第30話 おじさん、ダンジョンにて大活躍
かなりスピードを出しているせいで平坦な芝生の上を走っていても、車内はガタガタとかなり揺れた。私は身体をぶつけないよう、内部の取っ手を堅く握り揺れに耐える。
(本当に大丈夫なんだろうな...!)
外からは絶えず銃声と、鉛玉が外装に弾かれる音が聞こえてくる。プレシャのことだからその情報に決して漏れはないだろうが、それでも私はいつ車体が吹き飛ばされるか気が気では無かった。
しかしその心配は杞憂に終わる。プレシャの荒い運転に耐えること数十秒、私はひんやりとした感触に包まれる。無事にダンジョンに入れたようだ。
『急旋回します。ご注意下さい』
歪んだ視界が元に戻りかけた瞬間、車が突然右に急ハンドルを取る。取っ手を握っていなかったら私は遠心力に完全に負けていただろう。タイヤが擦れる音の直後、すぐ後ろで何か重いものが落ちたような、ズシンという音が響いた。
(な、何だ...?)
私は外を見る。今回のダンジョンは陰鬱とした洞窟では無く、良く晴れた青空の下に広がる、薄緑の下草が生えた大地がどこまでも続いている広大な平原であった。生まれて初めて見る地平線が地球のものではなく異世界のものとは思ってもみなかった。
『到着しました。中央の銃塔から上半身を出して下さい。聴覚保護の為、後部座席にある耳栓をお忘れなく』
私は揺れる狭い車内で悪戦苦闘しながら、座席近くにあったヘッドフォン型の耳栓を引っ掴んで頭に押し込むと、四十肩を殺す覚悟で車体中央の機関銃が取り付けられた銃座へと上半身を持ち上げた。
視界が一気に広がり、涼しい風が私の頬を撫でる。その心地良さに、私はほんの一瞬だけ、自分が置かれた状況を忘れかけた。そんな私を現実に引き戻すかのように、巨大な影が私と装甲車を包む。
「こ、これは...!?」
影の主。それは以前実験映像に登場したゴブリンとか呼ばれていた醜いモンスターであった。もっとも今目の前にいるそれは映像の個体とは異なり、全身が赤い肌で覆われているだけでなく、アパートと見紛う程に巨大な体をしていた。
『識別002、ア型小鬼。ダンジョン機構ではそう呼称されているモンスターです。しかしこれは...大きすぎる』
子供程の大きさしか無いはずのモンスターが何十倍も巨大化している。その事実にプレシャも驚きが隠せないようだ。私はその声とこれまでの経験からか、自然と機関銃の持ち手を握り、引き金に指をかけていた。
ギギギギ...!
私達を見下ろすゴブリンはその裂けた口でにやりと笑うと、手にしている棍棒をこれ見よがしに振り回し始める。私達をそれで叩き潰すつもりか。そう思ったその時、装甲車の細かな揺れが止んだ。どうやらエンジンが切られたようだ。
『敵がここまでに肥大化している故は分かりませんが、だからといって放置する訳には行きません。補助スキル自動装填の凍結解除。メインスキル発動の為、現在装填されている弾丸を外します』
手にする機関銃が黒い揺らぎに包まれる。銃身の上部に取り付けられたカバーが勢い良く開き、銃身下部の弾倉から伸びる弾帯が引きちぎられるように外された。
『これで貴方を守るものは無くなりました。後は敵の攻撃まで耐えるのみです。正念場ですよ、聡さん』
ゴブリンはこちらを取るに足らない蟻んこ程度にしか認識していないのか、愉快そうに反復横跳びを始める。以前の螺旋馬のように攻撃のタイミングを測っている、というよりは殺す前に出来るだけ獲物を怯えさせ、弄んでいるようだ。
そしてその意図通り、私は数メートルある巨体が大地を蹴り、そして着地する度に生む地震によって、文字通り闘志を揺らがせていた。これからあいつは私を踏み潰すのだろうか。それとも手にする棍棒で叩き潰すのだろうか。もしその前にスキルが発動しなかったら...
『怯える必要はありません。ここがダンジョンである以上、私は完璧に貴方を守ることが出来ます。だから今はただ、耐えて下さい』
プレシャの言葉が私の心を支える。先程の件と言い、私の思考まで読み取ることが出来ないなど、とても信じられない。
ギッギッ!!
ゴブリンは突然横跳びを止め、全身を大きく振りかぶって棍棒を頭上高く持ち上げる。私とプレシャが、それをこちらへの攻撃だと認識したのはほぼ同時であった。
『スキル発動の要件を達成。無限弾倉を解凍。対象を排除して下さい』
機関銃の斜め上に、黒い揺らぎで形成された球が生まれた。そしてその玉から、まるで蛇が獲物に襲いかかるように、キラキラと光る弾帯が機関銃の給弾口目掛けて飛び出して来た。
「行くぞおおぉぉぉ!!!」
私の本能が己を鼓舞しなければと判断したかのように、私の口から雄叫びが勝手に飛び出して来た。そしてその声をあっという間に、引き金が引かれた機関銃が放つ銃声が掻き消す。
ガギャアアアア!!
反動の制御などまるで出来ていない射撃のせいで弾丸は殆ど集弾しなかったが、それでも数秒足らずで腹を穴だらけにされたゴブリンは棍棒を遠くに放り投げて仰向けに倒れ込むと、その場で激しくのたうち回り始める。
『対象健在。攻撃を続けて下さい』
私は再度引き金を引く。今度はとどめを刺す為に、映像と同じく頭を狙って。
ギッ...!
急所を撃ち抜かれたゴブリンは短い悲鳴を上げ、塵へと転化した。影が消えた代わりに、風に煽られた多量の白塵が私と装甲車を瞬く間に白く染め上げる。
『お疲れ様でした。安全の為、全てのスキルを再凍結...いや、お待ち下さい!まだです!』
プレシャが戦闘終了の合図であるフレーズを言いかけたその時、地面が再び揺れ始め、それがどんどんと強くなる。
『遠方に増援を確認しました。これより迎撃を行います。車両を動かしますのでしっかりと掴まって下さい』
「ま、待って下さ...!」
しかし有無を言わさずエンジンがかけられ、装甲車が前進を始める。私は慌てるあまり、機関銃に覆いかぶさるようにして体を支えた。発砲によって温められた銃身の熱が私の身体に伝わって来る。
装甲車はゆっくりと加速し、白塵の霧を抜けた。そして視界が完全に晴れた時、私はプレシャの告げた意味を理解した。土煙を上げ、四体の巨大ゴブリンが四つん這いの体勢でこちらに突進して来ていたのだ!
『厄介な状況になりました。あの巨躯が計四つ。今のように車両を停めての射撃では囲まれて攻撃される危険があります。しかし車両を動かし彼我の距離を保ちつつ迎撃していては出入り口から離れすぎる恐れがあります。その隙に別のモンスターに出られては本末転倒です』
「そ、それでは一体どうしたら...」
『心配には及びません。私に考えがあります』
プレシャがそう告げた直後、弾帯を生んでいた黒い弾が弾帯を吸収すると共に四つに分かれ、今まで撃っていた弾丸の倍以上ある大口径の弾丸に変わると、機関銃の上に並べられる。
『続いて緊急生成スキル、武装変更を発動。使用銃器を変化させます』
瞬間、機関銃が生成した弾丸と共に揺らぎにより真っ黒に染まり、まるで影絵を見ているかのようにその輪郭が次第に変わり始めた。そして揺らぎが晴れた時、私の前には以前射撃場でその引き金に指をかけた、巨大な狙撃銃が置かれていた。
『対物狙撃銃AW50。これで対象を全て粉砕します。スコープを覗き、対象の頭部に照準を合わせて...』
「ま、待って下さい!ただ弾丸をばら撒くのならともかく、狙撃なんて私には...」
『ご心配なく。聡さんはただスコープを覗き、引き金を引くだけで良いのです』
「...分かりました」
そうこうしているうちにゴブリン達はどんどんと近づいてくる。銃も変わってしまった以上、選択肢は他に無い。私はスコープを覗きこむ。プレシャが予めそうしてくれたのか、照準の中心にある赤点は既に端にいるゴブリンの眉間にピタリと合わされていた。
ズガァンッ!
発砲した瞬間、肩が無くなるかと思う程の衝撃が私を襲う。体を仰け反らせスコープから目を離した私は、狙ったゴブリンが転げ落ちるように倒れ、塵に変わったのを捉えた。
『命中を確認。更に補助スキルの再使用が可能になりました。以降の照準合わせは私が車両を動かして行います』
突然仲間が倒れた事で残ったゴブリン達は足を止め、慌てふためき始める。その隙に装甲車は後退しつつ、今までの荒い運転からは考えられない程の繊細なハンドル捌きで次のゴブリンの胴体に照準を合わせた。
ズガァンッ!
衝撃で肩が外れそうだ。しかし、自分でダンジョンに入ると言い、プレシャにここまでお膳立てしてもらっているのだから、これしきで泣き言を言っている場合では無い。
放った弾丸は再び命中。今度はスコープ越しにゴブリンが倒れるのを捉えた。装甲車が再び後退し、次の目標に狙いを合わせる。
ズガァンッ!
『見事です。目標、残り一体』
狙撃されているということが理解が出来ないのか最後のゴブリンは戦意を喪失し、その場で頭を抱えてうずくまり始める。しかし私とプレシャは容赦しない。
ズガァンッ!
しゃがみ込んだままの姿勢で、最後のゴブリンは塵に変わる。巨大なモンスターが複数、それも同時に倒されたことで、辺りは空気中に舞う白塵によって白く濁って見えた。
『対象の全滅を確認。周囲に敵対反応、確認出来ず。安全の為全てのスキルを再凍結します。お疲れ様でした』




