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第24話 透明な声

「聡さん、起きて下さ~い!」


リビングから聞こえて来たその声に、私はベッドから飛び起きる。


「彩...?」


間違いない。それは懐かしい、朝私を起こす妻の声だった。彼女の声と、リビングから漂ってくる卵焼きの匂いで目覚めるのが、かつての日常だった。


「彩...!」


何故今更になって妻の声が聞こえるのか。そんな疑問を一切抱かず、私は寝室を飛び出し、リビングの扉を開け、そしてそこに立っていた人物を見て...肩を落とした。


「おはようございます、聡さん。良い朝ですね」


リビングのテーブルの傍には昨日と同じように、若い女性のプレシャが佇んでいた。どうやら、今の声は空耳だったようだ。まだ、疲れが取れていないらしい。


「おはようプレシャさん。また、現れてくれたんですね」


私は大きくため息を吐くと、力無くリビングのソファに腰を下ろす。そんな私に、プレシャが歩み寄って来る。


「浮かない顔をされていますが、如何なされました?昨晩は良くお眠りになっていたはずですが」


「いや、なんでもないさ。ただちょっと、疲れが取り切れていないだけだよ」


「そうでしたか。どうかご自愛くださいね」


「ありがとう」


昨日無から現れた、実体を持たない美少女とごく自然に会話をしている事に、不思議と違和感は抱かなかった。


出会ってまだ数時間しか経っていないが、物腰柔らかな口調に加え、何処かふわふわとした雰囲気の彼女との会話は、私に無意識のうちに安心感を与えてくれ、同時に彼女に対する不信感も既に殆ど消え去っていた。これも彼女がダンジョンから生まれた存在故なのか。それとも私のお人好しな性格が、不審者同然の彼女を受け入れてしまえる程に底抜けだったせいなのか、それは分からない。


「それより聡さん。本日はどのような予定ですか?また、ダンジョン機構のお世話になるのですか?」


私の健康を気遣ってくれたプレシャは腰を下げ、子犬のようにこてんと小首を傾げる。


「いいや。今日は普通に出勤だよ。昨晩、東さんから連絡があってね」


そう言って私は作戦終了後に東から手渡された、保護フィルムが貼られているだけの剥き出しの黒いスマートフォンをプレシャに見せた。何でもこの携帯は傍受されない特殊な回線を用いているようで、今後のやり取りはこの携帯を介して行われるそうだ。


そして昨晩プレシャが消えてから一人食事の準備をしていた時、携帯に東からの連絡が入って来た。




「お世話になっております、東です。数時間前に上層部への報告が終わりました。曰く、本田さんを機構に入隊させるかについては諸々の事情を勘案し、後日結論を出す、とのことです。なので上の決定が下るまで、本田さんはこれまで通り霞が関の合同庁舎にて通常業務をこなして頂きたく存じます。尚、勤務先にはこちらから既に『先刻の霞ヶ関駅構内ダンジョンに巻き込まれた件に関する事情聴取が長引いた関係で二日連続の欠勤となった』と伝えておりますので、予めご了承下さい」




「...だそうです。ホント私、どうなるんでしょうね」


電話の内容をプレシャに明かした私は自嘲気味に笑う。自分で望んだ道とはいえ、まさか自分のキャリアを防衛省のお偉いさん方に委ねることになるなんて、本当に人生どうなるか分からないものだ。


「それについては、私は謝罪の意を示すことしか出来ません。聡さんがこのような状況になったのは、私が原因ですから。貴方の日常に多大な混乱と変化を招いてしまったこと、大変申し訳ありません」


プレシャは改まった様子で、私に深く頭を垂れる。この数十時間の間で、私は一体何人の人間に謝られたのだろうか。


「今更気にしないでくれ。ただ、正直に言って今私が欲しいのは貴女の謝罪では無く、私に何故貴女のような存在が憑いたのか、その理由だよ」


「申し訳ありません。それだけはどうしても、今はお話することが出来ません」


プレシャは再び私に詫びを入れる。


「そうかい...。ま、貴女がそういうなら、今はそれでいいさ」


私はそれ以上彼女を追及しなかった。いや、厳密には出来なかったと言うべきだろう。


あの身体に触れる事が叶わない以上(そんな野蛮な行為に実際走れるか、という疑問は一旦置いておいて)暴力に訴えかける事も出来ないし、脳内に一方的に言葉を流し込まれるだけで、こちらから直接彼女の思考や心情(そういったものが彼女にあるのか、という疑問も一旦置いておいて)を読み取る事も出来ないのだから。


「さて、そろそろ出勤の準備でもするかな。プレシャさんは、私が家に居ない間はどうしているつもりですか?」


「そのことなのですが」


立ち上がった私に対し、プレシャは上目遣いでこちらに話しかけて来る。もっともそれは先程の小首を傾げる動きと同じように、異性としての魅力を引き立たせるあざとい動きと言うよりは、小さな子供のような、無邪気で屈託のない印象を私に与えた。


「貴方の日常を変えてしまったお詫び...という訳では無いのですが。私はこれからこの体を初めとした、ダンジョン外で発揮出来る能力の範囲で、聡さんの生活をサポートしたいと考えております。なのでまた大変厚かましいお願いで恐縮なのですが、これから聡さんが出勤なされる職場に、私も同行させては頂けないでしょうか?」


その提案に、私は目をぱちくりさせる。


「えっとつまり...これからプレシャさんが私の仕事場に来るって、事かい?」




最後まで読んで頂きありがとうございます。執筆の励みになりますので、是非ブクマや評価お願いします。

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