表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/42

第25話 美人秘書(?)プレシャ

『あ、また入力ミス。これはC12のセルですね。聡さん、メモ忘れずに』




『プレシャさん。田中君の面倒を見てくれるのは有難いけど、いくら姿が見えないからって他人のPC覗き込むなんて失礼だよ...。私の事は気にしなくていいから楽にしていてくれ』




『そうはいきません。私は貴方のサポートをすると約束し、貴方がそれを承認した以上、私は私に出来る事を全うしなければなりません』




『意外と強情だね』




そんな会話を脳内で繰り広げつつも、私はプレシャの言われた通りに、貯まった決裁の書類に判子を押す傍ら、田中君がミスしたらしい箇所を手元のメモ帳に記録しておく。


職場について行きたい。プレシャのその提案が通ったのは昨日告げられた通り、彼女の義体は私にしか見えないからに他ならなかった。


ぎゅうぎゅう詰めの満員電車に揺られている以外の時間、彼女はその姿を消すこと無く私の後をずっとついてきていたが、通勤路を歩く時は勿論、庁舎のロビーに着いて職員用のゲートを通る時も、皆に心配されながら欠勤の詫びを伝えた時も、誰もプレシャを言及する者はいなかった。


そして昼休憩間近の今。プレシャは私のデスクの向かいで、エクセルにデータ入力をしている田中俊のパソコンを覗き込み、彼の入力間違いを逐一私に報告してきていた。眠たそうな顔でマウスを滑らし、キーボードでカタカタ音を奏でる田中君に、当然その姿は認知されていない。




『プレシャさんチェックはもういいよ。昼前に1度確認すると彼に伝えるから』




『承知しました』




その指示通りプレシャは曲げていた腰を戻し、田中君の横からスっと身を引く。


因みにさも当然のように脳内で会話が出来ているのは、彼女が出勤前私に


「私とは義体の有無に関わらず聡さんの意識の中で会話が可能ですので、勤務中はそのようにコミュニケーションを取りましょう」


と、伝えて来たからだ。ただそうは言われても、言葉を交わす度に何だか頭の中を覗かれているようでむず痒い事この上無く、この数時間判子押しを始めとした、いつもの退屈な業務をこなしているだけなのに、私はどっと疲れてしまっていた。


「田中君。今作ってるエクセル、1度メールで私に送って貰えないかな?」


「承知しました。ご査収の程、よろしくお願いします」


その返事の後、直ぐにデータが添付されたメールが送られてくる。それを開いた私は、手元のメモと照らし合わせながらミスを確かめる。


(本当に、全部当たっている...)


かれこれ2時間近く彼の作業を覗いていたので当然と言えば当然なのだが、彼の作成したエクセルはプレシャに伝えられた通りのセルやグラフで、伝えられた通りの入力ミスや誤表記があった。




『助かったよプレシャさん。お陰で手間が省けた』




『恐縮です』




失礼だの何だの言いつつも手助けして貰った事に変わりは無い。私の背後にいそいそと移動してきたプレシャに礼を伝えつつ、メールが届いてから数分後に取っていたメモを田中君に渡す。


「送ってくれたやつチェックしたけど、何個か間違いがあったよ。これにその箇所メモってあるから、田中君のほうで直しておいてくれ」


メモを渡された田中君は驚いた顔で、メモと私の顔を交互に見る。


「え。も、もう終わったんですか?室長、二日分の業務も貯まっているいるはずなのに...」


「ま、まぁざっと見ただけだからね」


「ざっと見ただけでこれだけのミスですか...。わざわざメモまで用意して頂いて大変申し訳ありません!昼前に全て修正しておきます!」


「うん、よろしくね」


「はい!」


田中君は、今度はメモと画面を交互に見ながら、直ちに修正に入り始めた。




『良い部下をお持ちのようですね』




『あぁ、彼は素直で本当に良い子だよ。...さて、そろそろお昼だ。私もきりの良い所で一度手を止めることにするよ』




『その前に本田さん。先程確認したところ、ロッカー横のコピー機が紙詰まりを起こしていましたよ。向かいの席の佐竹さんという方が15時から始まる会議に向けて資料を作成していたので、午後それを印刷する際に手間取ってしまうかもしれません。今のうちに直しておくのは如何でしょう?』




『さては佐藤さんだな。面倒事は大抵放っておくんだ。分かった、見てみるよ。ありがとう』




私は席を離れ、コピー機を調べる。プレシャの言う通り、機械下部の給紙トレーで紙詰まりが起きていた。私はトレーから全ての紙を取り出し折れている紙を何枚か除いた後、残りの紙を指でパラパラとめくり、それから用紙を元に戻した。


「あれ。もしかしてコピー機詰まってました?」


念のためインクのカートリッジを調べていた時、件の佐竹が後ろから話しかけて来た。田中君と同期の、若い女性職員だ。


「どうやらそうみたいだね。偶々見ておいて正解だったよ」


「わぁ!室長ありがとうございます!今日の会議で使う資料の完成、結構ギリギリになりそうで...。印刷の時に気付いていたら会議に間に合わなかったかもでした!」


佐竹は私に向かって礼を告げる。彼女もまた、田中君と同じ位仕事に実直に取り組む、真面目な職員だ。


「気にしないで。それに私も、変なタイミングで二日も休んだせいで、業務を滞らしちゃって申し訳ない...」


「いえいえ大丈夫ですよ!!むしろ室長はダンジョンに巻き込まれたのにこんな短時間で戻って来れた事に感謝すべきです!私達、本当に心配していたんですからね。室長が居なくなったら判子をさっさと押す人がこの課から全滅するって...」


「あんまりそんな事言うもんじゃないよ...」


そんな他愛のない会話をしていると、昼を告げるチャイムが鳴った。


「あ、お昼ですね。室長は今日もコンビニ飯ですか?」


「う~ん。まぁ、そうしようかな」


「だったら偶にはサラダとかも食べて下さいね?室長、もう若くないんだからしっかり栄養取らないとダメですよ?」


「あはは...努めるよ」


そして佐竹は自分のデスクに戻って行った。佐竹に告げた通り、今日も近くのコンビニで済ますかな、と思っていたその時




『佐竹さんの言う通りです。聡さん、一昨日の夕飯はから揚げ弁当、そして昨日も冷凍食品の炒飯でした。栄養が少々偏っているかと思います。近くにあるオーガニックレストランはお昼時には混むようなので、せめてコンビニエンスストアでサラダか野菜ジュースを購入されることをお勧めします。もしそれで小腹が空くようでしたら、サラダチキンも一緒に購入されると良いかと思います』




プレシャがそんなお節介を焼いて来た。


「...分かったよ。ありがとう」


この時ばかりは小声でプレシャに礼を告げ、私は自分のデスクから財布を取り出しオフィスを後にした。






最後まで読んで頂きありがとうございます。執筆の励みになりますので、是非ブクマや評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ