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Ⅷー2 月夜の神殿

■シュウの家

 当日、迎えに来てくれたキュロスの車から、目指すタワマンを見上げた。最上階用のエレベーターは他とは別で、高速だが静かに登っていく。最上階は、一戸のみの専用フロアだ。はめ殺しの窓からは天月が見える。


(こりゃ、すごい……!)

 サキは、ブルブルッと身震いした。こんな超高級マンションなど入ったことがない。きっと数十億は下らないだろう。見ていると、風子もアイリもルルもリクも、これが超高級マンションであることを理解していないようだ。スカイツリーにでも遠足に来たような気分で、キャピキャピとはしゃでいる。


 室内に足を踏み入れたサキは絶句した。部屋も広く、天井も高いが、その調度品の豪華さに目がくらんだのだ。シャンラ王国秘宝展で見たような調度品ばかり。

――やっぱり、シュウはどっかの王族の若君か?


 シュウがうれしそうにみなを迎えた。カイとカムイはすでに到着していた。

 招かれたみなは、それぞれに室内を見渡した。中央に大きなテーブルがある。最高級のチーク材に象眼(ぞうがん)細工(ざいく)(ほどこ)されている。案内されるまま平然としているのはカイだ。天月修士自身は贅沢をしないはずだが、招かれたときにはこうした待遇を受けるのだろう。まったく動じていない。

 リトがビックリして目を丸くしている。こんなに華麗なものは、質実(しつじつ)剛健(ごうけん)雲龍九孤族(うんりゅうくこぞく)にはまるで縁がない。


(壊さないように気をつけようっと!)

 おっと、モモとキキがさっそくソファに飛び乗った。モモは前足でソファの革をカキカキしているぞ。キキの毛がべったりとソファに付いてる。

――大丈夫か? 

 そっとシュウを見るが、まったく気にしていない。高級品だからと惜しがるのは庶民だけなのかもしれない。


 リトはキュロスに近づき、小声で聞いた。キュロスはそっと教えてくれた。

「このお住まいはシュウさまのご親族のものです。もとはゲストハウスですので、かなりの高級仕様になっています。ですが、これまで特にこの部屋を使ったこともなく、これからも当面(とうめん)使う予定がないということで、シュウさまに下げ渡されたのです」

――はああ、いったい、どんな親族だよ?


 サキとリトはそれぞれ個室、四人娘とモモとキキは広い相部屋、カイには賓客用の最も良い部屋が用意され、コネクトルームにはカムイ。どの部屋にもバス・トイレ・洗面室がついている。

 風子もアイリもルルもリクも大喜びしたのは、窓からの光景だ。部屋に入るなり、風子は窓のそばに駆け寄り、他の女子も近寄って、見下ろせるアカデメイアの街について四人であれこれおしゃべりしている。調度品の豪華さなどまったく無関心なようだった。

 サキはむしろ安心した。

(うん、このまま何も知らないほうがいい。どうせ一生、縁がないしろものなんだから)


 プロジェクターも最新型が用意されていた。リトは、白い壁に父親が撮った写真を映し出した。

 朱鷺要(ときかなめ)は、研究者の目で、非常に熱心に写真や動画を撮っていたようだ。第二神殿は、第一神殿に比べるとかなり規模が小さかったが、柱や壁の素材は、第一神殿と同格だった。白い大理石だ。むしろ第一神殿よりも繊細な文様(もんよう)が刻まれていた。早くにうち捨てられ、森に覆われたせいか、原型をとどめ、ほとんど損傷がなかった。文様はすべて個別に写真が撮られていた。


 午前中だけでは見終わらず、ランチ休憩を挟んで、午後の再開となった。大勢の客を迎えてキュロスは大忙しであったが、リトはせっせとそれを手伝った。配膳も食器洗いもウエイターのアルバイトでお手のものだ。

 全部の写真を念入りに見終わるまで深夜までかかった。リトの解説はきわめて有益だった。明日は動画を見る予定だ。


■月夜の神殿

 リトが、部屋でシャワーを浴びて一息ついていると、ノックがした。開けると、カイがいた。リトの心臓がドクンと大きく波打ったが、それを押し隠して、カイを迎え入れた。


(遅くにすまない)

 博物館での仕事でリトが自分の唇の動きを読むことに気づいたカイは、それ以来、リトとはカムイを介さず話すようになった。しかも、同い年だからと、リトにため口で話すように頼んだのだ。

「いいよ」

(今日見せてもらった写真で気になるものがいくつかある。もう一度見せてもらいたいのだが、いいだろうか)

「もちろん!」


 リトはパソコンを立ち上げた。カイは、膨大な写真をスクロールしながら、目当ての写真を探していく。あるところでカイの手が止まった。リトがのぞき込む。

「あれ? これって……」

(そうだ。月夜の神殿だ。次はこれだ)

 神殿の祭壇に月光が落ちている。祭壇は月光を反射してぼんやりと光っている。

(次はこれ)

 反射された光は、天井の文様を淡く浮かび上がらせていた。

「第一神殿と文様が違う!」

(そうだ)


「ちょっと待って」

 リトは画像を遡り、別の画像を示した。

「こっちは昼間の天井画だよ。第一神殿と同じ文様だ」

(うむ)

「じゃ、月の光で文様が変わるってこと? そんなの、だれも気づかないよ。ファン・マイの研究にもそんなことは書かれていない」

(だが、キミのお父さんは気づいた。朱鷺博士は、古代神謡(しんよう)研究の権威だ。神謡になにか手掛かりがあったのではないかな)


 リトは、記憶を辿(たど)った。ハッと思いつく。リトはパソコンからあるデータを呼び出した。

「これだ!」

 小さな歌で、おそらくは断片にすぎない。ほとんど誰も見向きもしない歌だったが、父はこれをミグル古謡の一節だろうと考えていた。

 ミグル族は古代に全滅したと伝わる。悪名高き「ウル神殿の悲劇」で、神殿を守っていたミグル族は、敵軍の総攻撃で全員討ち死にした。だがそのとき、勝利したはずの敵軍も全員が死に絶えた。焼け落ちた神殿とともにミグルの歴史は(つい)えた。

 ただ、ミグル族の滅亡から数百年して歴史に登場した「はぐれ鳥」と呼ばれる放浪の民を古代ミグルの末裔(まつえい)とする研究もあるようだ。そのときに流出した歌の一部だろうか? ただ、完全な神謡を一族以外に教えることはできないはず。断片をつなぎあわせ、即興で演じたものをだれかが記録したに違いない。


月の神の()ます(みや)  

白く輝く宮に射し込む

月の光はいと貴し 

白き天に月への道を示す


「これがホントなら、月光の中に浮かび上がった絵は、月……月神殿への行き方を示してるってこと?」

(可能性はある)

 カイとリトは顔を見合わせた。リトが(うめ)くようにつぶやいた。

「だけど、他の文様が意味することがさっぱりわからないよ……」

(うむ。だが、第一神殿の文様も見方によって違って見えた。その違いに何か意味があるのではないだろうか?)

 リトは考え込んだ。たしか、父のノートに何かメモがあったはず。……父の遺品となったノートは現物を雲龍の蔵に保管し、スキャンしたものをパソコンに収めている。リトは父のノートを呼び出した。

なつかしい文字が並ぶ。几帳面(きちょうめん)な字だ。


「あ、ここかも」

 カイはリトのすぐそばに顔を寄せ、画面をじっとのぞき込む。髪の一部がはらりとリトの手の甲に落ち、カイは優雅にそれを耳にかけ直した。良い匂いだ。リトは硬直して真っ赤になったが、カイはそれすら気づいていないようだ。

 カイは、文字を読み始めた。

「え? 日本語が読めるの?」

 カイは頷いた。

(主な言語はほぼ読むことができる。キミが望むなら、日本語で会話してもかまわない)

 リトは、いっぺんに肩の力が抜けた。天月修士って、やっぱりすごいんだ。……オレなんて、ドイツ語一つに四苦八苦しているのに……。


■父の思い出

 一通り画像を見終わってから、リトはフウウッと息を継いだ。

(悪かったね。疲れているのにムリをさせた)

 カイが()びを述べ、部屋を出て行こうとした。

「待って!」

 リトはあわててカイを引き留めた。

――もっと一緒にいたい!


 リトは、夜食(やしょく)にと持ち込んだ食べ物と飲み物を広げた。

「これ、どう? 一緒に食べない?」

 カイは、じっとそれらを見たが、手をつけようとはしなかった。だが、椅子に座り直した。

(わたしは水だけでいい)

 カイはコップに水を()いだ。

「じゃ、遠慮なく」

 リトはパリパリと煎餅(せんべい)を頬張った。

――うん、うまい! 

 さすが、キュロスが選ぶ菓子だ。 


 カイはそんなリトをじっと見ていた。思わずリトは赤面した。

「どうしたの? オレ、何かヘン?」

(いや。すごくおいしそうに食べるなと思って)

「だって、これホントにうまいよ。カイも食べてみなよ」

カイはじっと袋を見つめて、おそるおそる手を伸ばした。そして一切れを取って口に入れた。

「どう? うまいだろ?」

 カイは頷いた。

(うむ。おいしい)


 リトはうれしそうに笑った。リトは笑うと子どものように無邪気な顔になる。

「思い出すなあ。昔、父さんとさ、よく夜中にこうして煎餅を食べておしゃべりしてたんだ」

(そう……)

「父さんは、お酒を飲めなかった。そのかわりに、甘い物や煎餅が大好きでさ。家にはいつもお菓子の袋がゴロゴロしてた」

 そう言いながら、リトの目にじわっと涙が広がった。

「父さんは、いつも朝はご飯と味噌汁と漬物を食べるんだ。……ぜんぶ自分で作ってたんだ」

――グスッ、グズズッ……。

「父さんは、運動(うんどう)音痴(おんち)でね。……グズッ。……走るのも遅いし、自転車にも乗れない。……でも、グズッ。……オレが自転車に乗れるようにって頑張って自転車に乗るのを練習して、転んでケガしてた。……父さんは……」


 あとは言葉にならない。膝を抱え込んで泣くリトの背をカイはやさしく()でた。先週、父を(うしな)ったあの遺跡でリトは必死で涙をこらえていた。

「ど……どうしてオレは父さんについて行かなかったんだろう。……オレがいたら、父さんを事故になんか()わせなかったのに……」

 リトの思いがカイの胸を激しく揺さぶった。

 カイはリトを抱きかかえた。その腕の中で、リトは子どものように泣きじゃくった。


■天明

 ドアがノックされた。サキ姉の声がした。

「リト、起きてるか?」

 涙顔のリトがカイの胸から飛び()ねた。カイはスクッと立ち上がった。

 サキは、涙顔のリトと横に立つカイの姿を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を変えた。

「カイ修士もいたのか。ちょうどいい。聞いて欲しいことがある。極秘事項だ」


 カイはサキの意図を察し、右手を軽く上げた。

「部屋に結界(けっかい)を張りました。声はいっさい漏れません。この程度の小さな結界の中でなら、わたしの声も実体化できます」

 サキは頷きながら、二人に(かげ)を帯びた視線を投げかけた。


「すでにカイ修士なら気づいていよう。われわれは雲龍九孤族だ」と、サキは改めて告げた。

「はい、そのように推察しておりました。ご老女は、〈九孤の賢女〉と名高い宗主どのであられますね?」とカイが答えた。

 リトは驚いた。自分たちが雲龍九孤族であることをカイが知っていたなんて……。


「〈天明会(てんめいかい)〉というのを聞いたことはあるか?」

 サキに尋ねられたカイはしばし沈黙し、リトは首をひねった。

「父さんが集めたカトマールのルナ神話に、たしか「天明」という言葉が出てたよ。ちょっと待って」

 リトはパソコンのデータを検索した。


神は光をもたらした

最初の光を天明(てんめい)と呼ぶ

世界は光と闇に分かたれた

ルナの国は光の国

平穏と幸福が続いた

光はやがて(かげ)りゆく

光の()せたルナの国

大地が割れ 河が(あふ)

風が暴れ 海が膨れた

生きとし生ける者すべて死に絶え 

選ばれし者のみ闇から出でて

再びの光を仰ぐ


「これだ!」

 サキが興奮したように言った。

「天志教団の教義と同じだ。教団の背後にいるのがおそらく〈天明会〉!」

 サキは、二人にファン・マイの遺言(ゆいごん)メッセージを伝えた。そして、リクが狙われる恐れがあることも……。遺言はかなり大きな危険をはらむ。だが、この二人なら自力で危険を回避できよう。そして、メッセージの意味を読み解くには、リトの知識とカイの分析力が必要だ。


 カイがおもむろに口を開いた。

「じつは、天月に伝わる禁書にも〈天明会〉の記述があります」

 二人が思わずカイを見た。

「〈天明会〉は、古代ウル帝国時代に生まれた秘密結社と伝わります」

 そう言いながら、カイは一瞬ためらいを見せた。だが、すぐに真剣な目でサキとリトを見た。

「〈天明会〉は、天月の分派なのです」

「ええっ⁉」

 サキとリトが同時に声を上げた。天月仙門のトップエリートであれば、世界中の異能や異能集団についての情報も豊富だろうと踏んでカイに相談したが、まさか、〈天明会〉が実在し、しかも天月の分派とは。……天月修士カイに相談せよと命じたばあちゃんは、まさかそこまでお見通しだったのか?


 カイが静かに続ける。

「初代〈銀麗月〉がいまの天月の基礎を作ったのも、〈天明会〉に対抗するためでした。禁書に伝わる〈天明会〉がもし存続しているとすれば、たいへんなことになります」

「どういう意味だ?」

「〈天明会〉は異能者のエリート集団なのです」

「たとえば、天月修士みたいな?」

 リトが尋ねると、カイは優しげな目でリトを見ながら答えた。

「いえ、それ以上です。幹部には〈(ぎん)(れい)(げつ)〉レベルの異能者が集まっている集団とでも言えばよいでしょうか」


 サキが絶句した。〈銀麗月〉と言えば、天月仙門にも数百年に一人しか現れないと言われる最強異能者ではないか。

「そ……それはすごいな。だが、〈銀麗月〉レベルの異能者がそこかしこにゴロゴロ存在するものなのか?」

「ごく少数とはいえ、世界にはつねに異能者が存在します。天月は異能を抑制することを訓練します。〈銀麗月〉は最高の異能者ですが、最強の異能抑制者でもあるのです」

「へええ」

 リトが憧れ混じりののんきな声を出し、サキに睨まれた。


 カイが続ける。

「けれども、天月から離反し、〈天明会〉を結成した異能者たちは、異能を〈神に選ばれし者〉の証であるとみなし、異能の増進や開発を重視します。やがて来たる「終末」と「復活」に備えると考えるからです。〈天明会〉が異能者集めをすることは十分にありえます。特に能力開発の余地が大きく、洗脳しやすい子どもを狙う可能性はきわめて高いでしょう」

「「選民思想」が強すぎて、手段を選ばないというわけか。……すべて「正義」で押し通せるということだな」

 サキは低い声で呻いた。

「初代銀麗月が天月を作ったのは、異能のコントロールが目的だったのか。しかも、〈天明会〉への対抗策とは……驚いたな。で、〈天明会〉の実態はわかるのか?」

 カイは首を横に振った。

「いいえ。禁書では、〈天明会〉はとうの昔に滅んだとされます。いまふたたび〈天明会〉の名が出てきたことに驚いているのが正直なところです」

「とすれば、古代の〈天明会〉と同じどうかもわからないというわけか……。正真正銘の秘密結社だな……」


 サキは思案をめぐらせた。

「天月も〈天明会〉もルナ神話の〈月の一族〉に由来するとの理解でいいか?」

「はい」とカイが答えた。

「〈月の一族〉には、〈香華族(こうげぞく)〉がいると聞くが……」

「そうです。〈香華族〉は血統によって〈月の一族〉に属します。これに対して、天月仙門と天明会は、選別と鍛錬を通じて〈月の一族〉に属してきました」

「血でつながる集団と能力で選抜される集団の二つを含むわけか……」

 サキが眉根にシワを寄せた。この表情を示すのは、サキの頭の中でいろいろな情報がつながりはじめたときだ。


「〈香華族〉ってカトマール皇帝家と深い関わりがあって、三十年前のクーデターで虐殺された一族のことだよね?」と、リトが尋ねた。

 「香華の悲劇」は、雲龍九孤族でもよく知られる。サキが答えた。

「そうだ。当時〈香華族〉のほとんどが処刑されたという。だが、いまのカイ修士の話を聞く限り、このとき〈香華族〉の子どもが〈天明会〉に拉致された可能性もあるな。〈天明会〉とすれば、一挙に次世代を得るチャンスだったろう」

 リトが青ざめた。ひょっとして、クーデターは〈天明会〉が仕組んだことなのか? 


 固くひき結んだカイの口元から、さらに声が響いた。

「〈天明会〉に対抗できる集団がもう一つあると伝わります」

 サキとリトが驚いてカイを見た。

「古代ウル神殿に仕えていた特殊技能の民ミグル族です」

「ミグル族? 〈ミグルの舞〉として伝わる武術集団のことか?」

「はい。じつはミグル族は武術集団ではなく、祭祀集団です。ミグル族は古代に歴史上抹殺され、(おおやけ)にはその名もその文化も残っていません」


「ミグル族も異能者だったのか?」

 サキは意外だという表情をした。雲龍九孤族(うんりゅうくこぞく)は多くの異能集団に関する記録を持つが、ミグル族については〈ミグルの舞〉以外伝わっていない。

「いいえ。ミグル族自身は異能者集団というよりも、神に属する異能を予見し、呼び出す者たちだったようです。ミグル族は特殊な楽器を扱い、神を「降臨(こうりん)」させ、「神意(しんい)」を()くことができたそうです。ただ、天月も、ミグル族についてはそれ以上の記録を持っていません」

「ほう……天月にすら記録がない一族とは……」と言いながらも、サキの目は鋭く光り始めた。


 カイは変わらず淡々と説明する。

「ミグル族が聴く「神意」とはルナの神々の声――〈天明会〉の異能を超える声です。〈天明会〉は〈神に選ばれし者〉と自負していますので、「神の声」には従わざるを得ません。〈天明会〉が拡大したのも、ミグル族が大虐殺に遭い、滅亡してからのはずです」

「では、その〈天明会〉はなぜ消えた?」

「原因ははっきりしていません。香華族が台頭してきた時期に歴史から消えていったようです」

「ふうん。香華族と引き換えか……」


 サキはさらに質問をカイにぶつけ続ける。リトはわけがわからず、キョロキョロと二人を交互に眺めている。

「ミグル族は一人も生き残っていないのか?」

「わかりません。大虐殺のさい、ミグル族は最後まで抵抗して、子どもたちを逃したといううわさもあったようです。生き延びた子どもたちの末裔が存在するかもしれませんが、天月にはそこまでの記録はありません」


 サキはしばらくためらったのち、意を決したようにこう告げた。

「ひょっとしたら、ルルはミグル族かもしれない……。どうやら〈ミグルの舞〉ができるようなんだ」

 カイが驚きながら息を呑んだ。

――ルルがミグル族だとすれば、滝で見たあの舞手はルルの家族かもしれない。


 サキが決意を秘めた目でカイとリトを見た。

「リクが香華族、ルルがミグル族だと知れば、〈天明会〉はあの子たちを放っておくまい……」

 ルルやリクに迫る危険は尋常ではなさそうだ。どうすれば子どもたちを守ることができるだろうか?

「天月のほうでも、〈天明会〉について極秘に調べてみましょう」

 カイの言葉に、サキは一瞬、表情を(なご)ませた。


■小さな島―マイが目指した場所

 サキは、ふたたび厳しい表情に戻って、カイに言った。

「宗主から、カイ修士には話してもよいと許可を得ている。じつは、ファン・マイの事件には、九孤族の擬薬が関わるかもしれんそうだ。酒精擬薬(しゅせいぎやく)という。自白を促したり、行動をコントロールする薬だ。毒とも言える」

「薬と毒は裏腹の関係にあります。薬=毒術で最もすぐれるのは、雲龍九孤族(うんりゅうくこぞく)、天月、そしてカトマールの香華族と伝わります。ですが、天月には、酒精擬薬のような薬は存在しません」


「なるほど……宗主によると、最後の一本だった擬薬が盗まれたそうだ。複製は難しいはず。たとえ複製したとしても、量産はできないだろうし、粗悪な薬は副作用が強く、危険度が増すと宗主は言っている。そんな秘薬を、マイに盛った目的は何なのか? そして、マイは、どこに行こうとしていたのか? それがどうしてもわからんのだ」


 リトはあの夜を思い出した。皆既(かいき)月蝕(げっしょく)、突然の雷雨、そして、空港橋での衝突事故。

「あの夜、アカデメイア一帯は突然の雷雨になった。いくつかの地域は停電したらしい。……まさか、そんなふうに天候を操作するのも異能なの?」

 カイがまた優しげな目でリトを見た。

「ありえます。月蝕のように大気圏を超えた自然現象はコントロール不能としても、局地的に大気を動かす異能は存在するようです。(こう)華族(げぞく)に特有の異能です。マイさんの事故は、ひょっとしたら、時空を歪める異能と雨を降らせる異能という二つの異能が関わるきわめて大がかりな事件なのかもしれません」

 カイの指摘にサキが頷いた。

「わたしもそう思う」


 カイが続けた。 

「あの夜の月蝕は、一千年ぶりの特別な月蝕でした。各地で異能の〈()〉が立ち上るほどだったのです。月の運行は異能の発揮と何らかの関係があるのかもしれません」

「ふうむ……」

 カイの言葉にサキが唸った。サキは記憶を呼び出した。

「マイは、月蝕が引き起こす何らかの現象を確認しようとしたのかもしれんな。月蝕が起こったのは夜十一時過ぎ――わたしと九時に別れてからでも確認できるはずだ。……だが、いったいどこに行こうとしたんだ……?」


 リトがちょっと首をかしげながらつぶやいた。

「ルナ神話では、月蝕はものすごく重視されるよね。……空港方面の島に小さな遺跡があるよ。数年前に調査されたけど、墓石(はかいし)一つ出てきただけで、遺体も副葬品も何も出てこなくてさ。周囲の状況からウル帝国時代のものだと判断された。でも、ファン・マイはルナ遺跡だと考えていたみたい」

 サキとカイがリトを振り向いた。

「ホントか? いったいそれはどこだ?」

 リトはパソコンから蓬莱(ほうらい)群島(ぐんとう)の地図を呼び出した。拡大する。

「ほら、ここ!」


 ウル舎村自治国(しゃそんじちこく)に属する小さな無人島だった。リトによると、あたり一帯は公園のように整備されているとはいえ、観光スポットとは言えない。あまり人気(にんき)がなく、遺跡発掘現場がほとんど放置されているらしい。

「車だと一時間もかからないな」

 サキの問いに、リトが頷いた。

「よし。今度一緒にいってみよう」

 三人の結論は一致した。


 ファン・マイの事故は偶然ではない。二つの超高度な異能が疑われるマイの事件には、ルナ遺跡をめぐる何らかの秘密が関わっている可能性が高い。とすれば、ユウがこだわるシャンラのルナ第二神殿の不審な事故死や失踪もまたマイ事件とつながっているかもしれない。


 背後に見え隠れするのは、新興宗教の天志教団、そして古代に結成されたという強力な異能者集団――天明会。

――非常に危険だ。


 ルナ神殿の絵柄(えがら)の謎説きに、これ以上子どもたちを巻き込むわけにはいかない。これから先は、三人で協力して極秘に調査を進めることを決めた。

(だがなあ。……ルルもアイリも異常に鋭い)


 絶対に何か感づくだろう。……隠そうとするほどに首を突っ込んでくる恐れが高い。おそらく、そのきっかけは、何事にも鈍感な風子に違いない。風子の無邪気な一言は、これまでも大勢を振り回してきた。

 そして、サキの懸念(けねん)は、やはり、当たった。

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