第6話 対ダンジョン機構の東勝悟(あずましょうご)
「引き続き昨日の『ダンジョンテロ』に関する情報をお伝えします。昨日十八時過ぎ、東京メトロ丸ノ内線霞ヶ関駅ホーム内で突如発生したダンジョンについて、つい先程『マッド・ダンジョンズ』を名乗る集団から日本政府に向け、犯行声明が送られたという情報が報道機関に伝えられました。もっともその内容について政府は『今はその全てを明かす事は出来ない』としており...」
「こちらが一夜明けた現場となっています。これまでに類を見ない、地下鉄構内での発生ということでこのようにですね、地上から駅へと続く階段から既に立ち入り禁止のテープが張られており、我々報道機関もその内部に入る事は許されていない状況です」
「内田さん。中の様子について、対ダンジョン機構から何かお話を聞くことは出来たのでしょうか...」
「ではここで今回の被害...え~現時点で分かっている情報ですけれども、それを振り返っていこうと思います。丸ノ内線霞ヶ関駅テロ。駅利用者、駅員等合わせて数百人がダンジョン内に閉じ込められ、数十人が負傷。救助に向かった隊員も2名死亡したとのことですが...」
「やっぱり、どこもかしこも昨日の話ばかりだ...」
薬臭い病室にたった一人で寝かされている私は、そこに置かれている小さなテレビを占領し、朝のニュース番組を次から次へと流し見していた。
しかしどの番組も昨日のテロの特集ばかりで変わり映えがしない。暇つぶしでいつも見ているネットニュースも、スマホを取り上げられているせいで見ることが出来ない。
(あの時、一体何が起こったのだろうか...)
テレビを消した私は、薄いシーツが敷かれたベッドに腰かけ、物思いにふける。脳内に直接響いて来たあの音声。目の前で浮かび上がり、勝手に弾丸を補充、装填する銃。それを無我夢中で撃っていたら、いつの間にか死んでいたあの巨大な蜘蛛の化け物―。
あんな事が、自分達が日々過ごす日常の裏側で起こっているとは。私にとってそれはあまりにも非現実的な出来事で、自分の精神が何処かでおかしくなっており、それが映し出した幻覚なのではないかとさえ、思えて来た。
「本田様、お待たせしました」
その時、バインダーを持った看護師が病室の扉をそっと開け、中に入って来た。
「お疲れ様でした。検査の結果、現状で心身共に異常は見られませんでした。ただダンジョンでの恐怖体験が、後にPTSDを始めとした精神疾患を引き起こす事例は多々ありますので、もし今後何か異常が見られれば、迷うことなく医師の診断を受けて下さい。こちら、検査結果の写しになります」
看護師はバインダーから一枚の紙を取り出し、私に渡す。用紙には、毎年受けている人間ドックの最後の問診で渡されるものと似た、良く分からないアルファベットと数字が羅列された表が印刷されていた。
(あんなことがあって、異常なしか...)
私は昨日の出来事について医師から診断を受けている際、脳内に流れた女性の声と、その直後に起こった現象を話さなかった。情けない話だがそれを話すと自分で自分を精神異常者だと認めるようで何だか恐ろしかったのだ。とはいえ、医療機関から直接異常なしと伝えられた事で、私はほっと胸をなでおろす。
「それでは、もう帰ってよろしいのですか?それと、携帯電話も返して頂きたいのですが...」
もう出勤の時間をとっくに過ぎている。ここに搬送された時のごたごた具体から判断しても、病院側が職場に事情を伝えているとは考えにくいだろう。
だがそれを伝えた途端、看護師の顔が申し訳なさそうに曇る。
「その...。大変申し上げにくいのですが...、実は本田様が検査を受けている間に対ダンジョン機構から当院に連絡がありまして。本田様の身体に異常が見られなければ、直ちにその身柄を機構に受け渡すよう要請してきたのです...」
緊張と恐怖で全身に嫌な汗をかきながら病院の裏口を出た時、そこには白いセダンと、紺色のスーツを身に着けた、がっしりとした体格の、30代前半位の男が立っていた。
「本田聡様ですね。私は対ダンジョン防衛・封鎖機構所属の東勝悟という者です。病院側からお話は伺っているかと思いますが、昨日のテロに関して事情聴取をする為、一時的に貴方の身柄をこちらで預からせて頂きます。どうか、ご了承ください」
東と名乗った男は聡に対し丁寧に頭を下げる。者腰柔らかな言動だが、彼が纏う独特なオーラは、無意識の内に私の居心地を悪くした。
「あの、職場には...」
「貴方の職場には既にこちらから連絡を入れております。さあ、お乗りください」
東は背後に停めてあるセダンの後部座席のドアを開け、私に乗るよう促す。
「は、はい...」
根っからの小市民である私は文句の一つも言えず、おどおどとしながらドアをくぐり、新車の臭いがまだ濃く残る後部座席に腰かけた。国の機関の車に乗せられたということあり、私は以前軽い交通事故を起こした際に乗ったパトカーとよく似た、強い圧迫感を感じていた。
「こちら東。対象者との合流を完了した。これより戻る」
運転席に乗り込んだ東は備え付けられた無線を口元に伸ばしそう告げると共に、そのごつごつとした左手で車のギアを丁寧にドライブに入れた。
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