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第41話 優芽との再会

日比谷公園に出現、いや厳密にはマッド・ダンジョンズによって開かれたダンジョンは私が木更津から帰ったその日に封鎖が決定され、次の日にはもう入り口が完全に閉ざされた。広瀬は封鎖の理由として「日比谷公園という憩いの場をいつまでも閉鎖する訳にはいかない」と話していたが、実際は「国政の中心地にダンジョンという危険物を置いておく訳にいかないから」という理由のほうが大きいだろう。


まぁ、それはそれとして。ダンジョンでの三度に渡る戦闘を経験した私はもう、通常の業務に全くと言っていい程集中出来ずにいた。これから私はこの国の守護者として、裏方ではなく最前線の現場で戦う身となる。それに対する一抹の期待感と、心の殆どを支配する不安感で、私は普段ならまずしないような業務上のミスをこの一週間何度もしてしまった。


「本田さん、やっぱりもっと休んだほうがいいですよ...。顔色もずっと悪いですし」


「室長、やっぱりダンジョンに巻き込まれたせいで精神的な傷を負ったんじゃ...」


そんな私に、同僚や後輩から心配の声をくれたのは言うまでもない。


隊員になれば彼らと関わることももうなくなるのだろう。長い間お世話になったことへの礼も兼ねて、本当なら彼らにこれからの事を正直に伝えたいところだが、それも叶わない。それに対するもやもやが殊更に、私の集中力を削いでいく。


加えて私の心を不安定にさせるのは、これからの自分のキャリアに関する事柄だけでは無かった。




『あの、プレシャさん...』


遂に来てしまった明智との約束の日。私は昨日仕事帰りに買って来た薄手のチノパンに襟付きのシャツという、少しかしこまった格好で集合場所のファミレス前に立っていた。


溜め息を一つ。疲れた吐息を夏の熱い空気に溶け込ませた後、私はプレシャに話しかける。



『どうされましたか?聡さんのお気持ちも分かりますが、折角のお食事会なんですから、もう少し楽しそうな顔をすべきかと思いますが...』



『本当はそうしたいところですけどね...?今のご時世、若い女の子と私みたいなおじさんが二人で居たらそれだけで冷たい目線を送られるんですよ...』



『以前教えて頂いたパパ活というものの弊害ですね?心の寂しい中高年の男性が見ず知らずの若い女性と同じ時間を共にし、その対価として女性に金銭を支払う...。一つの経済活動として成り立っている行為であると私は考えますが、聡さんの世界ではそう簡単なものではないこともまた、理解しています』



私自身の名誉の為に言っておくが、明智からデートのお誘いを受けた時、私は何とかしてそれを断ろうとした。しかし電話の向こうの彼女は、ちょっと信じられない位強情かつ、ちょっと常識外れな感じで


「どうしてもお礼がしたいんです。今週がダメなら来週、それでもダメなら再来週の休日はどうでしょうか?」


「本田さんと私だけで?当然ですよ、デートというのはそういうもののはずです...え?それは不味くないか、ですって?...何故です?」


という風に、私の遠回しの断りを悉く跳ね除けてしまった。一向に譲る気配の無い彼女と会話を続ける内に「業務上の連絡を行うはずのこの携帯でこんなやり取りをしていていいはずが無い」とか「この会話が録音でもされていたらどうしよう」という焦燥がどんどんと募り、最終的に私は


「分かりました。それでは今週の土曜日の12時ですね...?」


と、彼女の誘いを受け入れてしまう。


そして、デートの約束が決まったことで心底嬉しそうな彼女が伝えて来た集合場所は「ガルデニア」という、立川駅の直ぐ傍にあるチェーン店だった。


激安イタリアンのファミリーレストラン。学生時代、部活終わりに良く通っていた飲食店だが、これを食事会の場として選ぶのは如何なものだろう...。しかし、変に洒落た店なんかに行けばそれこそパパ活と間違われそうだし、気の進まないお出かけのランチに高いお金を使わずに済むのも、有難いことだ。




そんなこんなで、私は武蔵小杉から南武線を使い、立川まで足を運んだ。


「お待たせしました、本田さん」


その声に、私はドキリとする。どうやら彼女も到着したようだ。声のするほうに振り向く。そして映ったその姿に、思わず安堵の息を漏らした。


デートと口にしていたから、明智さんがお洒落な恰好をしてきたらどうしよう...。そんな私の心配を嘲笑うかのように、彼女は短パンにTシャツという、部屋着のまま家を飛び出してかのような服装をしていた。これなら殊更、パパ活と間違えられることも無いだろう。


「こんにちは、明智さん。元気そうでなによりです」


「はい!お陰様で、もう十分に回復しました!」


こちらに駆け寄る明智は、今までダンジョンで見せていた彼女からは想像もつかない程に穏やかで無邪気な笑顔をこちらに投げかける。どうやら彼女もオフの日は至って普通の女の子のようだ。


「それじゃもうお店に入りましょうか?暑いですし」


「そうですね!」


私と明智は店の入り口に続く階段を上り、隅っこに使えるキャッシュレス決済の一覧が貼りつけられた扉を開く。エアコンによって冷やされた空気が、汗ばむ身体を心地良く包む。


(良かった良かった...。これなら何の問題も無く終わりそうだ...)


店員に案内された席に明智と座りながら、私はそんなことを考える。


しかしこの時の本田聡は知らなかった。目の前でワクワク顔でメニューを見つめる女の子が、決して「普通の女の子」では無いことを。



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