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第37話 プレシャの助言

「どこまでも面倒な奴らだ...」


薄暗い部屋の中で、顔をしかめた宮野空将の舌打ちが聞こえる。本当に、堅気の人間には思えない。


声明から約二時間後。私が座る長テーブルには広瀬と平川、宮野の他、遅れて集まった防衛省や自衛隊、ダンジョン機構のお偉いさん方が集まり、物々し過ぎる雰囲気を醸し出していた。ここは既に、この国をダンジョンから守る最前線を指揮する場になっているのだ。その事実を飲み込めきれず、場違いな私は真剣な表情を保つ傍らで「今すぐ家に帰りたい」という思いを必死に堪えていた。


一同はだだっ広い司令室の巨大モニターに映る、ダンジョン内へと緊急発進した空自のドローンから送られて来る映像に頭を抱えていた。それは私も同様で、この中で最も状況理解が進んでいない人間でも、芳しくない状況であることは明白だった。


(さっきの人達が、こいつの背中にいるのか...)


広大な平原を、巨大な亀が歩いていた。全身にあの黒いオーラを纏うそれは首から尻尾にかけて、軽く見積もっても30メートルはありそうな巨体だ。そしてそんな亀が背負う甲羅にはちょっとした雑木林程の木々が繁茂し、亀がその巨体を動かすのに合わせて枝葉を揺らしている。


「先程の映像の揺れから見ても、彼らが甲羅上の森の中に立て籠っているのは明白でしょう。実に厄介な状況です」


隣に座る広瀬が苦言を呈しつつも、小声で私に状況を説明してくれた。


「本多さん。映像のモンスターは『苔亀』と呼称される、本来なら自らの食糧となる苔を甲羅に生やした、体長一メートル程のモンスターです。人間が近づいても危害を加えることは皆無であり、故に危険性も殆どありません。ですが、”あれ”に関しては話が変わってきます」


すると広瀬に合わせるかのように、テーブルの反対側に座る男が声を上げた。彼は野澤陸上幕僚長、陸上自衛隊のトップに立つ人間だ。


「彼らの要求、我々は決して受け入れる事は出来ません。しかし先程の映像からして、マッド・ダンジョンズはあの巨大亀の甲羅上に生えた、雑木林の中にいると見て間違いないでしょう。故に人質を救出するには、地上から少数部隊による隠密行動以外にありません。ですが、問題はその後です」


野澤は、黒いオーラを纏いながら平原を闊歩する苔亀を画面越しに指差す。


「厄介な事にこの苔亀はコア・モンスターでもある。コアの中にマッド・ダンジョンズが潜んでいる、という事はあの映像の中に当該ダンジョンを生んだ人間がいる可能性が極めて高い。仮に人質を救出し、テロリスト達を制圧出来たとしても、異能持ちによって巨大なモンスター達を呼ばれればそれだけで一巻の終わりです」


そこで野澤は自身と向かい合うように座る北村航空幕僚長に進言する。


「北村幕僚長、作戦を完遂するにはやはり空自による高高度からの援護が不可欠と考えます。人質救出を目的とした陸上部隊の運用に併せて、戦闘機と焼夷弾の使用を作戦案に盛り込んで頂くようお願いしたい」


「干渉装置の運用にはまだ不安定な面が残りますが、致し方ありませんね。官邸への連絡を完了次第、三沢のF-35Aへの搭載を急ぎます」


北村は渋い顔をしつつもそれを了承する。


「しかし救出に加え、あのコアを一体どうやって駆除すべきか我々は考えなければならない。あれ程の巨体です、30mm機関砲でも殺しきれるかどうか...。広瀬一佐、例の大砲の進捗は?」


「はい。技術と資金両方の面から、実践に投入出来るだけの完成には残念ながらまだ...」


「そうですか。まぁ、無理もありませんね。開発の認可が下りただけでも奇跡みたいなものですから...」


この国をダンジョンから守る最前線に立つ人間達の会話を、私は蚊帳の外で聞いていた。すると広瀬から銃を取り上げて以降沈黙を貫いていたプレシャが語り掛けて来た。




『聡さん。お願いがあるのですが、先程の犯行声明の映像をもう一度見せて頂くようお願いしては頂けないでしょうか?』




『何か、気付かれたことがあったんですか?』




『はい。恐らく、彼らにとって有意義なものになるはずです。しかし、その為には確証が必要です』




『分かりました。しかし、ここにはホワイトボードがありませんが...』




『そうですね...。皆さまへの自己紹介も兼ねて、もう一度私自身の言葉で話したいと考えています。可能ならば先程と同じようにホワイトボードを、それが叶わなければペンと紙があれば筆談は可能です。その旨も合わせて伝えて頂けませんか?よろしくお願いします』




『分かりました』




私は会話の合間を見計らい、隣に座っているかつ、プレシャの存在を唯一知っている広瀬に声をかけた。


「ひ、広瀬さん、すみません。プレシャさんが作戦について助言したいことがあるそうです。その為に筆談の準備と、それと先程の映像をもう一度見たいと願い出ています」


それを聞き、広瀬の表情がほんの僅かに柔らかくなった。


「それは嬉しいお言葉です。早速用意をしましょう」




そして数分後。モニターと机を挟む形で、ホワイトボートと黒のマーカーが用意され、そこにプレシャが文字を書き綴り、錚々たる面子に対し自己紹介と挨拶を行った。


ペンが一人でに動いて筆談を行うという現象に、皆初めこそ驚きを隠せていなかったであったが、先程の広瀬と同じような問答を数回繰り返すうちに、直ぐにもとの落ち着き払った態度に戻っていた。流石、全員が国防という重責を普段から背負っているだけある。問答の中で皆の視線が向けられる度に肩を縮こまらせる私とは大違いだ。


「ではプレシャさん。映像を再び流します」


平川の言葉の後、モニターが再び声明を映し出す。


森の中。揺れるカメラ。マスクを被った武装集団。彼らの中心で、恐怖から全身を震わせる二人の人質。そしてリーダーと思しき人物が、仰々しく自分達の要求を口にする...


その時、弾けたばねのような速度で、ホワイトボードに「映像を止めて下さい」と綴られる。プレシャの願い通り、映像が一時停止される。




【左から数えて三番目、散弾銃を持つ者の左手を、拡大しては頂けませんか】




映像がズームされ、プレシャが指定した者の左手がフォーカスされる。


「何か、腕に付けていますね...」


誰かがそう呟いた。その言葉通り、画像が荒いので分かりずらいが、その者は確かに、左の手首に黄色の何かを身に着けていた。腕輪か、何かだろうか。


「プレシャさん。確かにこの者は何かを身に着けているようですが、これが一体...」


プレシャが、マーカーを滑らせる。そこに書かれた文字に、どよめきが上がった。




【この者が身に着ける物が、当該ダンジョンのモンスターを巨大化させている要因の可能性があります。これを確保、或いは破壊すれば打ち刀のみでコアの撃破を達成出来るかもしれません】




そしてプレシャは、反論や疑問が飛んでくる前にクリーナーで素早く文字を消し、次の文字を綴った。




【詳しい説明、及び質疑応答の前に前提をお話しておきましょう。今お伝えしたことはあくまで仮説。100%の事象では無く、可能性の域を出ません。故に私の助言を採用するとしても、作戦は人質救出を最優先としつつ、モンスターの進行妨害を目的とした作戦のフェイズ2を必ず残して頂くよう、よろしくお願いします】

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