第18話 封印完了、そして...
「第九小隊、ダンジョンより撤退完了。全部隊の脱出を確認しました」
「了解。これより封鎖措置を行う。封印装置、最大出力」
東の指示により、パラボラアンテナのような装置から発せられる音が強くなった。そして膨らんだ風船が萎むように、ホームを半分以上覆っていたダンジョンの入口がみるみるうちに小さくなり、最後は小さな点になって消滅した。
「状況終了」
東がそう告げた時、周りの隊員達から緊張が抜けたのが私でも分かった。
「状況終了」。ロボットアニメとかで、作戦が終了した時に聞いたことがある台詞だ。どうやらこれで、終わりのようだ。担架に寝かせられた明智の横で、私は安堵のあまりその場に崩れ落ちそうになる。
「皆、ご苦労だった。救護班は負傷者を地上に搬送」
負傷した者達が次々と、赤十字の腕章を巻いた隊員達と共にホームを上がってゆく。勿論それは明智も例外では無い。
「本田さん、お先に失礼します...」
明智は力無く私に微笑むと、そのまま担架で運ばれ、あっという間にホームから姿を消してしまった。
「本田さん」
そんな彼女に代わり、今度は東が私に話しかけて来る。更にその背後には、その場に残っていた数百人規模の隊員が、狭いホーム内にずらりと並び、私を見ていた。私が明智に気を取られていた間にこんな綺麗な整列を形成していたとは...
「本田さん。作戦への参加、及びダンジョン封鎖に多大な貢献を残したこと、心から感謝申し上げます。そして...コアとの戦闘に巻き込んでしまい大変申し訳ありませんでした。責任はコアと、それを操る配信者を直ちに制圧出来なかった我々にあります。機構を代表して、ここでお詫び申し上げます」
東は私に深く深く頭を垂れ、それに続いて後ろに続く全ての隊員が私に対し、感謝と謝罪の意を表した。
「.....!!」
それを目の当たりにした私は、今まで経験したこと無い、強い心の高鳴りを感じた。成り行きで作戦に参加させられたことなど、どうでもよくなる程に。
学生時代から控えめでこれといった特技も無い私にとって、多くの人間から一度に賞賛や感謝を受けるなんて、これが初めてだった。何だか、映画の主人公にでもなった気分だ。
もっとも私は、それこそ創作の中の主人公のような、皆からの感謝の意に対し、洒落た返しを出来る人間では無い。彼らに対し私は、「あの化け物を倒したのは明智さんであり、私は何もやっていない」ということを伝えようとした。しかしそれは
「では直ちに封印装置の解体、及び駅の復旧に取り掛かれ!」
という東の号令と、それに従って動き出した隊員達が生む雑音によって遮られた。
「改めてお疲れ様でした。お手数ですが、本田さんは司令部にお戻り頂き、再びあの現象についてお話を聞かせて頂きたく存じます」
そうだった。私はこの場にいる理由を、すっかり忘れていた。
「分かりました」
東と共にホームを後にし、あのごちゃついた駅の事務室へと戻って来た私はそこで、岩蛙に出会ってから配信者とモンスターの制圧、撃滅までの始終を全て、嘘偽りなく話した。
「ありがとうございます。では先の戦闘で貴方は銃器への弾丸補充だけでなく、まるで超能力のように配信者から拳銃を取り上げた...ということですね」
「その通りです。加えて頭の中に聞こえる声は明智さんを『守護対象』と呼び、更に彼女を守る為、私に激励まで与えて来ました」
「...なるほど」
頭を掻きながら手にするタブレット端末を疲れた顔で見る東の顔には明らかに疑いと困惑の色があった。当たり前だ。ダンジョンという特異な環境下で起きたという事実と、その現象の有用性が無かったら、私の言葉など精神異常者の妄言と言われても仕方がない位には非現実的なものだからだ。
「...本田さん」
弄っていたタブレットを近くの机に置いた東は、私に向かい直る。
「一昨日の戦闘、昨日の検証、及び今回の作戦内での現象を踏まえて、貴方の『インフィニティマガジン』は、限られた条件下でのみ発動するものと考えられます。そしてそれは恐らく、『貴方が銃器を持った状態かつ貴方の意識が届く範囲内で誰かが危険に晒される』ことで初めて発動する。その危険が果たしてどの程度のものなのか。明智以外の者にもそれが適用されるのか。危険に晒される、という要件が果たされればダンジョンの外でも発動されるのか...。未だ多くの疑問が残る為、この条件もあくまで推測に過ぎませんがね。ただ...」
そこで東は、思い詰めた顔で私の顔を真っすぐに見つめる。出会ってまで数日しか経っていないというのに、その真っすぐな瞳は不思議と親近感と安心感が湧いた。
「この報告を上層部に行ったら、貴方は形はどうあれ、我々と共にダンジョンの脅威と直接戦う立場に成らざるを得ないでしょう。日本国憲法に保護された国民の権利と自由を幾つも無視する行為ですが、それでも...」
「構いません」
「...え?」
私は、彼の誠実さに応えるべく、真っすぐと彼の目と顔を見つめ返した。
正直に言って、遅かれ早かれこのような事を告げられるのは薄々分かっていた。こんな冴えない、還暦近い男に国がここまで執着するという点から見ても、私の力は本当に有益なものなのだろう。
それにこの東という男も、決して悪い人間ではないだろう。出会った時から何回か見せる迷いと葛藤に満ちた顔は、その証拠だ。彼が上からの圧力で、背負う必要の無い重荷を背負うことになるのなら、せめて自分の意志でそれを決めたかった。
「身体が資本な上、命の危険と隣り合わせのこの仕事に、私のような者が加わっても迷惑をかけるだけなのは明白です。しかしそれでもダンジョン機構が、私に戦うことを求めるなら、私はそれを拒絶しません」
「本気ですか!?」
信じられない、と言った様子で東は椅子から勢いよく立ち上がる。
「いいんです。実を言うと私はダンジョンによって大切なものを失った人間なんです。私に、本当に守りたいと思える存在は、もうこの世にいない。ならせめて、自分の身を犠牲にしてでも、この国の最大の脅威を退ける力の一つとして生きていたい」
「......」
東は強く目を瞑り、大きく息を吐く。彼の眉間に溜まった皺は、聡を機構の戦闘員として無理矢理に引き込むという形を取る必要が無くなったことに対する安堵と、守るべき国民にそんなことを言わせてしまったことに対する罪悪感という、二つの相反する感情を表していた。
「...分かりました。ひとまず今回の件は上層部に報告させて頂きます。その上で本当に、『貴方を機構の戦闘員とすること』を上層部が望めば、今の貴方のご意志を伝えさせて頂きます」
「よろしくお願いします」
そう答えた私の心は、不思議な程に清々しいものだった。
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