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第28話 銃を撃てないダンジョン機構

自衛隊法第七十八条 内閣総理大臣は、間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもつては、治安を維持することができないと認められる場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。


自衛隊法第八十一条 都道府県知事は、治安維持上重大な事態につきやむを得ない必要があると認める場合には、当該都道府県の都道府県公安委員会と協議の上、内閣総理大臣に対し、部隊等の出動を要請することができる。 




上記は自衛隊の「治安出動」に関する法律である。未だにそれを規律する具体的な法令が無いダンジョン機構は暫定的な措置として、ダンジョンの封鎖・消滅処理を目的とした緊急出動とダンジョン内での活動を除いて、自衛隊に関する各法令を準用することになっている。


加えてダンジョンが出現してからこの国に蔓延り始めたテロ組織「マッド・ダンジョンズ」の、”ダンジョン外での活動”を取締り、鎮圧するのは専ら警察組織の役目だ。


そしてこれらの要素が組み合わさるとどうなるか。それは即ち、「ダンジョン機構がその戦力をダンジョン外で用いることは内閣総理大臣の命令が無い限り、例えダンジョンの脅威を抑えるという活動を妨害する目的でなされる行為に対しても許されない」ということになる。


ここ数年で武装した構成員がダンジョン内で妨害行為を始めるようになってから、ダンジョン外でも現場の判断で発砲を行えるよう多くの要請が上がっていたが、自衛隊に準ずる戦力を国権の許可無しに国内で使用するという事に対する強い抵抗感と、これまでダンジョン外でそのような行為が行われていないという事実から来た楽観主義から、そのような要請は全て跳ね除けられてきた。


それが招いた結果が、今の公園内での、一方的な戦闘である。




「優芽ちゃん...」


亀のように装甲車に隠れ続ける隊員達を見つめる優芽が悔しそうに下唇を噛んでいるのを見て、中村はやり切れない気持ちが溢れて来た。


目の前にダンジョンの脅威が迫っているというのに動けない。現場で戦う一員として、これ程歯がゆい事は無いだろう。ましてや自分は安全な場所で、ただ事の成り行きを見守る事しか出来ないのだから。


しかしその時、画面に動きがあった。


『たった今装甲車の一台が動き出しました!ダンジョンの中へと突入する模様です!!』


その実況の通り一台の装甲車が公園内の芝生を踏み、散らして前進を始めた。タイヤが回り始めた途端敵の火力が一気に集中するが、弾丸の雨を物ともせず装甲車はダンジョンへと一直線に進む。


「先にダンジョンを抑える気ね...」


そう。一度ダンジョンに入ってしまえば法律による柵は失われ、自由に武装を使うことが出来る。この場にいる隊員達は封印装置の設置をひとまず後回しにし、ダンジョンに巻き込まれた民間人の捜索・救助と、こちらの世界に出てこようとするモンスターの排除を優先したのだろう。だが―


シューンッ!ズガーンッ!!


テレビに映った衝撃の映像に、二人は絶句した。入り口まであと数メートルと言ったところで、木の陰から何かが空を裂きながら装甲車に飛来。そして次の瞬間装甲車は爆炎を噴き上げながら横転し、激しく炎上を始めた。


『装甲車が攻撃を受け横転、炎上を始めました!!今のはロケット弾か何かでしょうか!?!とてもこの日本で起きている光景とは思えません!』


銃声とヘリのローターの音が混じる中でも、恐怖と驚きでアナウンサーの声に震えが現れ始めたのがしっかりと聞き取れた。




『おぉ...』


一方こちらは優芽達と同じように中継を見ている聡達。装甲車が吹き飛んだ瞬間、オフィス中に驚愕の低い声が響く。自分達の直ぐ傍で起こっているテロ行為に皆、文字通り言葉を失っていた。




『大丈夫ですか、聡さん?』




余りにも刺激が強すぎる映像に耐え切れず、無意識に顔を背けてしまった私にプレシャが語り掛けて来る。




『プレシャさん。このままあの場にいる隊員達が動けずにいたら、どうなりますか...?』




それを知ったところで心の平穏を取り戻せる訳でも無いのに、私は彼女に縋りつくようにそう訊ねる。




『ダンジョンの出入り口は常に、特殊な電磁波を帯びています。その為封印装置と呼称されているあのアンテナが付随した装置は恐らく、その電磁波に何らかの干渉を行う事で出入り口を不安定なものにし、それを縮小させたり、消滅させたりしているものと思われます。その装置が起動出来ない上にこちらからダンジョン内に入ることすら叶わないとなれば、向こう側からモンスターが来るのも時間の問題でしょう』




プレシャは続ける。




『私はまだ聡さん達の住む世界に対する理解が十分に及んでおりません。しかしそれでも、あれ程の攻撃を受けて尚ダンジョン機構が反撃を加えないということは、それ程までに彼らを律するルールのようなものがあると推察出来ます。例えこのままモンスターが現れたとしても、彼らがその束縛から解かれ自分達の武力を行使するとは考えにくいです』




彼女の考察は、最後の部分だけ間違っていた。


封印装置はダンジョンに電磁干渉することで出入り口を狭め、モンスターの侵攻を抑えると共にコアを撃滅した後はその干渉でもってダンジョンを封鎖する、機構の要とも言える装置であり、これが無ければダンジョンの出入り口は文字通り野晒しの状態になり、モンスターも好き勝手出入り出来てしまう。


ただ、こちらに侵攻してきたモンスターに対しては、それに対抗出来る戦力をダンジョン機構しか持ち合わせていないことから、特別な許可や要請無く交戦・排除が可能である。だが重武装したマッド・ダンジョンズの攻撃をいなしながらそれを抑えることは、少なくとも画面に映る戦力だけでは不可能だろう。


プレシャの言葉を聞き、私は再び田中君のスマホを見る。


ひっくり返った装甲車からは、辛うじて一命を取り留めた数名の隊員が残った力を振り絞って炎上する車内から這い出ている。だが相変わらず弾丸が容赦なく撃ち込まれるせいで、彼らは今にも燃料に引火しそうな装甲車から距離を置けずにいた。


残った車両も同様だ。相手はこちらを一撃で破壊できる戦力を備えている。それが分かった以上もう下手に動くことも出来ない。そうこうしているうちに、ダンジョンの出入口は着実に、公園を侵食していた。


かつての私であったら当然この状況を、ただ黙って見守ることしかしなかったし、出来なかっただろう。だが、今の私なら―




『プレシャさん、一つ質問に答えてください。貴方の義体は私にしか見えない。ならば、貴方はあの場で敵に気付かれずにその戦力を確かめることは出来ますか?』




私は初めて、脳内でこちらからプレシャに語り掛けた。

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