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第21話 仮初の母と父

「うん!胸の傷はもう完治しているわね!流石に腕と脚はまだ動かせないけど、それでも応急手当をしっかりされているから、一週間もすれば問題なく生活出来るはずよ」


「いつも迷惑かけて申し訳ないです、中村さん」


「今更そんなこと気にしない!優芽ちゃんが無事ならそれで良し!」


ベッドに仰向けで寝かされた状態で、晒していた腹を中村にピシャリと叩かれた優芽は驚きで体を僅かに痙攣させる。


二日前、杭蜘蛛の鋭利な鋏角によって貫かれた彼女の胸。しかし身に着けたシャツを捲し上げて中村に見せていたその薄い胸には、裂傷の跡どころか古傷一つ見当たらなかった。




聡がプレシャと邂逅した丁度その頃、優芽は世田谷にある自衛隊中央病院にて、他の負傷した隊員と共に治療を受けていた。


もっとも優芽はその生い立ちの特殊性と身体の特異性から他の隊員達と隔離され、別室にて実質的に彼女の専属となっている中村星菜によって診療を受けていた。


「それにしても、今回は随分と無茶したわね...。一昨日は刺創しそうに肋骨の損傷、今日は両手足にⅡ度収縮異常...。優芽ちゃんじゃなければ社会復帰なんて出来ない体になってたところよ」


「あはは...。まぁ、頑丈さだけが私の取り得なので...」


優芽は儚げに笑いながら、腹筋の力だけで上半身を起き上がらせる。そんな優芽の言葉を聞いた中村は小さく息を吐き、起き上がった優芽の頭を優しく撫でる。


「そんなことないよ。何時も言ってるけどさ、私は優芽ちゃんに普通の女の子として生きていて欲しい。そしたら絶対に、戦い以外にも良い所を見つけられる。優芽ちゃんに今の立場を与えちゃった側の人間に、そんなこと言える資格なんて、無いけどさ...」


「止して下さい。貴方はあいつらとは違う。私が戦いに身を置くことになったのは、決して貴方のせいじゃありません」


優芽は上半身をベッドの外に倒し、直ぐ傍に腰かけている中村の腿に頭を預けた。両親がいない優芽にとって、中村は物心ついた時から心を許して甘えられる数少ない存在だった。


「失礼するぞ。悪いがまた、少し休ませてくれ」


頭を撫でられながら中村の膝の上で暫くまどろんでいると、部屋の扉が開き、疲れ切った顔の東が中に入って来た。


「お。勝ちゃん報告お疲れ様。今日はまた一段と疲れているね。点滴でも打っていくかい?」


「そんなもんじゃ腹と心は満たせん。あぁ、風の里で熱々のカツ丼が食いたい」


東は中村が普段診察中に使っているキャスター付きの黒い椅子を乱暴に引き寄せると、それにドカッと座り込んだ。椅子の背にもたれかかり、気怠そうに天を仰いでいるその姿は彼の同期である中村がいるここでしか見られない光景だ。


「温泉とカツ丼よりもまずはしっかりと寝る事だね。勝ちゃん、隈が凄い事になっているよ」


「上の判断が出るまでは気掛かりで寝るに寝られん。彼が本当に現場の隊員になれば、俺はまた優芽の時と同じ悪夢を...」


「東勝悟准尉。私が、何か?」


その鋭い声を聞いた東は寝ている間に目薬を差されたかのように飛び起き、声をした方向を急いで首を振った。そこにはベッドの上でこちらに睨みをきかせている明智優芽その人がいた。


「優芽、いたのか...。すまん、気を悪くしたのなら...」


椅子から立ち上がった東は優芽の前で、丁度聡にそうしたように深く頭を下げようとする。その様子を優芽は険しい顔から一転、子供のような笑みをこぼす。


「ふふっ。冗談です。私のせいで准尉に苦労を掛けているのは、私自身が一番良く分かっていますから。いつも本当に、ありがとうございます」


「しかし...」


「私は本当に大丈夫です。なので、どうか今は身体を休めて下さい」


「わ、分かった...」


東は腑に落ちない顔で椅子に座り直り、携帯を弄り始めた。


東勝悟。仕事中は互いに規律と階級を守った言動を心掛けているが、彼もまた優芽が心を許せる数少ない存在であった。ただ、彼は生来の生真面目な性格が災いしてか、優芽がどれだけ歩み寄ろうとしても常に一歩距離を置いて接して来るため、中村ほど親しい間柄では無かった。


もっともその様を中村は「嫌われないように距離を置いている父親と、それが気に入らない娘みたいだ」と表現し、いつも愉快そうに眺めている。


「それよりも中村。優芽の傷はもう大丈夫なのか?」


スマホから目を離した東が、そう訊ねて来る。


「うん。胸の傷はもう完全に塞がってるよ。勝ちゃんも直接見てみる...」


「いや、いい。必要ない」


優芽のシャツを掴み胸を見せようとした中村を、東は強い口調で止める。


「私は気にしませんよ。それに部下の健康状態をしっかりと把握しておくのは上官としては必要な事かと思いますが...」


「中村が問題無いというのならそれで十分だ」


優芽の揶揄いを跳ねのけ、東は再びスマホの画面に集中し始める。その様子を見ていた優芽と中村は互いに顔を見合わせ、そして仕方なさそうに笑みを浮かべた。


(本当、この二人と過ごす時間だけは普通の人間でいられるな...)



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