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Ⅷー1 古代ルナ神殿遺跡

■古代文化同好会

 古代文化同好会のメンバーが増えた。リク、風子に加えて、ルルもシュウも参加した。新しいメンバーを加えてのはじめての調査旅行。週末を利用した一泊二日の日程が組まれた。


 きっかけは、風子の何気(なにげ)ない一言だった。ルナ古王国を取り上げた授業が終わったとたん、風子がぼそっとつぶやいたのだ。

「一度、本物のルナ神殿を見たいなあ……」

 ルルとシュウがすぐに賛同し、あれよあれよという間に企画が決まった。アルバイト要員として、リトまで駆り出された。これにはルルが大喜び!

 なんとアイリまでもが参加を申し込んだ。姉妹校扱いなので、参加資格は満たしている。

 理由は簡単――。モモのそばにいたいからだ。


 以前に風子が検査で病院に泊まった日、モモは夜も朝もご飯を食べず、ひたすら入り口のそばに座り込んで主人を待った。それ以来、アイリはできるだけ風子と行動を共にするようになった。おまけに、今回はキュロスが護衛兼(ごえいけん)食事係(しょくじかかり)として付き添うと言うのだ。アイリは食べ物の魅力に勝てない。


 サキの車はオンボロだったが、キュロスが運転する車は非常に高級な車で、しかも新車だ。どうやら、この合宿のために新たに七人乗りの車を用意したらしい。高級車の後をサキのオンボロ車が追っかけた。当然ながら、だれもサキの車に乗りたがらない。

(こんな贅沢(ぜいたく)に慣れたら、アイツらの先が思いやられるぞ……)

 教師として心配するサキ以外にとっては、いいことづくめだった。


 集合は朝六時。

 全員分の昼食用弁当はもちろんキュロスが用意した。目指すは、シャンラ王国にあるルナ遺跡。蓬莱本島とは目と鼻の先にあり、いくつかの小さな無人島を挟んで連絡橋でつながっている。

 遺跡の発掘調査はすでに十年前に完了し、見学可能になっている。近くの小さな博物館に出土物(しゅつどぶつ)が展示されていた。サキにはさっぱりわからないので、リトが解説した。

(コイツ、こういうところだけは強いんだよな)

 サキですら、改めて弟の実力を認めざるを得なかった。ルルがホワンとリトに見とれている。


 宿の予約はサキがした。キュロスの嫌な予感は当たった。

 女子四人組はキキ・モモとともに雑魚寝(ざこね)。男たち三人も同室で雑魚寝。サキだけはシングルルーム。宿を見た途端、キュロスが慌てた。セキュリティも何もない宿だったからだ。おまけにシュウを雑魚寝させるなど……。アタフタとしているキュロスを尻目(しりめ)に、シュウははじめての安宿(やすやど)を楽しんでいた。キュロス以外の者と同室など初めてだった。


 リトは慣れているのか、まったく遠慮がない。

「おい、さっさとメシに行こうぜ」とばかり、シュウの目の前で着替え始めた。さすがにシュウの目が点になる。キュロスはあわてて、リトの裸の上半身をバスタオルで隠した。

 華奢(きゃしゃ)のように見えたリトの身体は、筋肉が引き締まっていて、ムダがない。思わず、シュウは自分の身体を見た。細く、白く、柔らかで、筋肉のかけらもない。胸は薄く、(てのひら)も薄く、足も小さい。


 リトは二十歳だと聞いた。自分は二十歳まで生きられるかどうかわからない。この身体を強くしても意味がない。……これまでならそう考えて諦めた。

 だが、今日は違った。生きたいと思ったのだ。はじめて、心の底からそう思った。二十歳の自分がどうなっているか、二十歳のあの仲間たちがどうなっているか、見たい! ともに生きて、ともに二十歳を迎えたい! キュロスは、シュウの目が強い光を帯びるのを見た。


 女子部屋は(にぎ)やかだった。着いた途端に、風子が菓子を広げた。モモを抱いていたアイリが、菓子を大量につまんで口の中に放り込む。リクも少しだけ菓子をつまんだ。ルルは、菓子そっちのけで室内のあちこちを探検している。ルルは初めての宿にワクワクだ。何もかもがめずらしい。キキはごろんと寝そべり、モモはアイリの膝の上でウトウトしはじめた。


 やがて夕食時間となった。大広間に全員が集合し、鍋料理をつつく。これまたキュロスがあわてた。他人の口に入った(はし)(さじ)を突っ込んだ食べ物をシュウに食べさせるなどとてもできない。リトは豪快に食べ始め、女子たちがそれを真似(まね)た。シュウもおそるおそる匙を出す。どんどんごった煮になっていくほど、鍋の食材がうまくなっていく。

 キュロスは最後までシュウを止め、抵抗したが、ルルがキュロスの椀に具材(ぐざい)をよそおった。「食べないのか?」とルルに睨まれては、キュロスは抵抗できない。


 結局、キュロスが一番の大食いだった。シュウの目にじんわりと涙が浮かんだ。こんな楽しい食事などしたことがない。騒ぎながら、笑いながら、肉や野菜を奪い合うなど、シュウは心から笑った。あのリクですら、ほんのりと笑顔だ。


――ああ! 学校には、こんな世界があったんだ!

 笑い転げるシュウを見ながら、キュロスもまた涙ぐんだ。いままでシュウがこれほど子どもらしく見えたことはない。シュウに必要だったのは、医師でも書物でもない。友だちだったのだ。


■ルナ遺跡

 (あさ)()が気持ちいい。

 目指すは、二十年前に発掘され、はじめてルナ石板が発見された記念すべき遺跡だ。風子は感慨にふけっていた。覚えていない母が、心血を注いで調査した遺跡だ。


 はじめて見るルナ遺跡は広大だった。東に川、周囲を低い山に囲まれた盆地だ。今では公園のように整備されて、発掘現場はほぼそのまま残され、近くに復元遺跡が展示されている。みなでワイワイ楽しんでいると、向こうから二人の人物が姿を現した。リトが駆け寄っていく。


「カイ修士!」

 リトと並び立つ青年の秀麗な姿を日の光が包み、彼は軽く微笑んだ。

(だれだ? アイツ)

 アイリが風子に聞く。

(わかんない)

 そうだった。風子に聞いても無駄だった。

 リトが美青年を紹介した。

「天月のカイ修士です」

(天月って、なに?)

(山だろ)

 風子がコソッと尋ね、アイリが答える。何の説明にもなっていない。

 そばにいたサキがガックリ肩を落とした。

(コイツらは天月仙門すらも知らんのか?)


 リトが、カイの隣の少年を指さした。カイとは打って変わってえらくぞんざいな扱いだ。

「こっちは、カムイ。カイ修士の子分といったところだ」

「おい! 子分じゃねえぞ。侍従だ」

「似たようなもんだろうが!」

 リトに食ってかかっていたカムイが、突然固まった。ルルが現れたのだ。カムイの顔がうれしそうにパアアッツと輝く。

――まさか、まさか、こんなところで、こんな間近で、憧れの彼女に会えるなんて!

 でも、ルルはカムイには知らんぷりだ。仕方ない。アイツ――ルルの従兄弟(いとこ)――に、釘を刺されている。妙に近寄るわけにはいかない。


 カイは、サキに丁寧に挨拶した。天月は礼儀を重んじる。初対面の年長者にはきちんと礼を尽くす。サキは驚いた。若き美貌の天月修士の噂は聞いたことがあったが、じかに見るのは初めてだ。まさか、これほど若く、ここまで美しいとは思っていなかった。

 ただ、見渡すと、「天月修士」という名に反応しているのは、サキくらいだ。あとは、「天月修士」が何たるかを知らないのだろう。風子も、アイリも、ルルも、リクもだ。まあ、いい。こんなレアな存在など教えたことがないのだから、知らなくて当然だ。


――では、あの御曹司と護衛はどうだ?

 サキが振り返ると、護衛キュロスは、カイに対して、片膝をつき、片腕を曲げた正式な礼をとっていた。天月修士が何たるかを十分に知った上で敬意を表しているのだ。

 その隣で、シュウは涼やかな顔で立っている。天月修士の意味を知った上で年下の者から挨拶しないのは、天月修士より身分が上だということを示す。だが、そんなのは(おう)(こう)くらいだぞ。ひょっとして、シュウは単なる金持ちの御曹司などじゃないのか?


 カイはシュウにも丁寧に挨拶し、キュロスを立たせた。シュウもまた優雅に返礼した。美青年と美少年が並び立ち、思わず、サキはホオーッと見とれた。風子も二人に見とれているが、アイリもルルもリクもまったく無関心だ。


――まあ、これもありだ。

 女子のすべてが美男子好きというわけじゃない。だいたい、この四人女子の中で、「普通」の反応を示すのはいつも風子だけだ。


 遺跡の案内役は、ここでもリトだ。

(ホントにコイツは、こんなところでは妙に役に立つ)

 だが、よく見ていると、リトが話かけているのは、カイだけだ。

――おい、合宿の目的を忘れたのか?


 シュウは風子と連れだってニコニコしているし、後ろをついて行くキュロスがうれしそうにそれを見守っている。ルルは妙にカイを睨んでいるし、カムイとやらは主人から離れてルルにつきまとっている。アイリはモモの散歩に集中し、リクはいつも同様ぼーっとしている。

――ここはデート場所でもないし、お散歩場所でもないぞ!

 サキは、思わずそう叫びたくなったが、疲れるのでやめた。ベンチに座り込むと、キキが寄ってきた。膝に乗せてやると丸くなって眠り始めた。

――ああ、のどかな、いい日だ。


 やがて、遺跡近くの木の下に、キュロスがシートと弁当を広げ始めた。宿の主人に掛け合って、早朝から自分で弁当を作ったらしい。キュロスが担いでいた大きな荷物はこれだったのか。ルルとアイリが真っ先に駆け寄った。あの二人は食い気だけは誰にも負けない。シュウは、カイとカムイにも声をかけた。なんだかものすごいメンバーのランチになってしまったぞ。

 遺跡見学に来た人たちが、遺跡をそっちのけで、ランチメンバーを遠巻きにしてひそひそとしゃべっている。映画か何かのロケと思ったらしい。


 さもありなんだ。

 超美形のカイとシュウにかなりの美形のリトがいて、超美少女のルルとアイリがいるんだ。あとが「並み」レベルでも、そりゃ目立つだろ。

 なんだか一番喜んでいるのはリトのようだ。さっきからやたらと写真を撮っているが、カイにばかりカメラを向けている気がするぞ。

「おい、リト!」と、カムイがリトのカメラの前に立ちはだかった。

「なんだよ? 邪魔だ。どけよ」

「カイさまの写真を勝手に撮るな。不埒だぞ!」

「記録写真を撮ってるだけだ。おまえにとやかく言われる筋合いはないよ!」

「なにおう! ほら、おまえのスマホを見せろって」


 カムイは、リトのポケットからスマホを抜き出した。カムイが首をかしげている。

「あれ……? ヘンだな……」

「なにがだ?」

「カイさまの写真がないじゃないか? おまえ、この前から盗み撮りばっかりしてたはずなのに」

「そ……そんなこと……」

(助かった……このまえ、妙なネズミにスマホを取られたから、新しいのに買い換えたばかりだ。おかげで金欠。このアルバイトでなんとか息をつなぐことができたけど……) 

「ほら、返せよ!」と、リトはカムイからスマホをひったくった。

――危ない、危ない。こっちの一眼レフにはカイの写真がわんさかある。

 カイのくちびるが動いた。カムイの顔が変わった。リトの顔が喜びにあふれた。

(わたしはいい。写真を撮ってもかまわない)


 大喜びのリトはさっそくカムイにカメラを渡し、カイとのツーショットを撮るよう頼んだ。カイが頷いたので、カムイが渋い顔をしながら、いやいやシャッターを押している。途中から二人の間にルルが割って入り、風子やシュウたちも合流して集合写真になった。カイの表情は変わらず、リトは不満げだ。

 このやりとりを見ながら、サキは思った。

――うーむ。

 リトが女子に見向きもしないのは、カイのような美男子が好きだったからなのか? 

 二人が並んでいるのを見ていると、静と動で正反対の似合いのカップルだ。カイもまんざらではなさそうだ。

 弟よ、頑張れ!  


■ルナの紋章

 午後は、現物保存されたルナ遺跡を見学した。神殿遺跡の全体が紫外線と熱を遮断する大きな透明ドームにすっぽり覆われていて、劣化しないように保存されている。見学には事前申請が必要で、人数制限も厳しい。犬猫は入場禁止なので、キュロスが保護役として外に残った。


 ここでもリトが大活躍だ。今回入場しているのはサキとカイのグループだけなので、大っぴらに解説できる。

 リトは天井を注意深く見て、何かを探していた。

「あったぞ。みんな来て!」

 ゾロゾロと集まると、リトは天井を指さした。

「ほら、これがルナの紋章だよ」

「紋章? なんだ、それ?」

 サキが尋ねた。

「ファン・マイの説なんだ。ルナには何種類かの紋章があって、それが神殿の格や役割を示しているらしい」

「じゃ、これは何を意味するんだ?」

 サキは一番大きな絵を指した。

「月の紋章だろうって、ファン・マイは推測している」

「月神殿ってこと?」

 風子が尋ねた。

「ううん。よく見て。月の紋章のそばにぐるりといくつかの絵が描かれているだろ?」

「ホントだ」

「おそらく、火、水、木などの紋章だと思われるけど、どれがどれかはわからない。ファン・マイもそこまで特定していない」

「ひょっとして、紋章ってのは文字なのか?」

 ルルが聞く。

「うーん。むずかしいな。単なる文字よりももっと複雑な意味をもってるらしい」

「どんな?」

「それがわかったら、ルナ石板を解読できるよ」


 サキは天井の絵を見て、固まった。どうしても読み解けなかったマイのメッセージ。そのメッセージの中に登場した絵だ。

 カイも天井の絵を凝視していた。ここに来たのは、この絵の確認が目的だった。老師から渡された神聖石盤にはこの絵はなかったが、初代銀麗月の禁書に似た絵が描かれていた。だが、少し違う。


 リトが続ける。

「石板が見つかったのは、このあたり。祭壇の両脇に二枚ずつに分けてきれいに積み重ねられていたらしい。ファン・マイは何らかの儀式に使う祈祷書のようなものだったのではないかと推測している」

「へええ」

「ほら、ここから天井を見て」

 みんなが振り返った。真下から見たときよりも絵柄がはっきり見える。

「あれ? 絵が違うよ」

 ルルが言った。ルルは、文字は読めないが、画像は一度見たら忘れない。精密な箇所まで再現できる。


「そうかな? 同じに見えるけど……」

 風子が首をかしげた。

 ほかのみんなも同じように怪訝(けげん)な顔をしている。どこが違うのかわからないのだ。カイだけがルルの言葉にかすかに頷いた。禁書に描かれているのは、この角度から見た紋章の絵だ。初代銀麗月が生きた時代にこの遺跡はまだ発見されていない。では、初代銀麗月はどこでこの絵を見たのだろうか。

「さすが、ルル。ルルの言う通りなんだ。ファン・マイもそれに気づいた。というよりも、ファン・マイは、先行研究を引用したんだ。都築凛子。風子のお母さんの研究だよ」


 みんながいっせいに風子を見た。どういうことかわからないらしい。

「風子のお母さんは、有名なルナ研究者なんだ。このルナ遺跡を発掘した調査団の一人で、ルナ石板を発見した人なんだよ。ファン・マイの研究には、何度も都築凛子の名が出てくる。都築凛子は現場主義で、遺跡に張り付いて、年がら年中発掘調査をしていたらしい」

「へえええ!」

 みんなが感嘆の声を上げる。風子はどこかくすぐったい思いだった。でも、母の記憶はまったくない。

「でも、都築凛子は、ここから少し離れた別の遺跡調査の現場で行方不明になった。十年前、風子が五歳の時だ」

 みんなの興奮が一挙に(しず)まった。サキは、ユウの言葉を思い出していた。


――十五年前に若い男性研究者が行方不明になり、十年前に女性研究者が行方不明になって、五年前に男性研究者が事故死して、三年前に男性研究者が自死した。おかしい。なぜ、こんなに続く?


「オレの父親も、その遺跡現場で事故死したんだ。……五年前だけど」

 だれもが息を()み、沈黙した。

「あ、ごめん。湿っぽくなったね」

 風子が尋ねた。

「その遺跡に行くことはできる?」

「中には入れないんだ。原因不明の事件や事故が続いたし、地盤が軟弱で、さらなる事故の恐れがあるからと、シャンラ王国が現場を封鎖(ふうさ)してしまったからね。でも、近くまでなら行けるよ。帰りにちょっと寄ってみる?」

 風子は大きく(うなず)き、みんなも何度も頷いた。


■もう一つの神殿遺跡

 そこは、車で三十分ほどの距離だった。工事中のような覆いが張り巡らされ、人影(ひとかげ)もない。

 すぐそばには大きな森が広がっていた。急峻(きゅうしゅん)な崖と急な河川に囲まれた天然の要塞であるが、その幅も奥行きも半端(はんぱ)ではない。


「〈王の森〉……」と、キュロスが思わず口にした。サキがハッとした。子どもが行方不明になった森だ。

「〈王の森〉?」

 リトが、首を傾けながら繰り返した。パンフレットにも研究書にもそんな呼称は登場しない。

「なんですか、それ?」と、リトが尋ねた。


 キュロスは一瞬躊躇したが、やがて語り始めた。

「〈王の森〉とは、シャンラ王家が保有する御料地(ごりょうち)です。公式には「王領禁林」と言うのですが、このあたりでは〈王の森〉と呼ばれています。シャンラ王家の陵墓(りょうぼ)もあり、そのための祭殿もあります。王族とその賓客だけが楽しめる狩り場もあって、離宮もあります。でも、それらは北部に固まっていて、大半は広大な森です。とくにここから見える南側の森は、だれも足を踏み入れたことのない原生(げんせい)(りん)です」

「そんな原生林のすぐそばにルナ遺跡があったというのか?」と、サキが眉根(まゆね)を寄せて尋ねた。

「わたしがシャンラにいたころに、さきほどの遺跡が発見されて国中が熱狂していましたが、こちらの遺跡はまだ見つかっていませんでした」

「キュロスさん、シャンラにいたのか?」と、驚きながらサキが尋ねた。

「はい、そうです。シャンラ王家に仕えていました。王家の方をお守りする仕事です」

 シュウとカイ以外のみんながビックリした。

(やっぱり、タン国傭兵だ)

 サキが納得していると、キュロスが不思議なことを言った。

「この遺跡の場所は、もともとは〈王の森〉の中だったはずです。調査で遺跡が出たから、〈王の森〉から引き離したのかもしれません。……ただ、〈王の森〉は数千年にわたって保護されてきた原生林のはず。地盤が弱いなどはあり得ないのですが……」

「神殿遺跡を森が覆っていたというのか?」

 サキが尋ねると、キュロスは頷いた。サキはいぶかしく思った。

(ヘンだな。シャンラの元国教はヨミ教。いまも王族はヨミ教を奉じている。ヨミ教とルナ信仰は、相容れないはずだ。ルナ遺跡は、今でこそ古代文化遺跡としてフィーバーしてるが、一昔前はヨミ教の宿敵で、すべてのルナ神殿はヨミ神殿に変えられるか、破壊されたはず。あの第一神殿が残ったのは、古代にたまたま河の氾濫(はんらん)()もれたからだ。だが、ここは森が覆い尽くすまで放置されたままだったというのか?)


 リトが、得意そうに説明した。

「発見の手かがりは、都築凛子の研究だった。彼女は、ルナ神話をもとにさっきの第一神殿からの方位や距離でこの第二神殿の位置を推測した。十五年前のことだ。シャンラ王家は場所が場所だけに調査には否定的だったらしい。けれど、十年前に、いまのシャンラ女王が特例で調査を認めたんだそうだ。遺跡は発掘されたけれど、風子のお母さんは行方不明になった。その後も調査は続けられて、オレの父親もここを見に来たんだ。でも、事故に()って……」

 リトが口を閉ざした。ほんの少し目が赤い。

 サキは、リトと風子を見ながら、つぶやいた

(子どもの失踪事件と言い、どうもいわくつきの遺跡だな……)

「おい、リト。この遺跡のことはそれ以上わからないのか?」

 サキの問いに、リトは首を振った。

「あんまりわかっていない。調査も途中で止まっているみたいだし。でも、父さんが何枚も写真や動画を撮ってる。あとで見せるよ」

 相談が始まった。朱鷺(とき)(かなめ)の写真と動画を見るために、次の週末、全員が再集合することは決まった。

――だが、どこに?

 寮も教室も使いたくない。マイの一件以来、サキは〈蓮華〉に間諜(かんちょう)が入り込んでいると考えていた。みんなで(うな)っていると、空気を読まない風子が無邪気に言った。

「シュウの家なら広そう!」

 みんながシュウを見た。おずおずとシュウが提案した。言いたくて仕方なかったのだが、遠慮していたのだ。

「ボクの家でよければ、どうぞ使ってください」

 案の定、アイリとルルがゲッという顔をしている。「高級」には必要以上に構えてしまう二人だ。場の空気を読んで、気配りの人キュロスが言う。

「みなさんのお食事をご用意します。ランチと三時のおやつと夕食の全部」

「うわおっ!」

 ルルとアイリが目を輝かせた。ここぞとばかりにシュウが付け加えた。

「泊まる部屋も用意します」

 すかさずキュロスが言葉を継いだ。

「二日目は朝食から夕食まで、フルスペックでご用意させていただきます。最後の夕食は、すき焼きでいかがでしょう? (しも)()りの最上級の松坂牛を準備しますよ」

――霜降り、松坂牛? なに、それ?

 風子もアイリもルルも意味がわからないようだ。そんなもの食べたことがない。ポカンとしている。だが、リトは、これを逃してはならじと大声で宣言した。

「味付けはまかせて!」

 リトが喜ぶなら、断る理由はない。ルルが勇んで手を上げた。

「あたしも行く!」

「決まりだな」と、サキが言った。アイリも豪華なタダ飯を予想して、ニンマリしている。リクは相変わらずわからないが、お祭り好きな風子はおおはしゃぎだ。

「わああ、また合宿だあ!」

 カムイが、キュロスをつついた。

「オレたちも参加ってこと?」

「もちろんです。天月修士をお迎えできるなど、末代(まつだい)までの名誉です」

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