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第26話ダンジョン、再度襲来

昼休憩、私は職場から最も近い所にあるコンビニでサラダパスタとスモークチキンを買い、涼しい店内から凄まじい熱気と湿気が満ちる霞ヶ関の炎天下へと戻る。




『少し珍しいですね。昼食の購入程度の少量の買い物にもマイバッグを持ち込まれるなんて。地球環境への配慮、というものでしょうか?』




すぐさま噴き出して来た額の汗をハンカチで拭った時、相変わらず私の後ろを追従するプレシャが、昼食の入っているコットンのマイバッグについて言及してきた。




『まぁそれもあるけど。今の私にとってはそれ以上の意味があるかな...』




『それ以上の...意味?』




そこでプレシャの声が少し不自然に低くなる。私の両親曰く、妻と娘の話をしようとする時、私は無意識に声が暗くなってしまうらしいが、恐らく彼女もそれを感じ取ったのだろう。




『プレシャさん。昨晩見た仏壇と遺影で察しているかと思いますが、私はダンジョンのせいで妻と娘を亡くしていましてね。このマイバッグはそんな娘との約束、みたいなものなのです』







「今日幼稚園の先生が教えてくれたの!陽葵達が使ってるプラスチックのふくろとかって、海の生きものさん達を傷つけちゃうんだって!だからパパ。これからコンビニとかでレジぶくろとかもらうの、きんしだよ!!」


生前の娘の言葉が、脳裏を過ぎる。


環境意識の高まりの影響か、今の幼稚園ではそんなことも教えているらしい。一つ賢くなった娘に禁止令を敷かれて以来、私は普段からマイバッグやマイ箸を持ち歩き、使い捨てのレジ袋や食器を極力使わないようにしている。


ダイビングを趣味にしている人間として、癒しと感動を与えてくれる海を少しでも守りたいという想いもあるが、それよりもこの禁止令を守ることは、死んでしまった娘との繋がりを少しでも維持したい、という想いが今となっては多くを占めていた。







『そういう訳で、私は今でもレジ袋とか買わないようにしているんです。まぁ、ちょっとしたゴミ袋として便利なので必要な時は買いますけどね...ってあれ?』




娘との思い出を語っていたその時、私はプレシャが足を止めていた事に気付く。彼女は私の数十歩程後ろで優しく微笑みながら私の顔を見つめていた。彼女の身体を透り抜けて来た通行人の何人かが、私を怪訝そうに一瞥していった。プレシャが見えない彼らの目に私は、虚空を突然見つめ始めた変な人に映っていたのだろう。


「お辛い話をさせてしまい大変申し訳ありません。でも、改めて貴方がとても善い人だということが分かりました。ありがとうございます」


脳内では無く私の耳に届いたその声は、母親が就寝前の子供に本を読み聞かせる時のように優しく、それでいて何かに感動を覚えたかのように、僅かに震えていた。軽く握った拳を胸に押し当てているのは、その震えを押さえる為だろうか。


「ぷ、プレシャさん...?一体急に...」


突然そんな態度を見せて来たプレシャに困惑した私は思わず自分も直接言葉を口にし、彼女に歩み寄ろうとする。だがその時、私の左ポケットに入った、東から渡されたスマホが激しく振動する。慌ててそれを取り出すと、東からの着信だった。


「もしもし...?」


『もしもし聞こえますか本田さん!?今霞ヶ関の職場付近にいらっしゃいますか!?』


「え、えぇ。今は昼食を買いに外出していますが...」


『でしたら今すぐ庁舎に戻って下さい!!先程ダンジョンの出現が日比谷公園内で確認されました!!恐らく今回もマッド・ダンジョンズによるものかと思います!!屋外は危険です!!』


一方的なその報告を終えると、東は有無を言わさず通話を終了させた。直後、けたたましいサイレンと共に


『警告。ダンジョンの出現が検知されました。周囲の皆様は直ちに非難して下さい』


というアナウンスが鳴り響く。


「また、ダンジョン...だって?しかも日比谷公園なんて、すぐそこじゃないか...」


私はその事実を受け止めきれず、その場で茫然と立ち尽くす。皆が文字通り必死になって封じ込めたダンジョンが再び、私達の目と鼻の先に現れた。まるで昨日までの苦労を、嘲笑うかのように。




『聡さん。東さんの指示通り、ここは一度戻りましょう』




力が抜けその場に崩れかけた私を支えたのは、プレシャの声だった。既に彼女は姿を消し、再び脳内で語り掛けて来る。




『そ、そうですね...。ありがとうプレシャさん』




そうして非現実的な存在によって現実に引き戻された私は東の指示に従い庁舎へと急いだ。





汗だくになって戻った時、オフィスは既に騒然となっていた。中の職員達は皆作業を中断し、自分のスマートフォンを食い入るように見つめる者と、窓に群がって日比谷公園のほうを見つめる者とに分かれている。


「室長ご無事でしたか!またダンジョンです!!しかも今度は日比谷公園ですよ!これ、中継映像です!」


自分のデスクに戻るや否や、田中君が自分のスマホを押し付けるように私に見せて来た。その時―


タァン!タァン!


何かが破裂するような音が、外から確かに聞こえて来た。間違いない、銃声だ。


「おい撃たれたぞ...」


ライブ中継を見ていた一人が呟くのが聞こえた。その抑揚の無い声は、見ている映像がとても日本、それも自分達がいる直ぐ近くで起こっているという現実を受け止めきれていない証拠だろう。もっともそれは、私も同じだ。


『たった今隊員の一人が倒れました!木の陰に武装した人間が隠れていた模様です!しかも複数です!マッド・ダンジョンズの構成員でしょうか!?あ、隊員達が作業を中断し、戦闘車両の影に隠れました!!しかしこれでは封印装置の設置が出来ません!』


中継の切羽詰まった声が、私の両耳を通り抜ける。


最後まで読んで頂きありがとうございます。執筆の励みになりますので、是非ブクマや評価お願いします。

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