第42話 ファミレスにて
「お待たせしました」
「ありがと...え?」
先に注文を済ませた明智からタブレットを受け取った時、私は注文履歴に並ぶ料理の数の多さに絶句してしまった。
(え、こ、この子何でこんなに頼んでるんだ...?)
二人でシェア出来るように注文したのだろうか...。ドリンクバーに加えピザ、サラダ、フライドチキン、更にはステーキやドリア、パスタまで。明智はアルコール類とデザートを除き、全てのカテゴリから何かしらの料理を注文していた。しかも量が調整出来るものは全て「大盛」に設定されている。こんな量の注文、学生時代の体育祭や文化祭の打ち上げでしか見たことが無い。当然、クラスの半数が参加しているものだ。
私は思わず明智を見る。驚きが顔に表れていたのだろう、私の顔を見た明智はキョトンとした顔で小首を傾げる。
「どうされました本田さん?」
「あ、いや...。明智さんがもうこんなに料理注文してくれているのなら、私はとりあえずいいかな、と...」
「...え?私が注文したものは全て私が食べるためのものですよ...?」
「...え?」
私は再び言葉を失ってしまった。
「じゃ、じゃあこの料理全部明智さん一人で食べるつもり、なんですか...?」
「はい。私、こう見えて結構食いしん坊なので。それに退院したばかりなのでお腹ぺこぺこなんです!」
白い歯を見せ、明智はニカッと笑う。良い意味で年頃の女の子らしくない、小学生のような無邪気な笑顔だった。まぁそれとは裏腹に、タブレットに並ぶ数十の料理は小学生どころか大の大人ですら到底食べきれるようなものでは無いが...
「そ、そうなんですね...」
現場で働く人間ならば必要なエネルギーも相応に多くなるのだろう。それに加え、きっと彼女は某有名女性フードファイターのような、胃袋が果てしなく伸びる類の人間なのだろう。そう自分に言い聞かせ、私は自分の注文を終える。またプレシャに健康の事を言われそうなので、選んだのはサラダと野菜スープ、そして比較的ヘルシーな鶏肉のステーキだ。
暫くして料理が運ばれて来る。四人用のテーブルには明智が注文した料理が所狭しと並び、互いの財布や携帯を置くスペースすら無い程であった。
「頂きますっ!」
明智はそんな料理達を嬉しそうに口に運ぶ。彼女の食事風景は少し不思議だった。皿を入れ替える毎に軽い合掌をしてから食器を持ち、そして空になった皿に対しても律儀に「ごちそうさま」を告げる。まるで横断歩道を渡る度に必ず手を挙げて通る子供みたいだ。その様がどうにも面白おかしく、私は彼女が明太子のパスタを美味しそうに食べ始めた時思わず吹き出してしまった。
「どうされました...?」
明智はまたキョトンした顔を見せる。丁寧な口調に加え、化粧っ気の全くないキリッとした上品な顔立ち。そんな彼女が子供の様に夢中で食べているのは、どれも500円もしない安物の料理。そのちぐはぐさがまたシュールで、私の笑いのツボを押して来る。
「い、いやなんでもないです。お食事、続けて下さい」
「そうですか」
少し腑に落ちない顔をしながらも、明智はフォークとスプーンでパスタをくるくる回し、口に送る。
「ふふ、美味しい...」
緩んだ口から微かに言葉が漏れた。目の前に冴えないおじさんがいる事など意にも介さず食事を楽しむ彼女の姿を見て、私は娘の事を思い出していた。誕生日のお祝いにファミレスや回転寿司に連れて行った時、陽葵もこんな顔をしていたっけ...
「ごちそうさまでした...うん?」
空っぽになったパスタの皿に今回もごちそうさまを告げた時、明智は急に視線を落とす。
「本田さん、手首に巻いているそれ、何ですか?」
明智が首を伸ばして覗き込んだもの。それは私の手首に付けられている、貝殻をあしらったブレスレットだった。
「あぁこれですか。男のくせにブレスレットなんて変だと思いますが、これは以前沖縄旅行に行った時に娘が作ってくれたものなんです」
私は徐に手首を持ち上げる。陽葵が卒園した記念に家族で行った沖縄旅行。そこで立ち寄った、シーサー作りや琉球ガラス作りが体験できるテーマパークで、陽葵が家族三人分のブレスレットを作ってくれたのだ。
そしてこの旅行から帰った一週間後、陽葵と彩は死んだ。あのテロからもうすぐ20年近く経つ。お陰でゴム紐に通された貝殻はどれもくすみ、一部は欠けてしまっているが、それでも私は、未だにこれを手放せずにいる。
「へぇ、素敵なプレゼントですね!それに娘さんいいセンス!」
「ありがとうございます。娘に伝えておきますね」
その言葉は私の家にある遺影に伝えられる事など露知らず、明智は食事を再開する。その一方で私は家族のことを話したにも関わらず、心の奥から暗く冷たいものが湧き上がって来ないことに密かに驚いていた。もしかしたら私は無意識の内に、目の前のこの女性に、成長した陽葵の姿を重ね合わせていたのかもしれない...
結局明智は注文した大量の料理を全て、涼しい顔で平らげてしまった。本当にフードファイターかと見紛うその食べっぷりに、私だけでなく他の店員や周りの客も好奇の視線を向けていた。その視線に気付いているのかいないのか、明智はその後にもケーキやパフェをさらりと流し込み、ドリンクバーから取って来たコーラとメロンソーダを一気飲みした時に初めて満足気な息を吐いた。
「はぁ、お腹いっぱい」
「はは、いい食べっぷりでした...」
食後のコーヒーを啜りながら、私は通路側に寄せられた皿の山を眺める。どの皿や鉄板も米粒やコーン、グリーンピースの一粒も食べ残しが無い、綺麗な食べ方であった。
「あの、本田さん。良かったらご家族と行った沖縄での旅行について、もっと聞かせては頂けないでしょうか?」
空になったコップを握りながら、明智が唐突にそう訊ねて来た。
「旅行の話、ですか?」
「はい。実は私、海の生き物とか好きで、特にサンゴがいる南の海が好きなんです!でも仕事柄そういうところに行く時間も無くて...」
「成程、そういうことですか。それならば喜んで」
「ありがとうございます!」
それから私達は、それこそ本当の親子のように、時間が許すまで会話に花を咲かせた。旅行でやったシュノーケリングの話題から、私の趣味であるスキューバダイビング、そこから回り回って、私が行きたかった、オーストラリアにある世界的に有名な海洋大学についてまで。彼女はどうやら本当に魚や海が好きなようで、私が語る海での思い出や、スマホに入っている海中写真を食い入るように聞いてくれた。
「あ、この魚は知っています!ロウニンアジ、GTという魚ですね!大きいですね~!」
「お~、良くご存知で!いやぁ、この時は泳いでいるGTをこんな近くで見られるとは思いませんでした。学生時代に小笠原に行っておいて大正解でしたよ!」
「この写真、オガサラワで撮ったんですね...オガサラワ...はッ、ということは...!本田さん、シロワニというサメの写真ってあります!?」
「何と、シロワニもご存知でしたか!勿論ありますよ!」
そんな会話をずっとしていたせいで、私達がファミレスを出たのは赤い夕陽が沈み始めた頃だった。




