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第31話 トンネルを抜けると、そこはダンジョンでした

発砲によって生まれた熱が伝わって来る。銃撃の反動を間髪入れずに受けた右肩の感覚は半分麻痺していた。その一方で、耳栓によって外部の音が遮断されているせいか、プレシャの声が一層はっきり聞こえた。


「これで...終わりですか...?」


AW50...とか言ったか。これ以上この巨大な銃を撃つのは肉体的にも精神的にも難しいものがある。私は吐息混じりの声でプレシャに尋ねた。




『はい、ひとまず脅威は去ったようです。そして後の事は一旦、彼らに任せるとしましょう』




キュイイイイン...!!




ディーゼル特有のエンジン音が幾重に重なって背後から押し寄せて来た。どうやら”外”の妨害を退けることに成功したようだ。私達はあっという間に、ダンジョン機構の隊員達が駆る装甲車に囲まれる。停車した車の一つから、一人の隊員が降りて来る。彼はこちらに視線を合わせず、胸の無線で通信を行っていた。


「はい、霞ヶ関駅封鎖作戦時の男性で間違いありません。はい、では予定通りに...」


そのやり取りを最後に無線から手を放した隊員は一度、真っ白になった上に搭載された銃が変わっている装甲車を概観した後に私に歩み寄ると開口一番、


「本田聡さんで、間違いありませんね?」


と身元を確かめて来た。


「はい、そうです。ご迷惑をお掛けしました...」


私はそれを認めると共に彼に向かって車両の上から頭を下げる。しかし国の武器を強奪した上にそれを用いてダンジョンに強行突破...。「迷惑」どころか問答無用で刑務所に放り込まれても文句は言えない行為だ。もっともそれを覚悟でここまで来たわけだが。


「迷惑だなんてとんでもありません。貴方が再び我々に代わって戦闘をしていたことは、この装甲車を見れば一目瞭然です。貴方の勇敢な行為に、また救われました。ありがとうございます」


だが彼は私を非難することも糾弾することなく、静かに敬礼を向けて来た。霞ヶ関駅の時とは違い、私はそれに対し誇らしさと申し訳なさが混じった、複雑な感情を抱く。


「後は我々にお任せ頂き、本田様はダンジョンを出て頂くようお願いします。外の武装集団は既に鎮圧されていますので、安心して出口をくぐって下さい」


「はい」


私は急いで体を車内に引っこめ、乗車した時と同様に後部のドアから装甲車から降りる。私が装甲車から離れるや否や、元々それに割り振られていたであろう3名の隊員がそそくさと外装をチェックした後、乗り込んだ。


「水本一曹。銃がミニミ機関銃ではありませんが...」


銃塔から顔を出した隊員が変わり果てたそれを見て、困惑した表情を見せる。


「あの、すみません。説明すると長くなるのですが、諸事情で備えられた銃も変えてしまいました。大変申し訳ありません...」


私は水本と呼ばれた隊員に再び頭を下げる。


「...そのようですね。その件も含め、再びお話を伺う必要がありそうです。詳しくは外の者からお聞き下さい」




綺麗に整えられた芝生と花壇はズタズタになり、その上に装甲車や護送車が並ぶ。視界が戻った時に広がったのは、そんな光景だった。既に銃声は無く、公園内に溢れるのは慌ただしい人の声と足音、そしてダンジョンを囲む封印装置の駆動音だ。


(奴らはもういないのか...?)


私は周囲を見回す。だがどこにもダンジョン機構を銃撃していた者達の姿は無い。私がダンジョンで戦っている間に制圧されたか、それとも射殺されたのか...


「お怪我はありませんか?」


聞き慣れた声がして、装甲車の間からスーツを着た男が歩み寄って来る。東だった。彼は私の前に立つと、真っ白に染まった私の全身を概観する。


「怪我はありません。代わりにシャツとズボンが台無しになってしまいましたけど...。まぁ、自業自得です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


私は東にもまた謝罪を述べる。先程の水本という隊員も東も私を咎めるつもりは無いようだが。


「これはまた派手に暴れたようですね。我々はまた、救われたようです。貴方という存在が世間に露呈されなかったのも、幸運だった」


それを聞いた東は仕方なさそうにほほ笑んだ。


「えっとつまりそれは...?」


私の問に、東は頭上の澄んだ夏空を指さす。


「先程まで飛んでいたテレビのヘリコプターの映像です。中継映像にはダンジョンへと強行突破する装甲車は映っていましたが、貴方自身の姿は捉えられていなかった。お陰で、機構がまた面倒な批判な誹謗中傷に晒されずに済みます」


「...申し訳ありません」


いい大人のくせして、その視点が完全に抜けていた。もし私が装甲車に乗る瞬間を捉えられていたら。そこから生まれるであろう数々の面倒事を想像し、私は恐怖と罪悪感で胸がいっぱいになってしまう。


「それにしても、まさか警察の封鎖を掻い潜って現場に近づくだけでなく、装甲車を拝借するとは思ってもみませんでした。これもまた、貴方に宿るものの助力、という訳ですか?」


「はい。私の中の彼女が私を導いてくれました。それに装甲車を動かしたのも、彼女です」


「...やはりそうでしたか」


東はそこで私の目を真っすぐと見る。


「本田さん。貴方の力は我々の想像以上に強力です。また勝手な願いで申し訳ありませんが、午後の業務をお休みし、我々にお付き合い頂きたい。そして...今日が最後の出勤日になり得ることを同時に覚悟して頂きたい」


「分かりました」


私は大きく頷く。既に覚悟は出来ている。


「ありがとうございます。それでは参りましょう」





東に連れられ、彼の運転の下またあのセダンに揺られる事約一時間。車は中央自動車道の相模湖ICを降り、山沿いの曲がりくねった林道を走っていた。結構な頻度で、建築資材らしきものを積んだ大型のトレーラーや、迷彩色の車両とすれ違うことから、この先にダンジョン機構の施設か何かがあるのは確かだろう。


一段と曲線が強い曲道を過ぎた時、目の前に巨大なトンネルが現れた。入り口付近には小さな詰所のような建物が建てられているだけでなく、入り口全体がフェンスで覆われており、物々しい雰囲気を醸している。頑丈そうなフェンスには、



防衛省関連重要施設 許可無い立ち入りを堅く禁ずる



という看板が設けられていた。


迷彩服を着た隊員がこちらに近づき、窓を開けた東と短いやり取りをした後、フェンスが開かれる。トンネルには明かりが一切無く、車はそのライトだけを頼りに徐行運転で闇に飲まれてゆく。


「あの、東さん...。この先には一体...」


不安になった私は車が動き出してから初めて、隣で運転する東に話しかける。


「直ぐに分かります。ご安心下さい」


東がそう告げた直後、直線のトンネルを照らしていたハイビームの光が歪んだ。車が前に行く程その歪みは大きくなり、そして次の瞬間ひんやりとした感触と共に視界があやふやになる。間違いない、ダンジョンに入ったのだ。ぼやけた視界に包まれた数秒の後、周りが一気に明るくなったのが分かった。


「到着です」


「こ、これは...!?」


東の声とほぼ同時に視界が復活した私は窓の外に広がる光景に度肝を抜かれた。私達はその淵がぼやけて見える程広大な湖の上に伸びる、長い長い石橋の上を走っていたのだ。そしてその先には、湖の上に浮かぶ、中世ヨーロッパを彷彿とさせる巨大な城が荘厳に佇んでいた。


「ここは『特区ダンジョン、城塞1号』と識別されている文字通り特別なダンジョンです。このダンジョンにはこの先の城を含めモンスターが一切存在せず、故に兵器の開発やダンジョンにまつわるあらゆる事象の研究・解明を行っているダンジョン機構の本丸と言うべき存在です」


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