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第17話 コア・モンスター

配信者を一撃で伸した明智は、彼の手から零れ落ちたスマートフォンを拾い上げると、画面を素早く操作しライブ配信を終わらせた。


そしてそれを胸ポケットにしまい込みつつ、明智は私のもとに駆け寄って来る。


「お怪我はありませんか本田さん!?」


「あ、あぁ大丈夫だ...。ちょっと、腰を打ったけどね...」


私は男から奪った拳銃の引き金に触れないようにしながらゆっくりと立ち上がる。半ば放り捨てられるように地面に降ろされたので、両足に力を入れた時に腰が僅かに痛んだ。


「手荒な真似をして申し訳ありません...」


「気にしないでくれ。明智さんは2度も私の命を救ってくれたんだから、こんなの全然大したことじゃ...」


キュリリリリ...!


その時、背後からあの回転音が聞こえて来た。振り返ると体勢を整えた螺旋馬が、再びこちらにドリルの尖端を向けている。


「攻撃のタイミングを測っているようです。下手に動かないで。隙と見なされ、再び突進されます」


「分かりました」


明智の指示に反したせいで蛙に呑み込まれかけた経験から、私は自省の意味を込めて大きく頷く。


「こちら明智。たった今配信者を制圧。しかしコアは依然健在。現行の装備では護衛対象を護りつつの撃滅は困難。救援を求む」


『こちら山本。そちらまでの距離が遠い。到着までまだ時間がかかる。何とか持ち堪えてくれ』


「...了解」


苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、明智は無線から手を離すと、腰の刀をゆっくりと抜き、切っ先を螺旋馬に向けた。


明智が臨戦体勢になったことで、ドリルの回転が更に高まる。更に螺旋馬は己を鼓舞するように首を左右に振り回し始めた。まるで「今度は外さない」とこちらに宣言しているかのようだ。


「明智さん、何故ボウガンを使わないのですか?それがあれば...」


明智の背後に立つ私は彼女にそう問いかけた。


「本田さん。あのモンスターが纏う、黒いオーラのようなものが見えますか?」


だが明智は肩にかけた怪弩を構える代わりに、私に質問を返して来た。


「え、ええ」


「あの黒いオーラは『コア・モンスター』と呼ばれる、言うなればこのダンジョンの主としての証です。そしてあれを殺さない限り、このダンジョンを封鎖する事は出来ません」


「それは...」


それを聞いた私はこんな状況だというのに、昔友人達と遊んだRPGを思い出した。手に入れた地図を元に隠された洞窟の入り口を見つけ、その奥に潜むボスを倒すことでゲームクリアとなる、そういうシステムだ。


「ですがダンジョンそのものを司る存在故か、コアは他のモンスターと異なる特徴を幾つか持っています。そしてその1つが、『どんなに弱いコアであっても怪弩の弾は一切効果が無い』というものです」


(それも、何だかゲームみたいだ...)


私がプレイしていたゲームもそうだった。プレイヤーが使える技や魔法の中には一定の確率で敵を問答無用で即死させるものがあったが、その手の手段は雑魚敵にのみ有効で、ボス等の重要な戦闘では無効化されていた。


ゲームの中では「そういうもの」として受け入れていたものが、まさか命のやり取りを伴って目の前に現れるとは。


しかも今の私は様々な技や魔法を駆使して戦える訳でも無い、ただの真人間だ。そんな私のせいでまた、若い命が危機に瀕している。


ギュイイーンッ!!


そんな私の後悔と罪悪の念を感じ取ったかのように、螺旋馬がドリルの回転を一気に最高潮にすると共に、地面を力強く蹴り、再びこちらに突進して来た。


「私が相手だ、来いッ!!」


微塵も臆する様子を見せず、明智は螺旋馬を迎撃すべく駆け出す。


だが明智が一歩を踏み込んだ途端、螺旋馬は再度地を蹴り、今度は明智の頭上高くまで跳び上がった。そしてそれに怯んだ明智に向かって、まるで狐が獲物に跳びかかるような動作で、全体重をかけた一撃を叩き込んだ。


ギャリリリッ!!


明智がすんでのところで真横に跳びそれを躱した刹那、螺旋馬のドリルが硬い岩盤を容易く貫いた。


更に螺旋馬は首の根本近くまで突き刺さったドリルを一瞬の内に地面から引き抜くと共に、好機とばかりに懐に飛び込んで来た明智にドリルの側面を振り上げた。


今度はそれを躱す暇は無い。明智は咄嗟に左手を刀の柄から放し、何と二の腕一本で螺旋馬の一撃を受け止めた。


キリィイイイイ...!!


金属が擦れる甲高い音と共に、ものの数秒で明智の腕を守るあの鎧が削り取られ、破片と化した鎧と内部の基盤が彼女の足元にバラバラと転がる。だが明智は左腕の力と自らの体幹のみでドリルの衝撃を正面から受け流しつつ、鎧が完全に砕ける前に螺旋馬に踏み込み、その首を力強く斬りつけた!


どす黒い体液が、描かれた刀の軌跡に沿って溢れ出す。己の腕を失う覚悟で放ったその一撃はしかし、螺旋馬を大きく怯ませることには成功したものの、致命傷までは至らなかった。


「浅いか...!」


明智は忌々しそうにそう呟きながら、螺旋馬の反撃が飛んで来る前に、斬撃の勢いを活かして全身を回転させ、たった今自ら付けたその裂傷に回し蹴りを叩き込んだ。


明智が蹴りの動作に入った瞬間、彼女の右脚の鎧が青白く発光する。そして放たれた一撃は凄まじい衝撃とそれによる激痛により、螺旋馬を派手に横転させた。


「す、凄い...」


私は彼女の戦闘を呆気に取られながら見ていた。その時である。




『お待たせしました。メインスキルの一部解凍を達成。緊急に付き、現在手にしている拳銃に対し【無限弾倉インフィニティマガジン】及び補助スキル【自動装填オートリロード】を発動。守護対象との協同により、目標を撃滅して下さい』




すると手にしていた拳銃がふわりと浮かび上がり、まるで意思があるかのように動き出し、弾倉と薬室内に残っていた弾が捨てられる。


続いて外された拳銃の弾倉にあの黒い揺らぎが纏わり、あっという間に弾丸が満たされた。そして気付いた時には、私の手にはずっしりと感触を取り戻した拳銃が握られていた。




『目標の特徴を伝達。高速回転する硬質ドリルにより、正面からの射撃は弾かれます。守護対象との戦闘により目標の胴体がこちらに向いた時、発砲して下さい。それでも致命傷は与えられませんが、怯ませることは可能です』




「で、でも私の腕では明智さんに当たるかもしれない...」


私は無意識の内に脳内アナウンスと会話しながら、震える手で拳銃を構え、防戦一方になっている明智にドリルを振り回す螺旋馬に銃口を向けていた。




『それでもやらなければなりません。このままの孤立無援の状態では、守護対象は目標に押し負け、命を落とすでしょう。彼女を救うには、貴方の援護が必要です』




音声の言う通り、明智は怒り狂い滅茶苦茶に首を振り回す螺旋馬の攻撃を捌くのに手一杯で、反撃どころではないのは明確だった。


「しかし...」


それでも小心者の私は、発砲を躊躇い続ける。だがその時である。




『恐れるな本田聡。貴方は、誰よりも強い』




「...!!」


無機質で抑揚の少ない声から一転、突然音声が力強く私を鼓舞してきた。その声は何故か、何処か優しく、そして懐かしかった。


「...あぁ、分かった」


その声に背中を押された途端、臆病な私の心に闘志と勇気がこんこんと湧き出て来た。


あの馬の化け物を殺し、彼女と無事にダンジョンを出る


強い想いと決意が、私の全身を包む。その時、明智に躱された横薙ぎの勢いを殺しきれず、螺旋馬の筋骨隆々な胴体が射線上に入った。




『今です』




その声に従い、私は10発の弾丸を螺旋馬に撃ち込んだ。集中のあまり私は一種のゾーンでも入っていたのか、手に伝わる衝撃はそよ風に、発砲に伴う爆音は小川が奏でる水音のように感じられた。


そして放たれた弾丸は全て、螺旋馬の銀の胴を穿った。突然の銃撃を受け、螺旋馬は体勢を大きく崩す。その隙を、明智は見逃さなかった。


「死ねッ、化け物!!」


そう叫びながら螺旋馬の背に跳び乗った明智は、その無防備な背に刀を思い切り突き立てる。


ギャリイィーーン!!!


その音が悲鳴に聞こえる程に螺旋馬はドリルを高速回転させ、身体を大きく仰け反らせて明智を振り落とそうとする。だが、明智に背を晒した時点で、このモンスターの運命は決まっていた。


「コード6E-1207!ACDS全解除!!」


赤く発光し始めた3つの鎧にそう叫びつつ、明智は全身の力を込めて背から首にかけて刀を滑らせ、螺旋馬の前半身を縦に切り裂いた!刀を振り上げて鬣から刀を引き抜いた明智に、大量の返り血が降りかかる。


ウイィィィィン...


首を真っ二つにされた螺旋馬は遂に絶命した。ドリルの回転が急速に弱まり、その巨体が地面に倒れた直後、一瞬で塵に変わり、辺りを白く染める。


「明智さんッ!!」


私は拳銃を放り投げ、両手足を激しく痙攣させる明智に駆け寄った。




「応急手当!!このままでは本当に歩けなくなる!!」




一昨日の明智の言葉が私の脳裏に浮かぶ。このまま彼女に障がいが残るのなら、共にモンスターを倒した意味が無いではないか!


「私のことは気にしないで下さい...。お体が、汚れます...」


だが私はその言葉に一切耳を傾けず、真っ白になった彼女の鎧を必死に外そうと試みる。


『パージします』


運良く何かのスイッチに触れたようだ。腕の鎧からそんな音声が聞こえ、プシュッ、という炭酸が抜けるような音と共に全ての鎧が彼女の身体を離れた。


「これで合っていますか!?」


私は一昨日の隊員たちの動きを真似し、彼女の四肢を均等に強くもみほぐす。私の力では応急手当にはならないかもしれないが、それでも何もしないよりずっとましなはずだ。


「はい。それで大丈夫です、ありがとうございます...」


そして私は救援の部隊が到着するまで、明智の身体を死に物狂いでもみほぐしていた。






最後まで読んで頂きありがとうございます。執筆の励みになりますので、是非ブクマや評価お願いします。

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