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第29話 補助スキル 自動運転(オートドライブ)

『はい、勿論可能です。私の姿を聡さんしか視認出来ない以上、索敵など赤子の手をひねるように容易いものです。ですが...』




プレシャはそこで一呼吸を置く。




『それを知った上で、貴方が今起こそうとしている行動には賛同しかねます。私のスキルはあくまで「聡さんと明智優芽を守る事」にしか用いる事が出来ません。如何に私が強力な存在と言えど、守るべき存在が認められない状況で貴方が進んで戦場に出向く必要は無いのです』




相変わらずの無機質な声色だが、そこには確かに「私にあの場に行って欲しく無い」という意思が感じ取れた。




『プレシャさんは、私がこれから何をしようとしているか、分かるようですね』




返事の代わりに、プレシャは義体を私の横に出現させると、田中君のスマホを一瞥した。




『聡さんはこの戦場に赴き、機構の装甲車両を拝借するおつもりですね?車両上部に搭載された重機関銃。これに無限弾倉インフィニティマガジンを発動させれば、ダンジョンを抜けて来ようとするモンスターを排除出来ると。しかしダンジョンに突入する前に再び車両を破壊されては意味が無い。その為に聡さんは、敵の情報を求めている。私は貴方の思考を読み取れる訳ではありませんので、これはあくまで推測に過ぎませんが』




『説得力が無いよ、プレシャさん』




考えていた計画を完璧に言い当てられ、私はつい苦笑いを浮かべてしまう。幸いなことに、周りの仕事仲間はテロの映像に釘付けで、その不自然な行動に目を向ける者はいなかった。




『それでは改めて警告します。聡さん、どうかこの場に待機していて下さい。貴方が、戦う必要は無いのです』




それは彼女の言う通りであった。これからどうなるかはともかく、今の私は所詮ただの冴えないサラリーマン。ダンジョンの脅威に対し立ち向かう存在では無く、逃げ、守られる存在だ。加えて私が自分から戦おうとすれば、東を始めとした人間に迷惑をかけることは明白だ。




『危険な行為であることは重々承知しています。でもそれでも、私に出来ることがあるのなら、このまま安全な場所で成り行きを見ている訳には行かない。私はそう思います。無理を承知でお願いします。プレシャさん。今一度、私に力を借しては頂けないでしょうか』




しかしそう諭されても尚、私の中には「戦わなければ」という思いが、恐怖に混じって湧き出ていた。自分にこの状況を打開出来るだけの能力があるのに、それを用いずただ状況を見守るだけ、というのは、どうにも耐えられない。こんな私に「ノブレス・オブリージュ」に似た精神が秘められているとは、自分でも驚きだ。




『...分かりました。そこまで言うのなら、私は貴方に従属する存在として、聡さんが貴方自身の意志で願い、下した判断を尊重します。ただ、それでも一つだけ、貴方に伝えておかなければならないことがあります』




数秒の沈黙の後、プレシャの返答が聞こえた。そして彼女は首をもたげ、真剣な眼差しで私を上目遣いで見つめる。




『私の最大の力である無限弾倉インフィニティマガジンは、「聡さんに迫る危険を遠ざける手段が他に無い状態」に陥って初めて発動するものです。車両という高速で移動できる機械を用いた上で無限弾倉を発動する、ということは、逃走という手段すら取れない状況を自ら作り出すということを意味します。聡さんはこれからその恐怖に耐え、三度引き金を引かなければならないのです。貴方の気高さと覚悟の強さを疑う訳ではありませんが、それだけはどうかくれぐれもご留意ください』




彼女の言葉を受け、私は改めて覚悟を決める。私は彼女に頭の中で




『ありがとう。私を信じてくれる以上、私もプレシャさんを信じることを誓います』




と短く告げると同時に田中君に


「ごめん田中君。お手洗いに行って来る。少し外すね」


と嘘を吐く。そしてオフィスを出た私は一直線に非常階段に向かい、足音を派手に響かせながら庁舎を駆け下りて行った。




公園の周囲は既に多くのパトカーが止まり、多数の警官によって封鎖がなされていた。都会のオアシスと呼ばれる日比谷公園が、数分にして緊迫した物々しい雰囲気を醸している。


「聡さん。私が敵の仔細を探っている間、貴方は警官達の目に留まらないようにしていて下さい」


既に義体を出現させているプレシャがビルの影を指差してそう指示する。私はそれに従い、素早く身を隠す。一方私に背を向け車道にゆっくりと足を踏み入れたプレシャはおもむろに右手を上げ、軽く指をならす。すると彼女に横並びになる形で、あの黒い揺らぎが複数、弧を描くように現れ、あっという間にプレシャの姿を形作った!九人になったプレシャの内、初めから私の傍に居た義体がしたり顔でこちらに振り返る。


「迅速に情報を得る為に複数の義体でもって索敵を行います。現場までの最短ルートの構築と合わせて一分以内に完了しますので、少々お待ちください」


その宣言の後、プレシャ達は普通の人間ならまず出せないであろう、脱兎の如き速度で警官達の間をすり抜け、瞬く間に生垣の向こうに姿を消した。この数日間の激動の連続のせいか、彼女が分身出来るという事実に、私はさして驚かなかったが。


そして宣言通り、プレシャは一分も経たずに、今度はパトカーを一跳びで飛び越え、私の前に着地した。


「お待たせしました。敵の総数は十。武装は今もダンジョン機構を攻撃している小銃に加え、拳銃や散弾銃を携行している者もいます。ただ、先程装甲車両を大破させた擲弾に関しては、カタパルトは確認出来たものの、予備の擲弾そのものは認められませんでした。即ち、敵に車両を遠距離から無効化出来る武装はもうありません」


「ありがとう。流石だね」


「恐縮です。それでは急ぎましょう。既に反対側の公園から応援の部隊に加え、警察機関の特殊部隊らしき集団が集まりつつありました。彼らに任せれば武装集団は鎮圧できるでしょうが、それまでにダンジョンからモンスターが出現しない保証はありません。聡さんはここから、全て私の指示に従って行動して下さい。まずは現場まで貴方をお連れしますので、私を追従して下さい」


「分かりました」


私はプレシャの跡を追い始める。索敵の速さもさることながら、彼女はこの短期間で封鎖の穴を見つけ出し、私の姿を警官達に一度も認められる事無く戦場まで導いてくれた。


銃声が響き渡る公園を囲う街路樹の一つに身を隠した私は、改めてその惨状を生で目の当たりにする。既に交戦から数分以上経過しているにもかかわらず、武装集団からの銃撃はどんどんと勢いを増している。


それは極めて恐ろしいものではあったが、敵に車両を破壊出来る術が無いと分かっている私にとっては、こけおどしの威嚇にも見て取れた。もっともそんなことを知る由も無い隊員達は変わらず攻撃から身を隠し続けるしかないが。


「それでは聡さん、ここからの段取りをご説明します。実は先程、索敵のついでに義体を一つダンジョン内に入れ、僅かではありますがエネルギーを吸収して参りました。そのエネルギーを用いて補助スキルを発動、装甲車両を一台ここまで動かします。車両が辿り着いたら聡さんは直ちにそれに乗り込んで下さい。そしてダンジョンに入った後は車両内部から銃座に移り、メインスキルが発動するまでそこから決して動かないで下さい」


「分かりました」


私はプレシャに大きく頷く。


「では、始めましょう。補助スキル、自動運転オートドライブを発動。対象車両の操作を行います」


三台ある装甲車の内、こちらから見て一番手前にある車両のタイヤがゆっくりと回り出した。


「な、何だ!?」


「勝手に動き出したぞ!?」


「顔を出すな!撃たれるぞ!!」


そんな隊員達の動揺の声など構う事無く、プレシャが操る装甲車はそれに隠れていた隊員達が他の車両に移る間、銃撃から庇うように旋回する。そして隊員達が無事に移動した途端、一気にギアを上げて私の傍まで走り、後部をこちらに向ける形で停車した。


迷彩色のゴツゴツとした後部ドアを開け狭い車内に私が飛び込んだ直後、まるで透明人間に操られているかのように、ひとりでにギアがリバースからドライブに変わり、アクセルがこれでもかと吹かされる。




『出発進行です。ダンジョンへと向かいましょう』




銃弾が弾け飛ぶ爆音の中でも、その声ははっきりと私の脳に伝わって来た。

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