第23話 ダンジョン生まれ、実験室育ち
東は武蔵小杉のダンジョンが全て封印されてから、巨人の腹の中から出て来た赤ん坊の両親を必死に探した。しかし死者行方不明者合わせて八千人という、ダンジョンの出現以来最大の犠牲者を出した事に加え、「マッド・ダンジョンズ」が今回の事件を意図的に起こしたという犯行声明を出した事で国内は荒れに荒れ、その中で素性も分からない赤ん坊の親を探し出すことなど不可能に近かった。
結局東は捜索を諦め、ダンジョン機構にこの赤ん坊はモンスターの腹の中から見つけ、不思議な事に付けられた裂傷が治っていた、という報告を行った。
そして東はこの判断を、今でも強く後悔している。
東の報告通り、赤ん坊には自らに付けられた外傷を瞬く間に治癒し、塞ぐ力があったのだ。その力に目を付けられたせいで、赤ん坊は再生医療を始めとした医療の進歩の為という名目で、様々な実験の被験者となった。後に成長した本人から聞いた話だが、激しい苦痛を伴う人権侵害一歩手前の実験も多く行われていたそうだ。
しかしどれだけの実験を繰り返しても、医療の進歩に繋がるような知見の発見には繋がらなかった。結局数十年に渡る実験は「彼女の持つ特異な再生能力はダンジョンに由来する、現代の医学その他の科学技術では解明できないものであり、同時に医療にも応用出来るものではない」という身も蓋も無い結果に終わることになる。
もっともそれで、彼女が解放された訳では無かった。繰り返された非人道的実験に加え、彼女の特異性が外部に漏れる事を恐れた国は彼女を監禁状態に置き、徹底的な管理を行う事を決めたのだ。
だがその事に、猛反発を行った人物が二人いた。それは彼女を発見した東勝悟と、偶然にも彼女の実験に関与していた東の友の中村星菜医官であった。
彼らは法令違反ギリギリのラインで被験者のカルテや実験データを入手。懲戒処分を覚悟で国に対し、「もし被験者にこれ以上非人道的扱いを強いるなら、これらの証拠を公表する」という脅しをかけた上で、「彼女の特異な力はダンジョンの脅威に対して有効に働くはずだ。機構の隊員として置き監視体制を敷く事を前提とし、ある程度の自由を保障すること」を求めた。
そしてその要求を渋々飲んだ国とダンジョン機構によって、被験者は「明智優芽」という名を与えられ、東と中村の協力の下、高等教育レベルの教養を受けた後にダンジョン機構所属の現場隊員となった。
名を与えられた当時、既に十三歳になっていた優芽の荒んだ心と身体を清めるのに、東と中村はそれは多大な苦労を費やした。まずは人間への不信感と警戒を薄めるのに約一年。ようやく信頼を寄せて来た彼女に対して家族のように接し、更なる信頼関係を築くのに一年。そこから機構に正式に所属するまで、二人は仕事の傍らで中等教育から社会常識に至るまで、ありとあらゆる知識を優芽に詰め込んだ。
幸い実験を円滑に進める為初等教育レベルの教養を既に与えられていた事と、優芽本人がかなり飲み込みの早い聡明な子供だったこともあり、十九歳になる頃には、優芽はちょっと常識外れの、お転婆な女の子位の認識を周囲からされる位には、社会に溶け込めるようになっていた。
「何か、我が子を送り出すみたいだね。私、ちょっと涙出て来ちゃった」
「実を言うと俺もだ...」
機構の入隊式に参加し、真新しい制服に彩られた優芽の背中を見守っていた中村と一緒にそんなやり取りをしていたのを、東は今でも良く覚えている。
あれから約一年。優芽は自身の再生能力も相まって多くの戦果を上げ、既に一士に昇進している。人という存在を心底憎んでいた、野良犬のようだった優芽が人間を率先して守る存在になったという事実に対し東は誇りを抱く一方で、自分があの時優芽の素性を話さずに児童相談所に預けておけば、今頃優芽は普通の女の子として生きていたのかもしれないという、激しい後悔の念が湧き出て来る。
機構の監視下に置く、という条件のせいで優芽には未だに戸籍が無く、作ることもまた許されていない。故に優芽は東や中村と養子縁組を成立させることすら出来ないのだ。自分達を実の両親のように慕ってくれている優芽は、未だに法律上は「この世にいない人間」となっている。それが東と中村は、歯がゆくて悔しくて仕方が無かった。
「勝ちゃん、起きて」
肩をゆすられ、東は目覚める。
「すまん。いつの間にか、寝ていたみたいだ」
「ほんとに、疲れているね。今日はもう予定はないんでしょ?だったらこんなとこで居眠りしてないで、さっさと自分の家帰んなさい」
「あぁそうさせて貰う。優芽の顔も見れたことだしな」
「あ、待って。外まで見送るよ。丁度私も下の階に用があるからさ」
椅子から立ち上がった東は、隣のベッドを一瞥する。優芽はその上で、気持ちよさそうに寝息を立てていた。細いその体には、二人が優芽の世話をするようになった時に与えた、熱帯魚が所狭しと描かれたボロボロの毛布が被せられている。
「その毛布、まだ使ってるのか。こんなクソ暑いのに...」
「寝る時は絶対この毛布と一緒なんだってさ。可愛いよね」
中村はわざとらしく肩を竦める。
「そうだな」
それを聞いた東もまた表情を和らげ、中村と共に暗い医務室を後にした。
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