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第27話 腹ペコのダンジョン娘

「ごちそうさまでした...相変わらず、美味しく無かったけど」


最後に残していた薄い味付けの焼き鮭を飲み込んだ優芽は手を合わせて空の食器にごちそうさまを告げた。


被験者として過ごしていた頃は勿論、ダンジョン機構の隊員となってからもその仕事上こうしてベッドの上で過ごす事が多い優芽にとって、栄養バランスや消化の良さを優先し、味は二の次の病院食は食べ慣れたものだ。


病院食は不味いものだと相場が決まっているが、物心付いた時から人間としての尊厳を著しく損ねられた生活を強いられていた優芽にとって食事という時間は自分の置かれた境遇を一時だけ忘れさせてくれる貴重なものだったし、故に与えられる食事がどんなに些末で味気ないものでも優芽はそれを喜んで口に運んでいた...東と中村によって娑婆に出される、それまでは。


「お、食べ終わったね~。相変わらず早いこと」


合掌を解いた時、部屋の扉が開き中村が入って来た。中村は数分前に渡した食器が全て空になっているのを見ると満足げに微笑みながら優芽のベッドに近づき、食器を片付けようとそれらが乗るトレーに手をかけた。


その時、ぐる~、と優芽の腹が派手に鳴る。


「中村さん。お腹が、空いています...。これだけじゃ足りません」


腹の音と、不満たっぷりな顔でそう告げて来た優芽の声を聞いた中村は思わず吹き出してしまった。


「あははッ!こりゃまた派手に鳴ったね優芽ちゃん!」


「笑いごとじゃないですよ!身体の再生でかなりエネルギーを使っちゃったんだから、もっと食べないと体調が戻りません!」


「そうは言っても今回は内臓に損傷が出ているんだから無理は厳禁。退院したらコア初撃破のお祝いも兼ねて美味しいもの沢っ山食べさせてあげるから、それまで我慢ね?」


「本当ですか!?」


それを聞いた途端優芽は表情を一転させ、目をキラキラさせながら中村を見つめた。


「うん本当」


「やった!それじゃ私、もう文句言いません!」


優芽は嬉しそうに両手を振り上げながら、ベッドに派手に体を預けた。





優芽が持つ驚異的な再生能力には一つ弱点があった。それは外傷が出来た際、彼女の身体はその再生を最優先して代謝を行ってしまう為、重症の際には体内のエネルギーを多量に使ってしまう、という点だ。杭蜘蛛を撃破した直後に意識を失ってしまったのも、これが原因だった。


加えて再生に使ったエネルギーを取り戻す為、大怪我を負った後の優芽は消化器系の活動が非常に活発になるせいで、十分なエネルギーを得るまで常に腹を空かせていなければならないという副作用まで抱える羽目になっていた。




「優芽ちゃん何か食べたいものある?今のうちにリクエスト聞いとくよ」


「リクエストですか。う~ん。それじゃ、またガルデニアに行きたいです!」


「え~ガルデニア~?さっきも言ったけどコア初撃破のお祝い目的でもあるんだから、激安イタリアンなんかじゃくてステーキとかお寿司とか、もっと豪勢なもの遠慮せず頼んでいいのよ?」


それを聞いた中村は優芽のベッドから食器のトレイを持ち上げながら口を尖らせた。


ガルデニアというのは関東地方に展開されているイタリア料理の外食チェーン店だ。味もさることながらメニューが悉く安い事で有名で、千円もあれば腹いっぱい食べられることから庶民の力強い味方としてその名を轟かせている...が祝いの席としてここを選ぶのはいささか不釣合いだろう。


しかし中村の苦言を聞いても尚、優芽は首を横に振る。


「私遠慮なんかしていません!それにステーキとかに何千円も払うんだったら、同じ値段でパスタとかピザとかリゾットとか、色んなもの食べたいです!」


相変わらず目をキラキラさせる優芽を見てそれが本心であることを読み取った中村は、仕方なさそうにほほ笑んだ。


「そっか。優芽ちゃんらしいね」


常識やマナーを徹底的に仕込んであるとはいえ、優芽は人間社会で生きている時間が6年近くしか無い上に同年代との交友関係がまだ少ないせいか、ダンジョン機構の隊員として過ごしている時はともかく、中村や東の前で素を晒している際には感性が時々小学生のようになる。


加えて実験生活の中でそれを唯一の楽しみとして見出していたことと前述した身体の特徴とが相まって、特に食事に関しては「質より量」を是としており、優芽は年頃の女の子でありながら洒落たカフェやレストランより、回転寿司やファミレスに連れて行くほうが喜ぶことが殆どだ。


「それじゃ退院したら駅前のガルデニアでお祝いだね...ってあれ電話だ。ごめん、一回トレイ戻すね」


ポケットの中の携帯が鳴動したのを感じた中村は両手を開ける為にトレイを一度ベッドのテーブルに戻し、携帯を取り出した。着信画面には「勝ちゃん」と表示されている。


「もしもし?...うん今優芽ちゃんと一緒にいるけど...分かったありがとう。勝ちゃんも気を付けて」


短いやりとりだったが、「分かったありがとう」の辺りで中村の声色に緊張が混じったのを、優芽は聞き逃さなかった。


電話を切ると同時に、中村はベッドの向かいにあるテレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。普段のこの時間なら作業の片手間で見るようなバラエティ番組が放映されているはずだが、この時は違った。


『御覧頂いているのは現在の日比谷公園で繰り広げられている戦闘の様子です。本日正午頃、東京、日比谷公園にダンジョンが出現しました。更に公園内には武装した複数の人間が潜伏していたようで、駆け付けたダンジョン機構の隊員に向けて銃撃を行っています。銃撃により機構は封印装置の展開を妨害されています』


ヘリから撮られている上空からの映像を、優芽と中村は食い入るように見つめる。


日比谷公園のシンボルであるペリカン噴水の前に広がる広場。その中心で浮かび上がる、球状の空間の歪み。そしてそれを守るかのように周囲の雑木林から銃声が絶え間なく響き、広場の端に展開しているダンジョン機構の装甲車に容赦なく弾丸の雨を浴びせる。それにもかかわらず、隊員達は装甲車の影に隠れ続けるだけで、反撃を行おうとする素振りすら見せない。


「やっぱり、勝ちゃん達は正しかったね...。ダンジョン外で発砲してはいけないなんて制限を作ったら、いつかこんな状況になるって分かり切っていた筈なのに」


中村は柄に合わず舌打ちをしながら、忌々しそうに顔を歪めた。

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