第38話 救出作戦
プッ...プッ...プッ...ツー
ラジオで良く聞く、日本標準時の時刻が変わった際のアナウンス音が司令室に響く。午前二時、作戦開始の予定時間となった。
「時間になりました」
「では作戦のフェイズ1開始。陸上部隊、ダンジョンに突入せよ。送れ」
舞台上のモニターには展開中の地上部隊が身に着けるカメラからの映像が映し出されている。彼らが立つのは千葉県木更津にある駐屯地の滑走路。その中心に、ライトと、封印装置とよく似たアンテナ付きの装置に囲まれた、ダンジョンの入り口が佇んでいる。
『こちら陸上部隊。干渉装置に異常なし。予定通りダンジョン内に突入する。送れ』
陸上部隊からの通信の直後、陸上部隊が列を成し、ダンジョン内へと姿を消す。直後、同基地から発進した輸送用ヘリコプター、CH-47JAからの通信が入る。
『チヌーク、木更津離陸。干渉座標の変更を求む。繰り返す、座標の変更を求む』
「こちら司令部。座標をA02からE04に変更する。目標に悟られないよう、突入後直ちに高度を上げよ、送れ」
『チヌーク了解』
すると滑走路すれすれだった入り口がゆっくりと上昇し、ライトに照らされながら地上数十メートルの高さまで浮かび上がった。夜の闇に二枚のローターの轟音を響かせながら、CH-47JAがそれの中に消えた。
モニターが数秒間砂嵐に包まれる。そしてそれが晴れると、視界の百メートル程先に、真昼の平原を闊歩する巨大亀の後ろ姿が移った。後ろ脚が地面に触れる度にカメラがグラグラと僅かに揺れている。幸い、周囲に巨大化したゴブリン達は見当たらない。
『突入成功。目標の尾部周辺に見張りと思しき人影を確認。後ろ脚より甲羅上の雑木林へと進入する。送れ』
こちらの存在をテロリスト達に悟られぬよう、部隊は姿勢を極限まで落とし、途中で進行を止めるなどして慎重に目標へと近づく。だがその巨体故に遠目では分からなかったが亀はかなりの鈍足なようで、部隊は数分足らずで亀の真下に到着した。甲羅の裏にはその表面が分からない程に大量の苔が付着しており、真下からそれを見上げることで、本当に森そのものが動いているような印象を受ける。
ズシーンという重低音と共に、巨木と見紛う後ろ脚が眼前に振って来る。だが部隊はそれに怯える素振り一つ見せず、小銃や刀を身に着けた重装備のまま、脚にある無数の突起物を利用して甲羅へとするする登っていく。
『登頂完了』
甲羅に登った隊員達は小銃を構え、一歩一歩、牛歩の歩みで林の中を進む。甲羅に生えている木々は針葉樹と広葉樹が混ざっておりそれなりの数の落ち葉が散らばっているが、映像からはカメラを付けた者の息遣い以外の音は殆ど聞き取れない。これも、鍛え抜かれた彼らだからこそ出来ることなのだろう。
突入から約十分後。部隊は遂にマッド・ダンジョンズ達を発見した。彼らは皆武器を構え、集団の中心で震えている人質と周囲を常に警戒している。
だが藪の中を大股に歩いていた一人が突然、声一つ出さず、引きずり込まれるようにしてその藪の中に消えた。恐らく、潜んでいた隊員に気付かず近づき、不意を突かれたのだろう。
『こちら陸上部隊。対象を確認した。制圧の準備、出来ている。送れ』
「司令部了解。では作戦をフェイズ2へと移行する。直ちに航空攻撃を開始。陸上部隊、焼夷弾の着弾と同時にスモーク投擲、目標を制圧せよ」
苔亀の遥か上空。雲の上を飛ぶ8機のF35-A戦闘機に、空爆が要請された。
『クリアードアタック、クリアードアタック。ファイア、レディ...ナウ』
それぞれの翼下に搭載された計16発の焼夷弾が、苔亀の半径50メートルを囲うように投下された。着弾した焼夷弾が、苔亀の周囲に、赤く輝く灼熱の壁を形成する。
現状ダンジョンに巣食うモンスターに対する有効な攻撃手段は、迷宮鋼を用いた武器以外に無い。しかし多くのモンスターは、それが自身に害が無いにも関わらず、炎を忌避する。それは多少の知能があるとはいえ、基本的には単細胞なゴブリンも同様だ。
そう。たった今展開されたこの炎は、陸上部隊と人質をモンスターから守る防壁であったのだ。
『な、何だ...!?』
突然にして炎に閉じ込められ、マッド・ダンジョンズ達は動揺の声を上げる。だが時すでに遅し。作戦をここまで進められた時点で、彼らはもう”詰み”なのだ。
集団目掛け、真白の煙を吐き出すスモークグレネードが投擲され、辺りが瞬く間に視界不良となった。カメラが灰色の世界を映す中で、短い悲鳴が断続的に聞こえてくる。
そして数十秒後。煙が晴れた時にはもう、十二名のテロリスト達はそれと同数の隊員達によって地面に組み伏せられていた。二人の人質は残る者達によって拘束を解かれている。
『こちら陸上部隊。マッド・ダンジョンズの制圧及び人質の救出を完了した。回収を求む』
「了解。司令部よりチヌーク、部隊の回収に急げ」
『チヌーク了解』
「陸上部隊は回収を待つ間、例の腕輪を探せ」
人質を解放した二名の隊員が、背後から拘束された状態で立たされた構成員達の身体をまさぐり、プレシャが言及したあの腕輪を探す。そして―
『腕輪を発見した。これよりカメラに映す』
小太りの構成員が羽織るジャケットのポケットから腕輪を探し出した隊員が、カメラの前にそれを掲げた。
腕輪は映像の通り、眩いばかりの黄金で出来ている上に、全体に漆黒の幾何学模様が施されている逸品であった。しかし等間隔で蟹のハサミのような突起物が外側に向かって飛び出しているのが、何とも言えない奇妙な様相を醸し出している。
『お、おい待ってくれ!それだけは見逃してくれないか...!?』
『や、止めろ!止めてくれ!』
腕輪を奪われたことが分かった途端、借りてきた猫のように大人しかった構成員達が急に狼狽え始めた。どうやら、相当に重要なものらしい。プレシャの言うように、本当にこれが巨大化の元凶なのだろうか。
『こちらチヌーク。苔亀の上空に到着した。これより回収に移る』
ローターの音が再び響き、ヘリが生む下降気流によって木々が激しく揺れ始める。
「司令部了解。焼夷弾の延焼が始まっている。回収を急げ。全部隊が木更津駐屯地に帰還した時点で、本作戦を終了とする」




