第36話 人質
それは先程ダンジョン内で別れた部隊と思しき者達の戦闘の様子だった。映像が始まるや否や、鉄がひしゃげる凄まじい轟音が、耳をつんざく。あの巨大ゴブリンが振り下ろした棍棒が、ひっくり返って動けなくなった装甲車の一つを叩き潰したのだ。
「これ以上の戦闘は無理だ!撤退しろ!!」
水本、と名乗った隊員の声だ。殿を務めるつもりなのか、彼は負傷した仲間と民間人を見送ると、ゴブリンに向け単身で小銃を発砲しつつ後退する。
水本の放つ弾が、群がってこちらに向かってくるゴブリンのうち、最前列にいる一体の膝を貫いた。
ギャッ!という声を上げながら倒れるゴブリン。更にそれにつまづき、後続の者達がドミノ倒しの如く倒れてゆく。図体は立派でもお頭はからっきしのようだ。そして映像はそこで終わる。
「...非常に厄介な状況です」
パソコンを触りながら、平川は深いため息を吐いた。
「本田さんは既知の事かと思いますが、日比谷公園に出現したあのダンジョンのモンスターは全て、元の体長の数十倍以上に巨大化しています。映像にあったモンスターは識別001、ミ型小鬼と呼称されている...」
「あの...」
そこで私は平川の言葉を止める。これが宮野空将のほうだったら多分、そんなこと出来ていなかっただろう。
「何か?」
「あの、以前から気になっていたのですが、同じモンスターに違う名があったりするのは一体どういう意味があるのですか...?」
「おや」と、平川は眉を動かす。
「これは意外でした。モンスターの呼称についてはまだ存じ上げていなかったのですね。ではこの際に説明させて頂きます。我々ダンジョン機構はダンジョン内のモンスターに識別の番号を振った上でそれぞれ『正式名称』と『俗称』を与え、それに加えてCから特級という、危険度に合わせたカテゴライズを行っています。このうち『正式名称』というのはダンジョン機構が命名したもの、『俗称』というのはマッド・ダンジョンズが配信等で用いている名になります。特定のモンスターを呼ぶ際、我々は原則として正式名称を用いますが、場合によっては配信者の映像を利用して戦闘や情報収集を行う事もある為、俗称のほうも覚えておく必要があるのです」
なるほど。明智や他の隊員がやたらごちゃごちゃした呼び方をしているのは、そういうルールがあったからなのか。
そういえばあの赤い竜は確か、レッドドラゴンという名の他にア型火吹き竜とか言う名だった気がする。多分両方とも覚えやすさを優先しているのだろう、レッドドラゴンというのは相当に安直な名だが、機構の名称も大概な気がする。
「では閑話休題。映像にあったモンスターは数こそ多いものの、本来は人間の子供程の大きさしかない、危険度も最低のCにカテゴライズされている弱小モンスターです。ですがあれ程の大きさになれば話は別。あんなモンスターが蔓延っているようでは、地上戦力の運用は困難になります」
「ではどうやってダンジョンを...」
平川陸将が宮野空将に目配せをする。それを合図に、今度は宮野が口を開く。
「そこで我々航空自衛隊の出番です。当該ダンジョンは幸いにも、空がある。航空機を使えば地上のモンスターを避け、コアの探索を行う事が出来ます。封鎖に向けまずは、我々がその戦力を機構に貸与する予定です」
あぁ、これが「超法規的措置」というやつか。機構に勤めて数十年、それが具体的にどのような内容かは明かされないものの、この「自衛隊から戦力を借りる」という事が起こる度、一部の事務系職員は残業三昧となる。特に財政課にいた時は地獄だった。
仲間達の仕事がたった今増えた事に悶々としている中、宮野は言葉を続ける。
「そしてコアの探索に当たって、本田さん。是非貴方に宿る存在にご助力を...」
その時、司令室に警報が鳴り響いた。コンサートホールを改造している事もあり、物凄い大音量だ。
「たった今、マッド・ダンジョンズを名乗る集団から、声明が届きました!」
何処かのデスクから放たれたその報告に間髪入れず広瀬が
「第一モニターに出せ!!」
と命じる。直後、巨大モニターが再び映像を映し出す。
場所は、森だろうか。鬱蒼とした木々に囲まれた広場に、よく強盗とかが被っているマスクをした集団が各々銃器を持ち、こちらを見つめている。非常に威圧的な光景だが、カメラマンが余程の下手くそなのか、一定周期で映像がガタガタとブレるのがとても気になる。
そしてその集団の中心に、目隠しと猿ぐつわを噛まされ、両手を後ろで縛られた二人の女性が座り込んでいた。身なりからして、若いOLだろう。
リーダー格らしき男が、カメラの前に立つ。
「我々はこの国の歪んだ秩序に反旗を翻す、マッド・ダンジョンズである。単刀直入に言おう。この二名の人質と引き換えに、我々は現在収監されている全構成員の解放を求める。猶予は明日の正午。要求に応じなければ人質の命は無い。以上だ」
映像はそこで、終了した。沈黙が、巨大な司令室を包んだ。




