第5話 無限弾倉(インフィニティ・マガジン)
明智が空中で蜘蛛の反撃を受け地面に叩きつけられた時、私は自身の傍に転がって来た小銃に無我夢中で飛び掛かっていた。
(彼女を助けないと...!)
私の頭は、その事で一杯になっていた。幼い頃から臆病で、自分ではジェットコースターにすら乗れなかった私が何故、ここまで勇敢になれたのだろう。まして彼女は自分を救ってくれたとはいえ、少し娘に似ているというだけの、赤の他人なのに。
(銃なんて撃った事も触った事も無い。だが、引き金を引けば弾が飛んで行くのだろう。そうだ、前に観たSF映画で、エイリアンと銃撃戦をするアメリカ兵を援護した民間人が、腰で銃を構えていた。そうやれば、私でもあの蜘蛛に当てられるかもしれない...)
「コード6E-1207!ACDS全解除!!」
蜘蛛の牙を握りしめる明智が、突然そう叫んだ。自分の身長以上に跳び上がる超人的な動きや、握力だけで蜘蛛の牙を抑えている力は、彼らが四肢に身に着けるあの鎧が生み出しているのだろうか。
私は自分の腰に小銃を構え、震える指で一気に引き金を引いた。
ガガガンッ!ガガガンッ!!
三点の点射が二回、計六発の弾丸を私は杭蜘蛛に撃った。両手に伝わる凄まじい衝撃と、鼓膜が吹き飛ぶかと思う程の爆音を受け、私は発砲したその瞬間から両目を瞑ってしまっていた。
だが幸運な事に、放った六発の内の二発が奇跡的に杭蜘蛛の眼にそれぞれ当たり、それらを完全に潰した。
突然の奇襲により八つある眼の内の半分を失った杭蜘蛛は怒り狂い、明智から鋏角を引き抜くと共に、尻から出した糸をそれで器用に紡ぎ、負傷した明智をたちまちに糸で拘束した。狡猾な杭蜘蛛は私と脅威と認めつつ、明智を再起不能にする事も忘れない。
「こ、来い...!俺が殺してやる...!」
私は鋏角を擦り合わせながら迫る杭蜘蛛に再び引き金を引く。ところが、それにより生じたのは両手を震わす衝撃でも、耳をつんざく爆音でもなく、カチッ!という軽い音だった。装填されていた弾丸を、全て撃ち切ってしまったのだ。
「え、何で...?何で...?」
私はそう自問しながら、何度も引き金を引く。だがその度に響くのは空撃ちの音だけだった。
「銃を捨てて今すぐ逃げて下さいッ!!」
杭蜘蛛の背後から、殆ど悲鳴に近い明智の叫びが飛ぶ。
弾が切れた銃は、新たな弾丸を装填しない限り、無用の長物だ。例え軍属でなくてもその程度の知識なら多くの人が知っているだろう。だが、目の前に自分よりも大きな化け物が自分を殺そうと迫っているような状況では、それが既に使えないということにすら理解が追い付かず、己を守る唯一の手段にすがり続けるという行動に出るというのは、無理も無い話だろう。
そういう訳でパニックに陥った私は、顔を恐怖に引きつらせ、銃を構えたまま立ち尽くしてしまっていた。
杭蜘蛛の鋏角が迫る。相手が無抵抗だと判断したのか、蜘蛛は明智に向けたシューッ、という音を立てた。
(私は、ここで死ぬのか...?自分の家族すら救えず、しまいには他人の足を引っ張って...?そんなのいやだ、いやだ!!私は、死にたくない!!)
『スキルの発動要件を達成。【無限弾倉】及び補助スキル【自動装填】を生成。対象者、本田聡に付与します』
その時、電車の無機質なアナウンスに似た女性の声が、私の脳内に直接流れた。そしてその直後に起きた現象に、私は度肝を抜かれる。何と小銃が勝手に聡の手から離れ、彼の目の前に浮かび上がったのだ!おまけに小銃は、それ自体に意思があるように勝手に動作し、マガジンキャッチを動かして空の弾倉を外す。
またその弾倉すらも重力に引かれて落下するのではなく、小銃の傍で浮遊を始める。更にそんな弾倉の周囲を、どこからともなく現れた黒煙のような揺らぎが包む。
そしてその揺らぎが晴れた時、空だった弾倉には弾丸がぎっしりと詰められていた。
『装填完了。目標を撃滅して下さい』
再び女性のアナウンスが流れ、弾倉を装着しつつ自動的にコッキングレバーを引いた小銃が私の両手に舞い戻る。
「うわあぁぁあああ!!」
武器が戻って来た私は、目の前で起きた摩訶不思議な現象も相まって、まるで発狂したかのように小銃を乱射する。
ガガガガガガガッ!!!
絶え間ない銃声と弾丸の雨が杭蜘蛛を襲う。もはや錯乱状態にある聡は気付く由も無かったが、小銃は「3点制限点射」から「連射」、つまり引き金を引き続ける限り発砲を続ける、所謂「フルオート射撃」に切り替わっていた。お陰で30発あった弾倉は、ものの数秒で空になる。もっとも―
『装填完了。目標、依然健在です。攻撃を続けて下さい』
弾丸を撃ち切ったその瞬間から小銃が手を離れ、先程と全く同じ行程で完璧に再装填を済ませる。それを受け取り、私は鬼の形相で引き金を押し込む。
キュ、グギギュグュ...
そして二度目の射撃を終えた時、それが訪れる。一度目の射撃の時点で全身を撃たれた杭蜘蛛はもはや聡を攻撃することなど出来ず、あちこちに出来た弾痕から青い体液をだらだら流し、力なく足をひくひく動かしていたが、更なる弾丸の応酬により遂に限界を迎え、その体液もろとも塵となって消えた。
『脅威の排除を確認。安全の為、スキルを凍結致します。お疲れ様でした』
最後に、脳内アナウンスが労いの言葉をかけて来た。銃身が熱くなった小銃が、聡の手から零れ落ち、それに倣うように、緊張の糸が切れた聡は気を失い、背中から地面に倒れ込む。
「い、今のは、一体...」
杭蜘蛛が死んだ事で糸の拘束から解かれた明智は、胸に出来た二つの傷を押さえながら、千鳥足で意識を失った聡に歩み寄っていった。だが―
「ぐッ...!再生が...もう」
明智が一歩踏み出した瞬間、患部が強く熱を持つと共に、彼女の全身はその場で石にされたかのように動けなくなってしまった。
「止めろ...今動けなくなるのは、不味い...!」
しかし明智の意志に強く反し、彼女の身体は微塵も動こうとしない。そして数十秒その場にもがいている間に、明智の意識はだんだんと薄れていき、そして患部の熱が収まると同時に、明智は聡と対を成すように倒れ込んでしまった。
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