第16話 武装解除(ウェポン・キャプチャー)
『対象、顔部ドリルにより外壁を掘削!構成員と共に他の通路へと移動した!救援は良い!その代わり他の小隊は最大級の注意を払え!!』
続いてそのような報告がなされた。そんな無線から絶えず聞こえてくるギャリギャリという音はその掘削音だろうか。
「......」
明智は無線から手を離すと、複雑な表情で怪弩を構え直す。
「本田さん、一度ダンジョンから出ましょう。モンスターが通路を破壊して移動出来る以上、ここも危険です」
「も、もう出ても良いのですか...?まだ私は皆さんが求めるものを得られていないのに...」
私はその言葉に心からの安堵を覚えつつ、ただ明智に迷惑をかけただけでダンジョンを出る事に罪悪を抱く。
「求める結果は得られませんでしたが、貴方が脳内に流れる音声を再度観測出来ただけでも、それは大きな前進です」
「そ、そうでしょうか...」
「はい。それに我々ダンジョン機構の最大の目的は『ダンジョンの脅威から国民を守ること』。いくら貴方の持つ力が有用だとして、その為に貴方の命を過度に危険に晒しては本末転倒です。直ぐに出口に向かいましょう」
「ありがとうございます」
(このダンジョンに私を放り込んだ時点で、それは国民の命を危険に晒す行為だと思うが...)
そう心の中で思いつつも、私は明智に従って出口へと歩き始める。歩を進めて直ぐ、明智が再び無線を握った。
「明智より司令部へ。コアの特性を鑑み、これより特別任務を遂行中の本田聡殿をダンジョン外へと...」
だが明智はその連絡を全て伝える事が出来なかった。
ギャリギャリギャリギャリッ!!
突然地面が揺れたかと思うと、先程無線から聞こえて来た爆音。そして砂埃と共に目の前の岩壁が砕け、それによって出来た穴からモンスターがゆっくりと這い出てきた。
「あれが、馬だって...!?」
身体に被った砂埃を振り払うその異形の姿に、私は絶句する。
先程から「コア」、と呼ばれているそのモンスター、「螺旋馬」は名の通り、全身が銀色のふさふさとした体毛で覆われた、輓馬を彷彿とさせる巨大な馬であった。
ただ、それが通常の馬と大きる異なる点は、全身を彩る銀の体には夥しい数の螺旋模様が刻まれていること。また全身に、インフィニティマガジンが発動した際に弾倉に弾丸を籠めた、黒煙のような揺らぎが纏わりついていること。
そして本来馬の頭があるところにそれが無く、代わりに前脚の近くまで伸びる、クリーム色の巨大なドリルが生えていることだった。
その余りにもちぐはぐな姿から、私は昔、古代生物の図鑑で見た、全長数メートルの巨大なアンモナイトの貝殻から馬の首と体が生えているように思えた。
目も耳も鼻も無いのにこちらの姿を確かめたのか、螺旋馬はドリルの回転を緩め、ゆっくりとこちらに振り向き、その先端を私達に向けて来た。その時である。
「おっと、ここにも封鎖機構の戦闘員がいたか」
螺旋馬が開けた大穴から、一昨日私達にレッドドラゴンとか呼ばれたモンスターをけしかけて来た、フードを被った男が姿を現す。己の存在を誇示するかのように尊大な態度で両手を広げながら螺旋馬の横に並び立った男の左手にはスマートフォン、右手には拳銃が握られていた。
「お前は一昨日の...!」
「あぁそうだ、嬢ちゃん。俺はこのダンジョンを生み出した『ホスト』にして、マッド・ダンジョンズのメンバーの一人。そして貴様ら封鎖機構がこれから晒す無様を世界中にばら撒く、『配信者』だ」
フードから覗く、青髭の混じる小汚い顎がにやりと歪んだ。それに呼応するかのように、螺旋馬のドリルの回転速度が高まる。
「さぁ気張ってくれ!!さっきのへっぽこ共みたいに直ぐ逃げ出したら視聴者が盛り上がらないからな!!」
男が天井に向かって発砲した。直後、ドリルの回転速度を一気に上げた螺旋馬が一直線にこちらに突進して来た。
「危ないッ!!」
明智は直ちに怪弩を手放すと、咄嗟に私の両足と肩に手を伸ばし、お姫様抱っこの要領で私を抱きかかえる。そして明智は私を抱きかかえたまま、何と自分の身長の倍以上の高さを垂直に跳び、螺旋馬の突進を跳び越えるような形で躱した。
肩透かしを喰らった螺旋馬は私達の真下で直ちにブレーキをかけたが、完全に速度を殺しきることは出来ず、私達の背後の岩壁に頭から突っ込んだ。
「助かった...」
私は絶叫マシンに乗った時に感じる、内臓がひっくり返るような独特の感覚を受けながら、明智の腕の中でほっと息を吐く。だが視線をこれから着地する地面に移した時、私はそれを捉えた。
男が手持ちの拳銃をこちらに構えている、その姿を。
(う、撃たれる...!)
だが流石の明智も、空中でそれを躱すことなど出来ない。明智自身も聡を助けるのに夢中で、男自身が攻撃して来ることを失念してしまったのだろう。二人は重力に引かれながら、撃ち込まれる凶弾が外れるよう祈ることしか出来なかった。だが―
『スキル【武装解除】を緊急生成。対象の武装を直ちに解除します』
あの音声が、突然私の脳にそう告げて来た。と、次の瞬間。男が構えていた拳銃が、まるで見えない糸に引っ張られたかのように男の手から離れ、着地するとほぼ同時に私の手元に飛んで来たのだ。
「な、何だ!?」
余りにも突然の出来事に、男は拳銃と共に構えていたスマホを落としそうになり、慌てて手をバタバタさせる。
そしてその行動が、男の命取りとなった。
明智は私を乱雑に地面に置くやいなや、男の懐に一気に踏み込み、その顎に向かって強烈なアッパーカットを叩き込んだ。
「ぐぶっ...」
全身が浮き上がる程の衝撃を一点に受けた男は仰向けの姿勢で派手に倒れ、そのまま意識を失った。
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