Ⅷー4 小さな島の小さな遺跡
■島のウル遺跡
ウル舎村は、蓬莱群島二百余りの島のうち、五十程度を領有している。そのうち、とくにいくつかの島については舎村長の直轄地とされ、厳重な管理がなされている。しかし、ほとんどの島は島民の自治に任され、放置されていた。
蓬莱本島に近いこの小さな島もまた、舎村の関心外に置かれた島の一つだった。
島一面が森に覆われ、海べりに小さな集落があるだけの何の変哲もない島だ。森の一部は麓の村の共有林だったが、ほとんどは雑木林のまま放置されてきた。材木になる木もなければ、畑にできる土地もない。港としても一級とは言えない。周囲の経済発展から取り残されたように、村人はささやかな漁業で生計を立ててきたという。
しかし、数年前、思わぬ遺跡発見で村が沸いた。アカデメイアが発掘地区を買い取り、村人に補償金を支払った。実質はラウ財団が資金提供した。村人はほとんどがその金を元手に蓬莱本島に移り住んだという。今は無人島となっている。
遺跡発見も偶然だった。蓬莱本島から大陸につながる連絡橋の計画が持ち上がり、その通過場所としてこの島が選ばれた。その工事で、たまたま遺跡が発見されたのだ。そのため工事が遅れ、結局連絡橋はすこし離れた場所に計画変更となった。遺跡周辺の木が伐採された結果、小高い丘ができたのである。
そこまでお金をかけたのに、たいしたものが出てこなかった。ラウ財団は急速にこの島への関心を失い、アカデメイアも調査を終結した。現在、どうにもこうにも中途半端であまり価値のないウル遺跡とみなされ、人びとからはほとんど忘れられている。
■出会い
「やあ!」
妙に陽気な声に、リトが振り向いた。
なんだ、あれは? アナクロの服を着こんだ派手な美青年が手を振っている。この前テレビ・ドラマで見た若かりし頃のホームズのいでたちにそっくりだ。
あれは……そうだ! イ・ジェシン弁護士。音楽茶房〈ムーサ〉の常連客だ。
「奇遇だねえ。キミたちもこの遺跡に興味あるの?」
こっちの方こそ聞きたい。イ・ジェシンは、カイに興味津々だ。
「ねえねえ、ラビットくん。あの美男子、いったいだれよ?」
オーナーのお気に入り客であるイ・ジェシンを無碍にはできない。
「天月修士です。いま、アカデメイアで特別研究員をしています」
イ・ジェシンの視界からカイを遮るように、リトは立ちはだかった。
「へええ。ちょっと紹介してよ。ねえ、ねえったら!」
こんなとき、イ・ジェシンはしつこい。隣のムトウが必死で袖を引いている。やめろと言っても聞き入れるジェシンではない。
サキ姉が気づいた。
「おい、リト。何をしている? ほら、行くぞ」
これ幸いとジェシンから離れようとしたが、ジェシンが素早く立ち回った。
「はじめまして。イ・ジェシンです。ラビットくんが働く〈ムーサ〉の客です。どうぞよろしく!」
サキ姉は、無遠慮にジェシンをジロリと睨んだ。
「こっちは名乗るほどの者ではない。急いでいるので失礼する」
サキ姉は、リトの腕を引っ張った。だが、ジェシンもリトを離そうとしない。サキ姉とジェシンの間で引っ張られたリトは天を仰いだ。カイが近づいてきた。ジェシンがうれしそうにカイに挨拶する。
「天月修士だとか。すごいなあ。はじめて見ましたよ」
おいおい、天月修士は見世物じゃないぞ。リトが遮ろうとすると、カムイがサッとカイを守った。「修士どのの代わりにわたしが話します。「急ぎますので失礼」とおっしゃっています」
名残惜しそうなイ・ジェシンを残して、サキ、カイ、リトの三人は先を急いだ。マイがこだわった遺跡を確認せねばならない。
蓬莱本島に近い小さな島にあるウル遺跡は、他に比べてものすごく地味だ。神殿はなく、小さな石棺が出てきたが、人骨も副葬品もなかった。どんなお宝がでるのやらと期待を高めていたメディアはがっかりし、熱は急速に冷めた。発掘地区はアカデメイアが管理し、きちんと保存されているが、それ以上の発掘調査は断念されたようだ。かなり広い範囲で調査したものの、石棺以外は何も出なかったからだ。
石棺の解釈をめぐっては諸説入り乱れている。その特異な場所と粗末さから、ウル帝国時代に何らかの処罰を受けて島流しにあった王族というのが一番有力な説らしい。発掘責任者を務めたアカデメイア博物館のマルゴ副館長の説だ。
だが、マイは、この遺跡もルナ遺跡だと考えていた。論文は発表していない。しかし、研究ノートにそのように記していた。リトが気づいたのだ。
この小さな遺跡がルナ遺跡だとすると、ルナ古王国の位置づけが大きく変わる。
ルナ古王国は、「始原の地」と呼ばれる大陸東部の広大な平野部に成立した古代国家であり、農作を生業としたと考えられている。ルナ神殿のうち、大神殿はルナ古王国の王都に近い場所に置かれ、他は王国防衛のために古王国の周辺部――ルナ遺跡帯――に集中的に設営されたというのが、現在の通説だ。
もしこの島の小さな遺跡がルナ遺跡だとすれば、通説が根底から覆る。ルナ古王国の版図は海を挟んで蓬莱群島を含んだものとなり、海洋国としての可能性が生じるからだ。
改めてこの遺跡に立ってみると、緩やかな丘陵に位置するこの遺跡場所は、周囲への見晴らしがよく、大陸も蓬莱本島もよく見渡せる。
リトたちは、遺跡の現場をじっくりと見た。副葬品がなく、石板にも何ら記載がなかったため、石板はそのまま現場に残されている。雨をしのぐためだろう。石棺は小屋の中に保存されていた。だれもが入れる状態だが、電気もなく、水道もない。ただ、現場だけが残されていた。
リトとカイは、念入りに石棺を調べた。たしかに何の絵も文字もない。リトがつぶやいた。
「ファン・マイは、立地と石の材質に注目してたんだけどな……」
立地は可能性がある。これほどの見晴らしだ。何らかの意味をもつ場所であったとしても不思議ではない。だが、石はありふれた花崗岩。どう見ても、普通の石棺だ。
「ひょっとしたら、ここも月の光かなあ……」
リトがポロっと漏らした言葉に、カイもサキも敏感に反応した。
――おそらくそうだ。
いまは保存家屋の屋根で遮られているが、この石棺に満月の光が当たったとき、何らかの情報が読み取れるかもしれない。満月は明日だ。四人は明日の夜、改めてここに来ることにした。
帰り支度をしていたリトの耳に、ジェシンとムトウの会話が聞こえてきた。リトは、驚異的な聴力を持つ。二人は少し離れたところにいるようだ。
■緑濃い地区
ジェシンは、遺跡地区の一番高い丘に立った。蓬莱本島を見ている。
「ふーん。対岸はかなり近いね。それによく見える。向こうの広大な地区は舎村の私有地だ。あそこはよそ者立ち入り禁止地区。違法開発地区は、ここと舎村私有地の間なんだよな」
「今頃何言ってるんですか。地図を見りゃすぐわかることでしょう」
「いや、実際に見ないとわからないことも多いよ。ほら、あの区画だけは、妙に緑の色が濃い」
ジェシンは山と海の中間辺りの場所を指して言った。確かにそうだ。
「土地の質が違うのか? 橋の下の情報によれば、あの土地では、魚もカエルも妙に大きくなるらしい。水が違うのかな?」
「は?」
「水とすれば、どこから来る?」
「まあ、上流でしょうけれど……」
「うん、どこ?」
「ええっと……舎村……じゃないなあ。あれ? 舎村のバイオ研究所?」
「そうだよな」
「バイオ研究所から何かが漏れたってことですか?」
「うん、その可能性もあるね。でも、あの舎村がそんなドジをすると思う?」
「いえ、思いません!」
「だよねえ~。あ、あれは? あの緑濃い地区の隣側」
「〈蓮華〉じゃないですか? あの落ちこぼれ校の。近くに池があります」
「そうだよねえ。アカデメイア本部が〈蓮華〉の土地を狙っているってバアサンが言ってたけど、なるほどね」
「は? 何がですか?」
「天月に源流をもつ天月川が北の舎村と南のアカデメイアを分けてるだろ? 舎村とアカデメイアと〈蓮華〉を結んだら、正三角形になるんじゃない?」
「あ……ホントだ」
「こうしてみると、〈蓮華〉の場所ってすごく魅力的だよね」
「そりゃ、そうでしょ。学校ですもん」
「この前の事故で死んだのは、〈蓮華〉の先生だったよね」
リトの耳がピクリと動いた。まだ、マイの事故にこだわっているのか?
「ほら、〈蓮華〉の図書館らしきところで九時頃に電気がついたって、橋の下からの報告にあっただろ? スラさんも言ってたじゃないか」
「そうでしたね」
「でも、雷雨ですぐに停電になったって。しばらくして、車が二台出ていったんだよね」
「ええ。でも、それが何か?」
「ほら見てよ。天月と舎村とアカデメイアとこの遺跡を結んだら、菱形になると思わない? あれえ、〈蓮華〉はちょうどその真ん中だよ。〈蓮華〉からこの島までのちょうど真ん中に事故が起こった空港橋があるじゃん」
ムトウは目を凝らして見た。言われてみれば、そんな気がする。
「ひょっとして、〈蓮華〉の場所は、ルナ古王国の拠点の一つだったりして」
「またああ!」
「だって、ルナ古王国が都市国家連合だったとしたら、十分ありえるだろ? 〈蓮華〉までは、天月川を遡って行けるもんね」
■取引
「ルナ古王国が都市国家連合というのはホントか?」
突然、背後から声がした。ムトウはビビりあがり、ジェシンは振り向いた。さきほどの女性が仁王立ちしている。隣のリトは女性の袖を引き、その少し後ろに、美形の天月修士と従者が興味深そうな顔をして立っていた。
「え……は、はあ。いや、何というか……」
ジェシンはどう答えたらいいか、戸惑っているようだ。サキが続けた。
「ルナ古王国が都市国家連合というのはホントか? と聞いたのだが――違うのか?」
「まあ、そういう考え方もあるということですよ」
ジェシンは平静を取り戻した。仁王立ちしている女性は、俊敏そうな体つきの美人だった。スラとは違うタイプの体育会系美女だ。
「サキ姉、やめてよ!」
隣のリトが小声で女性を引き留めている。
「もう一つ聞く。〈蓮華〉の図書館で九時過ぎに明かりがついたというのは本当か?」
ジェシンは、いたずらっぽく口を歪めた。
「うーん。どうして、ボクがそれを教えないといけないのかなあ。理由がわからないんじゃ、教えようがないでしょう?」
サキは頷いた。
「もっともだ。失礼した。わたしは、〈蓮華〉教員のモエギ・サキという」
「〈蓮華〉の先生でしたか。それは、それは……。ああ、ボクはアカデメイアで法律事務所を開いているイ・ジェシン。こちらは所員のムトウです。よろしく」
ジェシンは、興味深そうに四人を見た。
サキが改めて聞いた。
「どうだ? 図書館の件は本当か?」
ジェシンはニッコリ頷いた。
「本当ですよ。夜九時頃に一度電気がついて、すぐ停電になって、三十分ほど経ったあと、車が二台立て続けに出ていったそうです」
「どうして、それがわかったのか、教えてもらえないか?」
「ボクには、大切な協力者がおりましてね。いろいろな情報が集まるんです。今申し上げたことも、その協力者の一人が実際に目撃したものですから、信頼できますよ」
「ぜひ、その者に会わせてほしいのだが、どうだ?」
ジェシンはまたまたニッコリした。
「ええ。かまいませんが、相応の見返りもいただかねば……」
「何が望みだ?」とサキが渋い顔で尋ねると、ジェシンは、一呼吸置いて言った。
「一つだけ質問に答えていただきましょう。――あなたがたも、この遺跡がルナ遺跡だと考えてるんですか?」
■遺跡に落ちる月光
カイはめったに異能を発揮しないが、今夜ばかりは違った。
再び訪れた石棺遺跡。遺跡を覆う小屋が邪魔して、月光が届かない。
カイが何かを念じた。
かなり頑丈そうな屋根をいささかも傷つけず、月光が屋根を通り抜け、石棺に落ちていく。サキとリトが驚きすぎて絶句している。カムイが誇らしく言った。
「透視術のアレンジでやんす。カイさまでなきゃできやしやせん」
しばらくすると、石棺の上にぼんやりと絵が浮かび上がった。四人は顔を見合わせた。ルナ石板とよく似た文様だった。




