。
ルナ遺跡見学もその後のランチのときも、リトとカイは一緒に並んでいた。割り入ろうとしたが、カムイのヤツに邪魔された。あまりに腹が立ったので、カムイを罵倒してしまった。ちょっと言い過ぎたかも。……だが、カムイなんてどうでもいい。問題はカイだ。
――天月修士だって? 何だ、それ?
次の日のランチタイムに、ルルはキュロスに聞いて驚いた。キュロスは居並ぶみんなに得意そうにこう教えてくれた。
「天月修士は、天月の幹部の一種です。数十万人はいると言われる天月一門のなかで、修士になれるのは年間数人程度。修士全員集めても数十人です。アカデメイアで言えば、学部長や館長などの役職者みたいなものですね。国で言えば、大臣や上位の貴族にあたります」
ルルも風子も、学部長とやらがいったいなにをする人なのかわからなかったが、大臣という例えはなんとなくわかった。
「リトと同じくらいの年なのに? 親がよっぽどゴリ押ししたのか?」と、ルルが首をかしげた。
キュロスは笑いながら首を横に振った。
「いえいえ、天月はそもそも世襲を禁じていますので、親の地位も権力も関係ありません。天月修士になるには、途方もなく難しい試験や試練を通過しないといけないそうです。カイ修士は、天月では非常に有名な大秀才なのですよ。何と言っても、十二歳で修士になったのですから。もちろん天月史上最年少です」
「ひええええ」と、風子が口をふさいだ。
ルルは多少顔を青くした。アイリは驚きはしない。アイリもカイと似たような天才だからだ。
「天月修士は、学識だけでなく、品性も武術も容姿もすべてに秀でていなくてはなりません。カイ修士は、天月でも有数の武芸者のはずです。いつかその武芸を見てみたいものです」
キュロスはうっとりとした。キュロスはそのでかい図体に似合わず、感激屋でロマンチストだ。きっと、武芸者カイの姿を思い浮かべているのだろう。
ルルは、カイとの間に途方もない落差を感じた。リトを争ったら、負けちゃうじゃないか。
だが、そこはルル。切り替えも早い。
――そんなご立派な天月修士さまが、たかが一般学生のリトを相手にするか? まあ、ないな。だが、万が一ということもある。カムイをおだてて、時々情報を引き出そう。




